0094.展開しない軍
クルィーロは考えた。
国境警備隊は、敵兵よりもまず、クブルム山脈に巣食う魔物や魔獣から身を守らなければならない。魔装兵中心だが、飛行中の爆撃機を撃ち落とせる魔力の持ち主は、配置されなかったのだろう。
一日で壊滅したネーニア島中央部は放棄し、ネモラリス島を死守する作戦なのだろうか。それでも、防衛の為に部隊を展開してもいいような気がする。
……なんで正規軍が助けに来てくれないんだよ?
ラクリマリス王国との国境は、クブルム山脈だ。
ネーニア島を東西に横断し、人が住める土地を南北に分断する。魔物が多く、半世紀の内乱後は滅多に人が立入らない。
リストヴァー自治区の南、ラクリマリス側には鉱山がある。
国境警備ではなく、鉱山労働者を魔物から守る為に軍を常駐させると習った。
内乱後、国は分かれてしまったが、ネモラリスとラクリマリスの関係は、そう悪いものではない。
双方に親戚や友人知人の居る国民が多く、貿易も盛んで、母の勤務先の主な取引相手はラクリマリスの商社だ。
ラクリマリス軍が、アーテル軍に領空の通過を許した理由がわからない。
不意打ちにしても、アーテル共和国はラクリマリスの遥か南西。大陸本土にある。南西から北東へ、湖上の飛行距離は長大だ。
あれだけの編隊が、気付かれずに横断できるとは思えない。
クルィーロは、ソルニャーク隊長をそっと窺った。
何か考え中らしい。
星の道義勇軍のテロに対して、ネモラリス正規軍の動きは迅速だった。
住民への食糧の配布があり、役所は避難用のバスと運転手も確保した。
……この辺一帯、ホントに丸ごと見捨てられたってのか?
クルィーロは、背筋の凍る思いで周りを見回した。
自分たちの他、人の気配はない。それどころか、逃げ遅れた犬などのペットの姿もない。
運河や、遠く湖の上に水鳥の群が小さく見えるだけだ。
「ここで考えていても仕方がない。行こう」
ソルニャーク隊長の声で、一同は重くなった腰を上げた。
自分の荷物のある者はそれを持ち、ない者はトタン板を持って行く。
この三枚で、それなりに寒さを凌げる。
クルィーロとレノ、ソルニャーク隊長と少年兵モーフが組んで一枚ずつ。一番小さい板をメドヴェージが一人で持った。
重さはそうでもないが、風に煽られ、運び難い。
運河に出たが、ここにも人の気配はなかった。
生き残った住民も、警察も消防も軍も居ない。
「で、どうやって渡るって?」
メドヴェージが聞くと、魔法使いの二人に視線が集まった。
橋は空襲で落ち、運河の底にある。
「水で橋を作ります」
アウェッラーナがみんなに言い、次いで、クルィーロに説明する。
「水を【操水】の術で起ち上げて、板状にして持ち上げて下さい。形と高さを維持して、みんなが渡るまで支えます」
大丈夫ですか、と目で問われる。
クルィーロは、ニェフリート運河を覗いた。乗用車などは沈むが、流れは緩やかだ。少し不安はあるが、やるしかない。
「渡る順番、どうします?」
クルィーロはアウェッラーナに頷いてから、みんなに聞いた。
「対岸、誰も居なさそうだし、テキトーに。何人ずつくらい行けそう?」
レノに聞かれたが、何とも答えられなかった。実際、やってみなければ、二人の魔力でどこまで重量に耐えられるか、わからないのだ。
「あ、そうだ。ピナちゃん、アマナを頼む」
「うん。……アマナちゃん、手、繋いで。一緒に渡ろう」
クルィーロの頼みに快く応じ、ピナティフィダがアマナと手を繋ぐ。
アマナも、よく知っているお姉さんだからか、素直に従った。
「そうだな、最初は一人で渡って、様子を見よう」
ソルニャーク隊長がトタン板を一人で持ち直し、運河の畔に立った。




