909.被害者の証言
一昨日も普段通り、朝の礼拝が行われた。
ウルサ・マヨルは当番だったので、先に行って先輩や同級生たちと一緒に清掃や仕度をしたが、礼拝堂内にはいつもと違ったところは何ひとつなかった。
新米司祭の説教中、突然、見知らぬ男たちが姿を現した。
「扉から乱入したんですか? でも、門には警備員さんが居ますよね?」
「いえ、壁際にいきなりパッと現れて……」
ウルサ・マヨルがベッドの上で蒼白になりながらも答える。
……間違いなく【跳躍】だけど、あの礼拝堂の窓は全部ステンドグラスだ。
外から覗いても中の様子はわからない。
「どんな人たちでした? 軍服着てたり、見たことある人だったりしませんでした?」
「刑事さんにも同じことを聞かれましたよ」
「すみません。同じことを何度も……」
ロークがしおらしく謝ってみせると、ウルサ・マヨルは頰を上気させて枕の上で首を横に振った。
「いえ、プロと同じ発想で質問できるの、凄いです。想像してたよりずっと凄くて、前よりもっと尊敬しました」
負傷者は、瞳に力強い光を宿して答える。
「扉のすぐ前の席だったので、礼拝堂全体が見えていたのですが、五人とも知らない男の人で、軍服じゃなくて普通の服装でした」
五人の男は、何事かブツブツ言いながら柱に何か軟らかい物をくっつけた後、ポケットから掌大の黒い物を出して礼拝堂内に投げると、現れた時と同様に突然姿を消した。
その直後に爆発が起こり、礼拝堂が崩壊したのだと言う。
「端末は部屋に置いていたので無事なのですが、両親も司祭様も持って来て下さらないんですよ。テレビカードも買ってくれなくて、ニュースも見られませんし、何がどうなっているのか、全然わからないんです。ロークさん、どんなニュースをご覧になったんですか? クラスのみんなは……」
「君より軽傷で、大部屋に入院してる子も割と居ますよ。まだ、陸軍と警察と消防が合同で救助を続けています。みんなの無事を共に祈りましょう」
重傷患者に視線で縋られ、ロークは比較的マシな右手をそっと握った。
二人で祈りの詞を唱和する。
「幸いへ至る道は遠くとも、日輪が明るく照らし、道を外れぬ者を厄より守る。道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る」
ウルサ・マヨルは僅かに落ち着きを取り戻したが、ロークの手を握り返す力は弱々しい。
礼拝の時間は、近隣住民にも礼拝堂を解放している。住民に紛れて下見に来た筈だ。高等部以外の時間帯に来たのだろう。
……あの辺、お屋敷街で住民の入れ替わりってあんまりなさそうだけど……使用人のフリ?
可能性は次々思いつくが、確証は持てない。
手榴弾の前にくっつけたと言う「軟らかい爆弾」が何なのかも気になった。
ロークは、アクイロー基地襲撃作戦で大量の手榴弾を使ったが、あの程度では基地の壁は一枚も壊せなかった。礼拝堂の壁もかなりの厚さがある。たった一度の爆発で全壊させたのは、「軟らかい爆弾」の威力だろう。
……アーテル軍の基地からかっぱらったにしても、そんな特殊な爆弾……使い方わかる人が憂撃隊に入ったのか?
フィアールカなら、これだけの手掛かりでも何かわかるかもしれない。
「その人たちが何て言ってたか、わかりますか?」
「遠かったし、聞いたことのない響きの言葉だったので……」
「彼らが魔法使いなら、呪文かもしれませんね」
一切無駄口を叩かず、効率よく行動したのだ。星の標のような自爆テロではなく、攻撃のノウハウを持つ者たちが【跳躍】で現場を離脱した。今後も、同種の爆弾が手に入れば、同様の犯行を重ねる可能性が高い。
老婦人シルヴァが、ロークの勧誘に失敗した後で専門家を引き入れたのか、ネモラリス憂撃隊とは別口で活動するゲリラなのか。それとも、何らかの理由でゲリラのフリをした正規兵なのか。
素人のウルサ・マヨルの証言だけでは、肝心なことが何もわからない。
……爆弾テロの犯人が正規軍以外だったら、国同士が和平交渉とかしても、無視して戦い続けるかもしれないんだよな。
取敢えず、これまでのネモラリス憂撃隊とは毛色の違う存在が戦いに加わったことを報告しなければならない。
「火傷はしてないんですね」
「そう言われてみれば、そうですね。消防車が来ていたので、てっきり火事にもなったのだと思っていました」
ウルサ・マヨルは、どこか他人事のように遠くを見詰めて言った。まだ、自分の身に降りかかったことを把握しきれていないらしい。
ロークは、傷が少ない側の頬にそっと掌で触れて言う。
「キレイに治りますように。もう来られないかもしれませんけど、一日も早い回復を遠くからお祈りします」
患者の目尻から涙が零れ、ロークの手に熱い滴が触れた。別れの言葉が声にならず、視線が絡みつく。ロークは指で涙を拭い、無事な片目を閉じさせた。
「長々とすみません。疲れたでしょう。ゆっくり休んで、早く元気になって下さいね」
ロークは掛け布団を肩まで引き上げ、再び縋りついた視線を引き千切るように病室を出た。
このフロアには、他に患者と二人きりで話せそうな病室がなかった。
☆アクイロー基地襲撃作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆老婦人シルヴァが、ロークの勧誘に失敗……「878.悪夢との再会」「879.深くて暗い溝」参照




