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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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930/3506

908.生存した級友

 ロークを乗せた長距離バスは、定刻通り、アーテル共和国の首都ルフスのターミナルに到着した。


 近くのショッピングモールのファストフードで軽く食事を済ませ、タクシー乗り場へ出ようとしたところで書店のPOPに足が止まる。

 「冒険者カクタケアシリーズ ファン待望の画集&設定資料集 発売」

 発売日は今日だ。


 ……ネット通販で予約してそうだけど、一応、持ってくか。


 ついでに隣の服屋で安物のジャケットも買う。

 トイレの個室で春物のコートから着替え、【化粧】の首飾りを外して掛け直し、更に別人の顔になる。鏡に映ったのは、眉が薄く目付きの悪い男だった。



 タクシー乗り場では、たくさんの車輌が暇を持て余していた。

 なるべく暗い顔で行き先を告げる。

 「ルフス中央病院まで」

 「はいよ」

 ショッピングモールを出たタクシーが、最初の信号に引っ掛かる。


 ロークは、サイドミラーに映る素行の悪そうな顔に口調を合わせた。

 「ダチが神学生なんスけど、一昨日のアレで」

 「えぇッ? 命に別条ないのかい?」

 「わかんねぇけど、居ても立ってもいらンなくなって、学校サボって来たんだ。おっちゃん、急いでくんねぇかな?」

 バックミラーの中で運転手の眉が下がる。

 「あ、あぁ、兄ちゃんのお友達、早く元気になるといいな」

 「うん」

 二人でキルクルス教の祈りの(ことば)を唱和する。


 「日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。

  日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」


 信号が変わり、車が流れる。

 カーラジオの歌番組は、事件の犠牲者を追悼する特別番組で、讃美歌や鎮魂歌と共に次々とお悔やみのメッセージを読み上げた。


 「魔法使いのゲリラの連中、これまでは()しき(わざ)で教会に火ぃ()けて回ってたのに、今回はよりによって神学校で朝の礼拝中に爆弾テロだ。どんどん過激になってやがる」

 ロークは、憤る運転手の話に乗った。

 「軍隊じゃなくて、ゲリラなんスか?」

 「あぁ、そうだろうよ」

 「どうしてそう思うんスか? ゲリラって素人だろ? 爆弾なんざ持ってねぇから()しき(わざ)使ってたんじゃねぇのか?」

 運転手は前方を注視したまま答える。


 カーナビの画面に配車予約の司令が表示された。


 「軍隊なら、教会じゃなくて基地を狙うだろう。……まァ戦争のせいで化け物が勢い付いて、アクイロー基地は壊滅したし、他の基地も爆発事故やらなんやら、どこもトラブル続きだが、ネモラリス軍が攻めて来たってハナシは聞いてないぞ」

 「えっ? 全部? イグニカーンスのダチが、夜中に基地が爆発して目ぇ覚めたっつってたけど、他所もそんな?」

 「あぁ、爆発事故ってのはそこだけだ。他の基地は人里離れたとこにあるから、まぁ、なぁ……」

 「あー……魔獣?」

 ロークは、わかったような顔で鏡越しに頷いてみせ、質問する。

 「でも、そんなのニュースでやってたっけ?」

 「基地じゃよくあるこった。魔獣なんざラジオのローカルニュースでちょっと流して終わりだよ。それに、今はネモラリスと戦争してるだろ? 基地に何かあったのがあんまり広まると、パニックが起こるかもしれんから、ネットや全国ニュースにゃ出さんのだろうよ」

 「あー……」


 インターネットのニュースに出ていなければ、運び屋フィアールカたちは詳しいことを知らないかもしれない。

 諜報員ラゾールニクたちは、アーテル本土に潜入して情報収集に当たり、少なくとも、イグニカーンス基地に関しては、現場写真など詳細な情報を集めていた。

 依頼を引き受けてから、フィアールカと定期的に会って情報交換しているが、それぞれの情報が膨大で、他の基地の被害状況などをどの程度調べられたのか、詳しいことまでは知らされていない。


 ……次の月末に教えてもらおうかな?


 「礼拝中ってコトは、神学生を始末するつもりでやったんだろうよ。ルフス教区の大司教様も、司祭館で殺されてたし」

 「えっ?」

 長距離バスで読んだ新聞に載っていたが、知らないフリをする。

 運転手は眉間に皺を刻んで角を曲がった。

 「礼拝の時間になっても返事がないから、マスターキーで開けたら(むご)たらしいことになってたらしい」

 「鍵掛かってたんスか?」

 「あぁ。密室殺人ってヤツだ。ラジオじゃ、魔法でも使わん限り無理だろうってんで、こっちもネモラリスのテロリストん犯行だっつってたな。実際、神学校の件じゃ、そうやって礼拝中に爆弾投げ込んだらしいからな……着いたよ」

 ロークはワンメーターの料金を払い、ルフス中央病院前で降りた。



 報道陣が詰めかけ、玄関先は人でごった返す。

 向かいの公園で公衆トイレに入った。ジャケットを薄手のコートに着替え、【化粧】の首飾りを外してロークに戻った。


 通院客らしき老人の後に続いて、マスコミと病院職員、警備員が押し問答する脇を抜け、ロビーに潜り込んだ。待合室のソファは満席で、顔色の悪い人々が壁にもたれて玄関の喧騒を不安げに見守る。


 ロークは案内板を見て、外科の病棟へ足を向けた。

 警備員や病院職員はマスコミ対応に手を取られ、次々と救急搬送される神学生らで医療者たちの手も塞がり、受付もナースステーションも手薄だ。


 何食わぬ顔で廊下を歩き、総当たりで名札を確認する。ロークは誰にも咎められることなく、同級生の名札が掛かった病室をみつけられた。


 二階の大部屋三箇所で合計七人、面会謝絶の個室が三人。流石に集中治療室には行けない。他の目がある大部屋への見舞いは避けた。


 面会可能な個室を探し、階段で三階に上がる。

 この階も、複数の大部屋に同級生が収容されていた。


 ……割と助かってたんだな。


 事実を確認しただけで、何の感慨もない。

 キルクルス教の神学生が生き残って残念だと思わないだけマシだ、と自分の人間性をいい方に補正して、ロークは「ウルサ・マヨル・セプテム」の名札が掛かった個室の前で足を止めた。


 面会謝絶の赤札は掛かっていない。

 呼吸を止め、扉の前で中の物音に神経を集中した。

 静かだ。

 扉に耳を押し当てるのは、流石に他の患者に咎められるだろうと自重する。

 本人が一人で眠っているだけなら起こせばいいだけだが、家族が居ると厄介だ。だが、いつまでも突っ立っているワケには行かない。


 思い切ってノックした。

 人の動く気配に続いて扉が細く開き、上品な中年女性が顔を出す。

 「どちら様ですか?」

 「友達です。ニュース見て心配になって……」

 「ロークさん!」

 中年女性がベッドの声に振り向く。

 ロークは鞄から、さっき買ったばかりの画集をチラリと見せた。隙間に見えた顔が明るくなる。


 「お母様、彼と二人きりでお話したいんです。少し外してくれませんか?」

 「そう? 苦しくなったら、すぐにナースコールを押すのですよ。お夕飯前には戻りますからね」

 ウルサ・マヨルの母親は、疲れ切った顔に微笑を浮かべ、扉を大きく開いた。

 「お見舞いありがとうございます。でも、怪我人が疲れるといけませんので、なるべく手短にお願いしますね」

 「はい。すぐ帰ります。お母様も看病疲れなさいませんよう」

 母親がバッグを手に取り、二人に何度も念押しして出て行く。ロークは、エレベーターに乗るまで見送って扉を閉めた。



 点滴に繋がれた同級生が、枕辺の椅子に腰を降ろしたロークを傷だらけの笑顔で迎える。右足をギプスで固定され、頭と左腕も包帯で覆われている。眼帯の下の右目は、科学の治療だけで治る程度の怪我なのか。

 「ロークさん、急に居なくなったから、みんな心配してたんですよ。今までどうしてたんですか?」

 「あれっ? スキーヌム君から聞いていませんか?」

 驚いてみせると、ウルサ・マヨルはベッドに横たわったまま、沈痛な面持ちで答えた。

 「スキーヌムさんも冬休み明けから姿が見えなくて、司祭様も先生方もみんな、心配してらっしゃるんです」

 「ご家族は……」

 「ご存知なかったそうです。ロークさん、一緒じゃなかったんですか?」

 「いいえ。あっちの国の都合で居られなくなって、スキーヌム君に伝言をお願いして別れんたんです。今回のニュースを見てびっくりして……飛行機の時間があるので、少ししか居られないんですけど、君は命に別条ないみたいで嬉しいです」

 ロークは、バスで考えた嘘設定をすらすら並べ、微笑んで見せた。


 ウルサ・マヨルが複雑な顔で目を逸らす。

 ロークは鞄から先程の画集を引っ張り出した。

 「これ、多分、インターネットで予約してるとは思うんですけど、今日、発売日だったから……」

 「いいんですか?」

 起き上がりかけて顔を(しか)め、力なくベッドに身を預ける。瓦礫の下敷きになったなら、肋骨なども折れているかもしれない。


 「これをお見舞いって言うのはヘンな感じなんですけど、どうぞ。それで……辛いことを思い出させて申し訳ないんですけど、教えて欲しいことがあるんです」

 ウルサ・マヨルの顔がさっと曇る。

 ロークは心底申し訳なさそうな声を出した。

 「もしかしたら、隠れ信徒の国会議員の先生が、ゲリラ対策の強化で動いて下さるかも知れないので、これ以上こんなことが起きないように、事件のこと、詳しく教えていただけませんか? 警察とかにも同じこと何度も聞かれたでしょうけど、その……」


 ウルサ・マヨルは宙を睨んで聞いていたが、(かす)かに顎を引き、一呼吸置いて語り始めた。

☆化け物が勢い付いて、アクイロー基地は壊滅……「519.呪符屋の来客」「520.事情通の情報」参照。アーテルの公式発表では、魔獣の群に襲撃されたことになっている。本当の事情は「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照。

☆イグニカーンスのダチが、夜中に基地が爆発……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」参照

☆イグニカーンス基地に関しては、現場写真など詳細な情報……「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」参照

☆依頼を引き受けてから、フィアールカと定期的に会って情報交換……「847.引受けた依頼」参照

☆ルフス教区の大司教様も、司祭館の私室で殺されてた……「870.要人暗殺事件」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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