0093.今日の行く先
クルィーロは、思い切って聞いてみた。
「ローク君はどうする?」
「んー……一応、家を見に行って、地下室があるから、ひょっとして……まぁ、無理でも何か使えそうな物が残ってたら、持って行こうかなって……」
半分以上諦めたのか、考えながら答える声には感情がない。
「一人では危険です。ご一緒しましょう」
薬師アウェッラーナが引き留めるように言った。
生存者が、身内や近所の友人知人とは限らない。
「俺は、マスリーナで母さんの会社を探して、みつかってもみつからなくても、クレーヴェルには渡るんで……」
クルィーロは、自分たち兄妹とみんなの予定をまとめて提案した。
「まず、セリェブロー区でローク君の実家の様子を見て、ニェフリート河を渡ってマスリーナ市に行く。で、母さんの会社の名前は知ってるけど、場所はよく知らないから、まぁ誰か居れば尋ねて歩いて……」
「港の近くって」
アマナが小声で付け足した。
「うん。港の近くの、オレア貿易株式会社ってとこだから、一緒にアウェッラーナさんとレノたちの家族も探して……」
「マスリーナに着く頃には、日が暮れるだろう。先に休む場所を確保し、そこを拠点に数日掛けて人捜しをするといい」
ソルニャーク隊長が、穴だらけの計画を修正する。
クルィーロは、軽く会釈して続けた。
「みつかってもみつからなくても、ネモラリス島に行く方がいいかなって……」
「何で?」
少年兵モーフが、純粋な疑問を投げかけた。
「ネモラリスは、湖の民の偉い人が住んでるんだ。って言うか、元々湖の民が多い島で、つまり魔法使いが多いから……守りが堅くて、昔の森とかも焼けずに残ってたりするんだ」
クルィーロは途中で、キルクルス教徒のモーフに申し訳ないような気マズさを覚えたが、結局、最後まで語った。少年兵は無邪気に感心して頷く。
小学校で習う内容だ。
自治区では授業の内容が違うのか。それとも、貧しさ故に小学校もロクに通えなかったのか……少年兵が当たり前のように発した問いに胸が痛んだ。
「流石にこれだけやられたら、ネーニア家の人たちだって黙っちゃいないんじゃないかな?」
「うーん……どうでしょう? 元々、共和制になってからは、政治には関与してなくて、政策への発言力は一般人と変わりませんから……」
レノが言うと、湖の民のアウェッラーナが首を傾げた。
ラキュス・ネーニア家は、ずっと昔のラキュス・ラクリマリス王国時代までは、陸の民のラクリマリス家と数千年に亘って共同統治を行った。
共和制に移行するに当たり、ラキュス・ネーニア家は一国民として、みんなと同じ一票を持つことを宣言した。
政府の要職に就く者も多かったが、公称は「庶民」だ。
半世紀の内乱中、指揮を執ったウヌク・エルハイア将軍は、ネーニア家の分家筋に当たる。
エルハイア将軍率いる防衛軍の働きで、ネモラリス島は戦火から守られた。
一方、主戦場となったネーニア島、ランテルナ島、アーテル地方は焦土と化し、フナリス群島も無傷では済まなかった。
「それに、あのエルハイア将軍も引退なさいましたし……」
「えっ? なんで? 将軍って長命人種ですよね?」
クルィーロは、百戦錬磨の将軍を当てにしていた。
思わず発した問いに、アウェッラーナが自信なさそうに答える。
「えぇ、そうですけど……内乱でご家族を亡くされて、戦いが虚しくなったからだ、と聞いたような……」
「そんなの、教科書に載ってなかったし……」
「湖の民の間では割と有名な噂ですよ」
「だが、政府軍の主力はネモラリス島にある。今回は主戦場となるか、前回と同じく防衛できるか……」
ソルニャーク隊長が、ネモラリス島のある北東を見て言った。
南に目を転じて続ける。
「ラクリマリス王国付近の国境警備隊は、爆撃機を撃墜できる装備は、与えられなかったのだろうな」
メドヴェージも南のクブルム山脈に目を向ける。
「地上部隊もどうだかなぁ。噂じゃ、自治区の暮らしに嫌気が差した奴らが、山越えでラクリマリスに出てったって聞いたコトあんぞ?」
「でも、山ん中で化けモンに食われるから、無事にあっちまで行けた奴なんかいねぇって……」
少年兵モーフが自信なさそうに否定した。




