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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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907.同級生の被害

 地味な首飾りを身に着け、(えり)の中に隠す。

 洗面所の鏡に映る顔が別人に変わった。運び屋フィアールカが貸してくれた【化粧】の首飾りの力だ。今日のロークは、眉が太く目尻の垂れた人の良さそうな団子鼻の青年になった。


 二人揃って安宿を出たが、一言も交わさずに地下街の四つ辻で別れた。

 スキーヌムはすっかり通い慣れたゲンティウスの呪符屋への道、ロークはチェルノクニージニクから地上へ出る階段に向かう。財布には、フィアールカが活動資金としてくれたアーテルの小銭が入っていた。



 地上のカルダフストヴォー市に出て、朝の光に思わず目を細める。

 ランテルナ島の南東部、南ヴィエートフィ大橋の(たもと)にあるバスターミナルは、いつ見ても人が少なかった。

 朝、ランテルナ島側で降りる者は(ほとん)ど居ないが、アーテル本土へ渡る者も十人足らずだ。到底、採算が合わない筈だが、大橋を渡るバスは毎日きっちり定時運行される。


 本土行きのバスは、エンジンを止めて発車時刻を待っていた。


 運転席の真後ろに腰を落ち着け、物思いに(ふけ)る。

 ランテルナ島内の暮らしは、戦争中とは思えないくらい落ち着いていた。島内で発行される新聞やFMラジオのニュースでは、アーテル本土で発生した戦争絡みの暗い事件も流れるが、大半の島民は文字通り、対岸の火事として聞き流す。


 エンジンが始動し、バスはロークを含めて三人の客を乗せて南ヴィエートフィ大橋を渡った。

 車窓に広がるラキュス湖は、春の穏やかな日差しに輝くが、ラクリマリス王国の湖上封鎖で、一隻の船も見えない。


 民間航空機は、全て地上ルートに変わった。

 輸送コストが嵩む上、物流が停滞し、中小企業や個人商店の倒産や閉店が相次いで、アーテルの国民生活に暗い影を落とす。物資不足と価格の高騰は、食料品など生活必需品にも容赦なく及び、アーテル各地でデモや暴動が頻発、その度に死傷者や逮捕者が出た。


 その上、ネモラリス人の有志が、アーテル本土で警察署や軍の施設、キルクルス教会などにゲリラ攻撃を仕掛け、店の倉庫から食料品を根こそぎ略奪するなどして引っ掻き回す。

 有志ゲリラの一部は「ネモラリス憂撃隊」を名乗り、組織立って活動するが、力ある民の中には個人でテロ行為を繰り返す者も居た。


 南ヴィエートフィ大橋の大陸本土側、イグニカーンス市のバスターミナルで降り、売店で本土版の新聞を一部買う。

 ロークは、一面トップの記事に目を疑った。



 礼拝堂爆破 死傷者多数 ルフス神学校



 ロークは売店横の街灯に背を預け、目を閉じて数回、深呼吸する。震える手を何とか抑えて本文に目を走らせた。

 瓦礫の山と化した礼拝堂に救助隊が群がる写真の下で、事件の概要が淡々とした筆致で報じられる。

 一昨日、魔法使いのゲリラが、早朝の礼拝中に【跳躍】で侵入して爆発物を投げ込んで逃げたらしい。


 中面を開き、死傷者リストに目を通す。

 高等部の礼拝時間だったらしく、同級生の名が並んでいた。冒険者カクタケアシリーズを教えてくれたウルサ・マヨルの名はなかったが、現在もまだ、多数の神学生と職員が生き埋めになっている。


 生存率が大幅に下がる七十二時間まであと僅か。救助隊は懸命に時間と戦うが、【重力遮断】などの魔法なしでは、大半が助からないだろう。


 ……あれっ? でも、埋まってる人が死んでたら、魔物が涌いて救助どころじゃないよな?


 生存者がルフス中央病院に搬送されたことや、遺族や学長、聖職者らのコメントなどは載っているが、魔物の件には一切触れていない。


 ……一昨日の朝だから、ネットのニュースにはもう出てるし、フィアールカさんは知ってるよな。


 インターネットのニュースに掲載されていない情報は何か。

 ロークは頭を巡らせるが、死亡者リストの中に見知った名をみつけ、短い神学校での暮らしや同級生の在りし日の姿がチラついて、考えがまとまらなかった。



 警備員オリョールが率いていた頃のネモラリス憂撃隊は、魔法や略奪した武器で襲撃を繰り返し、放火で教会を全焼させることはあっても、爆発物で破壊することはなかった。

 襲撃も、礼拝中など一般信者が多い時間帯を外し、アーテルの一般人への被害を極力抑えて、キルクルス教会にだけ嫌がらせをしていた。


 記事には、今のところ犯行声明などは出ていないとある。

 ソロ活動のゲリラの仕業なのか、分裂したネモラリス憂撃隊の復讐派の仕業なのか、オリョールたち穏健派が方針を変えたのか、それとも、ネモラリス共和国の政府軍の仕業なのか。

 これだけではわからない。


 ポデレス大統領の声明が視界に入った途端、ロークの心はすっと冷えた。

 一方的に蹂躙された被害者であるかのような物言いに、怒りを通り越して呆れて言葉を失う。


 お陰で、何を成すべきかわかった。


 チケットを買い、丁度来たルフス行きの長距離バスに乗り込む。

 財布には、宝石を換金した紙幣も入っていた。現金の大半は宿に置いてある。財布には、ルフスで一泊できるくらいあるが、ゲンティウス店長が心配するだろうから、今回は情報収集に充てられる時間は少ない。

 傷だらけの腕時計に目を遣り、帰りのバスの時間から活動時間を逆算した。


 ……タクシーを拾えたら、二時間くらい居られるのかな?


 新聞の隅々まで目を通し、既に報道された事柄を収集と拡散の対象から外す。

 長距離バスの客はリクライニングシートを倒し、みんなタブレット端末をいじっていた。紙の新聞を持っているのはローク一人だ。外の景色を眺めることなく、動き始めたバスのシートで記事に専念する。


 読み終えた新聞を鞄に仕舞い、後でフィアールカに漏れなく報告できるよう、行動計画を手帳にメモした。


 挿絵(By みてみん)

☆フィアールカが活動資金としてくれたアーテルの小銭……「847.引受けた依頼」参照

☆礼拝堂爆破 死傷者多数 ルフス神学校……「868.廃屋で留守番」~「870.要人暗殺事件」参照

☆早朝の礼拝/高等部の礼拝時間……「763.出掛ける前に」参照

☆冒険者カクタケアシリーズを教えてくれたウルサ・マヨル……「764.ルフスの街並」参照

☆【重力遮断】……「151.重力遮断の術」参照

☆放火で教会を全焼させることはあっても、爆発物で破壊することはなかった……「265.伝えない政策」「313.南の門番たち」「801.優等生の帰郷」参照

☆ポデレス大統領の声明……「869.復讐派のテロ」参照

☆財布には、宝石を換金した紙幣も入っていた……宝石「571.宝石を分ける」「691.議員のお屋敷」「742.ルフス神学校」、換金「743.真面目な学友」「762.転校生の評判」「844.地下街の年越」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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