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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日
92/3486

0092.情報のない街

 朝食後、レノと少年兵モーフの報告を聞き、仲間たちは無言になった。


 クルィーロは、魔法塾の講義でそんな話を聞いた覚えがない。学校でも教わらなかった。会社の先輩や上司、近所の年寄り、両親も、誰もそんな恐ろしい闇の塊について語ったことはない。


 「普通の魔物なら、この世の生き物を襲う筈です」

 薬師(くすし)アウェッラーナが慎重に言葉を選んで言った。


 今朝は大事をとって、運河へはアウェッラーナの他、ソルニャーク隊長と少年兵モーフ、レノも同行した。

 念の為、周辺の見回りもしたが、人が隠れられそうな場所は、みつからなかったと言う。


 「いずれにせよ、ここは引き払う。今後も夜間の警戒はしっかり行おう」

 ソルニャーク隊長の言葉に誰からも異論は出なかった。

 警戒するのはいい。それでみつけたとして、その先どう行動すればいいか、誰にもわからない。


 昨夜は何もできなかった。

 幸い、襲われずに済んだが、戦って勝てるとは思えない。

 逃げた方がいいのか、逃げれば追われるのか。

 情報が足りず、正体不明ではどうにもできない。



 「じゃあ、そろそろ()けますよ」

 そう言って、陸の民の少年ロークがラジオの電源を入れた。

 昨日と同じ国営放送アナウンサーの落ち着いた声が、避難所情報を読み上げる。十分程度、ネモラリス島の情報が伝えられた。

 続いて、ネーニア島。

 北から順に救護所と避難所の位置、給水車の展開場所、食糧や日用品の配給、電気、ガス、水道の復旧情報などが、淡々と報じられる。


 「軍の指示に従って、落ち着いて行動して下さい。みんなで一丸となって、この国難に立ち向かいましょう」

 アナウンサーが締め(くく)り、番組が政府広報に替わる。

 女性の声で、被災した国民向けの各種手続き、その申請窓口の場所が、機械のように冷淡な声でゆっくりと伝えられた。



 ロークが、みんなの顔を見回して聞く。

 「もう、消していいですか?」

 ソルニャーク隊長が頷くと、すぐに電源を切った。電池の数には限りがある。


 リストヴァー自治区やゼルノー市、マスリーナ市など、ネーニア島中央部、ラクリマリス王国との国境付近の都市名が、全く挙がらなかった。

 避難所すら開設できない程、破壊し尽くされてしまったのか。


 クルィーロは周囲を見回して溜め息を()いた。

 自分たちは、まだ、生きている。

 空襲当日は、対岸のセリェブロー区でも消防団が懸命に消火活動をし、逃げ遅れた市民の避難誘導をした。

 昨日は暴漢も居た。


 ゼルノー市民は死に絶えてなどいない。

 何故、報道では国境近くの街に触れないのか。


 「被害状況の確認で、軍の調査団が派遣される筈だ。誰か、見た者はないか?」

 ソルニャーク隊長の問いに答えられる者は居なかった。

 クルィーロは言われるまで気付かなかった。


 軍も警察も消防も、誰ひとりとして、生存者の救助に来ない。

 隣のマスリーナ市も絶望的な状態らしいが、首都クレーヴェルには、まだ無事な地区があるのがわかった。


 クルィーロはアマナを抱きしめ、背中を軽く叩いてあやしたが、十一歳の妹は石のように表情を変えず、一言も喋らなかった。

 レノの妹エランティスも、彫像のようになって兄にしがみつく。


 寒さと睡眠不足、恐怖、不安……子供たちだけでなく、みんな一様に疲労の色が濃い。寒さをしのげ、ゆっくり眠れる安全な場所が欲しかった。



 「んーっと、確認、いいですか?」

 レノが、片手でエランティスの髪を撫でながら大人たちを見回す。

 薬師(くすし)アウェッラーナ、ソルニャーク隊長、メドヴェージ、クルィーロが(うなず)いて先を促す。


 「これから運河に行きます。クルィーロとアウェッラーナさんに【操水】の術で橋を作ってもらって、セリェブロー区へ渡ります」

 レノはそこで言葉を区切り、魔法使いの二人を見た。

 「うん、まぁ、頑張るよ」

 「頼む」

 クルィーロには全く自信がなかった。それでも、他に渡河手段はない。


 このまま西へ行っても、ゾーラタ区の台地には運河と合流する天然のニェフリート河があるだけだ。そちらは、運河よりも流れが速いと聞いたことがある。

 河口付近の方が流れが緩やかな分、水を操作しやすいだろう。


 「セリェブロー区に渡ったらすぐ、魚を獲ってもらって、水を抜いて干物にしてもらいます」

 湖の民アウェッラーナが、レノの目を見て(うなず)く。水抜きなら、クルィーロでも手伝えるので一緒に頷いた。


 「後はまぁ、セリェブロー区の状況次第ですが、通過して、マスリーナ市の港を目指します」

 避難所の情報がない以上、安全に留まれる場所がある保証はない。明るい内に移動するのが得策だ。

 「港が使えそうなら、ネモラリス島に渡る人と、このまま避難所……一番近そうなのは、キパリース市みたいなんで、そこを目指す人に別れる……のかな?」

 レノの声が小さくなり、揺れる目がみんなを見回す。

 「それは……行ってみるまで、わかりませんよ」

 ロークが励ますように言った。



 テロの初日、クルィーロたちの母はマスリーナ市に出勤した。会社に居るか、会社の人と一緒にどこかへ避難したかもしれない。

 父は出張で、ネモラリス島にある首都クレーヴェルだ。

 先に母の消息を尋ねてマスリーナ市内を捜す。みつかってもみつからなくても、その後は父を探しにネモラリス島へ渡る。

 父がクルィーロたちを探しにネーニア島へ渡ることも考えられるが、行き違いになった場合の連絡手段はない。


 ……科学文明国みたいに、携帯電話とかあればなぁ。


 そんなことを考えながら、仲間の事情を思い出す。

 アウェッラーナの身内は漁師で、テロの初日はラキュス湖で操業中だった。ジェリェーゾ港に戻れなくなり、マスリーナ港に避難した可能性が高い。レノたちの母も、運が良ければ、そんな漁船に拾われたかもしれない。

 ロークの家は、セリェブロー区にあると言っていなかっただろうか。

☆レノと少年兵モーフの報告……「0089.夜に動く暗闇」参照

☆空襲当日は、対岸のセリェブロー区でも消防団が懸命に消火活動……「0057.魔力の水晶を」「0060.水晶に注ぐ力」参照

☆昨日は暴漢も居た……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆【操水】の術で橋を作ってもらって、セリェブロー区へ……橋は空襲で落ちた「0056.最終バスの客」「0057.魔力の水晶を」、他の橋もダメだった「0072.夜明けの湖岸」参照

☆テロの初日、クルィーロたちの母はマスリーナ市に出勤……「0040.飯と危険情報」参照

☆父は出張で、ネモラリス島にある首都クレーヴェル……「0040.飯と危険情報」「0082.よくない報せ」参照

☆アウェッラーナの身内は漁師(中略)マスリーナ港に避難した可能性……「0043.ただ夢もなく」「0049.今後と今夜は」「0056.最終バスの客」参照

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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