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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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897.ふたつの道へ

 ラゾールニクとセプテントリオーが何者か知る三人が、困惑した目を見交わす。


 「司祭様、窓って奥の部屋にもあるよね?」

 「鉄格子がありますから、大丈夫だと思います」

 「うーん……ま、いっか。どうせもう呪符ないし。呪医(せんせい)とソルニャークさん、山道の先導よろしく。俺は、ここを守る」

 「一人でこの人数をか?」

 ソルニャーク隊長が、説教壇の他は人で埋め尽くされた礼拝堂を見回す。クフシーンカ店長、プラエソー、ウィオラも壇に上がり、ここもいっぱいだ。


 諜報員ラゾールニクが、コートのポケットから【無尽の瓶】を出し、呪医セプテントリオーの手に握らせる。

 「学校のプール一杯分くらいかな。それとこれ。電波入るとこまで行ったら、送信ボタンよろしく」

 タブレット端末と太陽光の充電器も寄越され、マントの下で白衣のポケットに入れる。


 諜報員が、露草色の瞳で湖の民の水草色の瞳を覗き込む。

 「セプテントリオー様、俺は今回、仮にあなた様が医師ではなく、ここに土地勘をお持ちでなかったとしても、ご同行をお願いしていました。これ以上、無辜(むこ)の民の命が失われませんよう、何卒(なにとぞ)、お守り下さい」

 言い終えるなり、右手を胸に当て恭しく(こうべ)を垂れる。呪医セプテントリオーの胸に苦い物が込み上げた。喉の奥で声が引っ掛かる。

 「あなたは、私が何者か、知って……」

 「そりゃもう。逆に商売柄、知らない方がヤバくない?」

 諜報員ラゾールニクは顔を上げ、いつもの調子でニヤリと笑った。


 面食らう司祭たちを置いてけぼりにして、ラゾールニクが場を仕切る。

 「ソルニャークさん、クブルム街道は知ってるよね?」

 「あぁ。ここからの道順もわかる筈だ」

 「じゃあ、ソルニャークさんが住民を先導して、呪医(せんせい)殿(しんがり)よろしく。別に、ドンパチやってるとこ行って、止めてくれなんて言わないよ。でも、もし、そっちに行ったら、そん時はよろしく」

 湖の民の呪医は、苦い思いを飲み下して頷いた。



 老尼僧が人波を掻き分け、説教壇に近付く。

 「お薬、あんなにたくさん、ありがとうございます」

 返されたリュックは膨らんでいた。

 「司祭様、お断りもせずに持ち出して申し訳ございません」

 革のホルスターに収まった拳銃を差し出す。司祭は受取ってソルニャーク隊長に手渡した。

 「いえ、よく気が付いて下さいました。ありがとうございます。……銀の弾丸が入っています」

 隊長がホルスターから抜き、リボルバーを動かして装填を確認する。

 「六発。了解」

 コートを一旦脱ぎ、慣れた手つきでホルスターを装着した。



 司祭が説教壇の中央に立ち、群衆に呼び掛けた。

 「みなさん、お静かに」

 数回繰り返すと、赤子の泣き声以外、聞こえなくなった。


 「こちらの方が先程、星道記(せいどうき)に記された古い祈りの(ことば)で、聖者様の“正しき(わざ)”のお力を高めて下さいました。教会はより一層、堅固になりましたが、教区のみなさんを一人残らずここでお守りするのは不可能です」


 ざわめきと困惑、不安、焦りが礼拝堂に満ちる。


 「星の(しるべ)は武器を()り、ネミュス解放軍と戦うことを選びました」

 司祭の声に再び場が鎮まる。

 「区長たち星の(しるべ)の幹部は、一部の工場と農村地帯に武器を蓄え、迎撃の準備を整えています。恐らく、団地地区が主戦場になることでしょう」

 礼拝堂内の空気が凍りついた。

 ネミュス解放軍が、リストヴァー自治区の中枢が団地地区だと知っていれば、そこを目指すだろう。


 ……しかし、先にここを襲われたら?


 セプテントリオーの不安を他所にラゾールニクの横顔は落ち着き払っていた。

 司祭の説明が続く。

 「自力で山を歩ける方は、クブルム街道へお逃げ下さい。星の道義勇軍のソルニャーク隊長が先導し、市民病院のセンセイも、みなさんをお守り下さいます」

 これまでとは別の種類のざわめきが、高い天井に反響した。

 司祭が声を張り上げる。

 「昨年、クブルム街道で癒された方々は、こちらのセンセイをご存知の筈です。お二人と聖者様のご加護を信じて、街道へお逃げ下さい」

 心当たりのある者たちがハッとして、壇上でもフードを被ったままの無礼な不審者に注目する。


 ……水で壁を作れば、足止めくらいはできるだろう。


 セプテントリオーはフードを取らず、一歩前に出て声を発した。

 「このまま扉を閉められなければ、誰も助からないかもしれません。みなさんの背後は私がお守りします。可能な方は一緒に山へ行きましょう」

 あちこちで顔が明るくなる。


 ……声を憶えていてくれたのだな。


 人が動き始めた。

 尼僧が扉へ声を掛ける。

 「右側通行ー! 右側通行で! 押さないで、順序よく進んで下さい!」

 ウィオラが、夫の肩をそっと押して身を離した。

 「あなたも行って」

 「離れ離れなんてダメだ! お前たちも一緒に……」

 「ムリよ。足手纏いになるわ」

 ウィオラがプラエソーを見上げ、大扉に目を遣る。

 出て行く者は多いが、外にはまだ、入りきれない弱者が大勢待っている。


 「生きてればまた会えるから、行って」

 「いっぱいになったら、解放軍の連中が入れないようにガッチリ閉めるから」

 ラゾールニクが口を挟むと、ウィオラは夫の手を取り、蒼白な唇で言った。

 「私は、この人たちと聖者様を信じる。あなたも、信じて行って」


 「誰ひとりとして解放軍の手には渡しません」

 「必ず守る」

 「俺、ここへの攻撃を避けられるネタ持ってんだ。そっちは頑張って逃げてくれよな」

 不審者のセプテントリオー、テロリストのソルニャーク、他所者のラゾールニクの言葉にキルクルス教の司祭が深く頷く。

 「共に無事を祈りましょう」

 若い夫婦が固く抱き合い、それぞれの道へ別れる。



 「星の道義勇軍のソルニャークだ! 山へ行く者は私に続け!」

 隊長が拳銃を抜き、高々と掲げて先導する。

 クフシーンカ店長の声が、プラエソーの背中を押した。

 「ウィオラとおなかの赤ちゃんは、私たちが必ず守るから、どうか、あなたも生き延びて」

 「店長さん……お願いします。ウィオラ、俺、絶対……絶対に戻るから!」

 プラエソーは妻の返事を待たず、人が減った通路を小走りに行く。


 「じゃ、呪医(せんせい)、送信ボタン、忘れずによろしく」

 「はい。ラゾールニクさんも、どうかご無事で」

 湖の民の呪医は振り返らず、キルクルス教の教会から出た。

☆セプテントリオー様/私が何者か……「684.ラキュスの核」「685.分家の端くれ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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