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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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894.急を知らせる

 青年がさっさと後部座席に乗ったので、クフシーンカは新聞屋の手を借りて助手席に乗り込んだ。


 「二人とも、荷物のフリで聞いてくれ。ネミュス解放軍が動く」

 扉を閉めた途端、青年が押し殺した声で呪医とソルニャークに告げた。

 エンジンが始動し、ワゴンが急発進する。

 「今日か明日にでも、自治区への進攻を開始するって星の(しるべ)リストヴァー支部長情報」

 「区長か」

 ソルニャーク隊長が座席の下で身を伏せたまま問う。

 「そう。畑のあちこちを自動小銃で武装した少人数のグループが巡回してた」

 「星の(しるべ)は戦う気なのだな」

 新聞屋のワゴンが、薄く曇ってきた畑の間を駆け抜け、検問所を素通りする。



 団地地区の残りを案内するどころではなく、聖光新聞の専売所で停まった。

 「ちょっと、女房と店のモンに荷造りと避難の呼掛けをさせるんで、ちょっとだけ、ちょっとだけ待って下さい!」

 新聞屋が自宅兼店舗に駆け込み、呪医とソルニャークが身を起こした。

 「お婆ちゃん、ちょっと呪医(せんせい)と話したいから、席外してくれる?」

 「えぇ、どうぞ。この近くに弟の支持者が大勢住んでるから、避難の呼掛けを手伝ってもらえるように頼んで来るわ」


 クフシーンカは車を降りたその足で、同じブロックの菓子屋へ向かった。

 小麦価格の高騰で品揃えは減ったが、まだ商売は続けている。ドライフルーツやコーンスターチで作った菓子が並ぶショーケースの奥で、菓子屋の妻が一人で店番していた。

 客の姿はなく、クフシーンカに気付いて瞳を輝かせる。

 「いらっしゃいませ」

 「ごめんなさいね。今日はお買物じゃなくて、よくないお知らせなのよ」

 「よくないお知らせ、ですか?」

 菓子屋の妻が顔を曇らせる。


 「ついさっき、区長さんに教えていただいたのだけれど、ネミュス解放軍が、今日か明日にでも、攻めて来るそうよ」

 「えぇッ?」

 「落ち着いて聞いてちょうだい。自力で歩ける人はクブルム街道へ、無理な人は教会へ逃げるようにって、お店や役所、近所のみんなに避難の呼掛けを手伝ってもらえないか、知らせて欲しいの」

 「えっえぇ、それはもう……あッ! 新聞屋さんは?」

 「新聞屋さんも一緒に聞いてきたの。じゃ、お願いね」

 「わ、わかりました。……あなたー! 大変よーッ!」

 菓子屋の妻がカウンターの奥へ引っ込み、金切声で急を知らせる。


 店を出ると丁度、新聞屋も出てきたところだった。クフシーンカは、歳のせいで思うように動かなくなった膝をなるべく()かして、助手席に乗り込んだ。


 撮影係の青年は、どうやら呪医にタブレット端末の使い方を教えているらしい。

 「呪医(せんせい)、クブルム街道で電波入るとこまで行ったら、忘れずに、この送信ボタンって言うのを押してくれよな」

 「わかりました。送信ボタンですね」

 「取敢えず、お菓子屋さんの奥さんに避難の呼掛けを頼んでおいたわ」

 「了解。じゃ、教会へ行きます。ちょっと飛ばすんで、気ィ付けて下さいよ」

 クフシーンカがシートベルトを締めるより先にワゴンが走りだした。


 「ちょっとその前に、小中学校へ行ってもらえないかしら? 校長先生にお伝えして、子供たちの避難をどうするか、考えてもらわなければ」

 「了解。難しい判断になるでしょうからね」

 新聞屋が東地区へ車を飛ばす。坂を駆け下り、低地の真新しいアスファルトを滑るように走る。


 小学校も中学校も、あの冬の大火で全焼し、つい最近、鉄筋コンクリート造の立派な校舎が再建されたばかりだ。頑丈さを考えれば、プレハブの仮設住宅や木造モルタルのアパートよりもずっといいが、多くの人が避難すれば、却って標的にされる(おそ)れがある。

 保護者が我が子を連れて帰りたがるかもしれない。

 大火で身寄りをなくした子を誰が責任を持って守るのか。


 クフシーンカたちは、大火の罹災者(りさいしゃ)支援事業で生活再建に注力した。

 昨年秋頃には、きな臭い噂を耳にしていながら、避難の件を各方面で詰め切れなかったことが悔やまれてならない。


 ……そもそも、こう言うのは区長や教育委員会が……いえ、今更ね。


 クフシーンカはこれからどう動けば、より多くの命を守れるか、長く生きて知識と経験を積み重ねた頭をフル回転させた。

 自力で山道を歩けない者を教会に集めたところで、守れるだろうか。

 湖の女神を信奉するネミュス解放軍が、真っ先に攻撃するのは、キルクルス教の教会ではないのか。

 判断しようにも、情報が足りなかった。


 「ね、ねぇ、そちらでは、解放軍の動き、何か掴んでなかったのかしら? 弟の手紙にあった以外に」

 「んー……ラクエウス議員の手紙、読んでないんでわかんないんですけど、ヤーブラカ市からの情報じゃ、攻撃は今日以降で日時未定、ウヌク・エルハイア将軍の作戦じゃなくて、解放軍の一部が独自に動くみたいで、規模や戦力、ホントに実行するかどうかも含めて、わかんないことだらけなんだよね」

 「それは、いつ時点の情報かしら?」

 「昨日です」

 「区長は今朝、インターネットで情報を手に入れたばかりだと言っていたわ」

 バックミラーの中で、金髪の青年が顔を引き攣らせた。

 「そう言や、そんなコト言ってましたね」

 「進軍開始の情報が入ったのだな」

 ソルニャークが、車窓に目を向けたまま言った。


 バラック小屋や建設途中で放棄された工場の廃墟など、彼が知るバラック街の風景は、もうどこにも残っていない。

 どの道もアスファルトでしっかり舗装され、上下水道や溝なども完成した。各アパートや仮設住宅の一棟毎に、男女別で共同トイレも整備され、雨が降っても道がドブ同然になることはなくなった。

 東地区の生活環境は、プレハブの仮設住宅が多いことを除けば、団地地区と遜色ないところまで改善された。


 「道が通りやすくなった分、進軍も容易になったな」

 「そうですね。解放軍に土地勘がなくとも、これだけ見通しがよければ、はっきり見える範囲を術で移動して、星の(しるべ)の防衛線を無視できます。(もっと)も、【跳躍】や【飛翔】の術を妨げる呪具があれば、話は別ですが」

 ソルニャークの暗い声に湖の民の呪医が沈痛な面持ちで応えた。


 クフシーンカには、大火の後、再開発された東地区に呪具が埋設されたかどうかわからない。

 かつては、ラクエウス議員らが中央政府に掛け合って、魔法使いの侵入を阻む措置を取らせたが、再開発は彼の不在中に進められ、今もあちこち工事中だ。


 「正規軍の詰所は、まだあるのか?」

 「人数は減りましたけどね」

 ソルニャークの問いに新聞屋が答えた。

 「学校の後、詰所に寄ってくれ。援軍を要請させよう」

 「来てくれますかねぇ」

 「少なくとも、クレーヴェルでは、解放軍と敵対している」

 二人の遣り取りを聞き、クフシーンカの口から疑問が零れた。

 「そもそも、解放軍がここを攻撃する目的は何かしら?」

 「俺らを皆殺しにする為じゃないでしょうね?」

 新聞屋が怯えた目で前を睨むと、金髪の青年が何か思い出したような顔をした。

 「自治区に星の(しるべ)の支部があるのがわかったから、爆弾テロをやめさせる為とか何とかって……いや、まぁ、これも噂程度で、まだ全然、ウラが取れてないんですけどね」



 ワゴン車が中学校の敷地に入った瞬間、工場のサイレンが一斉に鳴り響いた。


 挿絵(By みてみん)

☆彼が知るバラック街の風景は、もうどこにも残っていない/再開発……「156.復興の青写真」「276.区画整理事業」「278.支援者の家へ」「505.三十年の隔絶」参照


☆ラクエウス議員らが中央政府に掛け合って、魔法使いの侵入を阻む措置を取らせた……「530.隔てる高い壁」「558.自治区での朝」「559.自治区の秘密」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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