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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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888.信仰心を語る

 ラゾールニクが、春物のコートのポケットに手を突っ込んで、チャラチャラ音を立てる。

 「一時的に顔を変えて、別人みたいになれる物も持って来たんだけど……ダメなんだろうねぇ」

 「魔法の品なのですね?」

 司祭の乾いた声にラゾールニクが口角を上げる。

 「首から()げてる間だけ、【化粧】の術が掛かる首飾りだよ。魔力は籠めてあるから、力なき民でもインタビューの間くらいは効果が切れない」

 司祭は答えない。

 「まぁ、司祭様が居なくても、本人がイヤがるなら無理に使わせたりしないよ。首から上を映さなきゃ済むハナシだ。表情がない分、説得力は落ちるけど、仕方ないね」



 新聞屋が台所から椅子二脚をえっちらおっちら運んできた。ラゾールニクは椅子の配置を手伝い、ウェストポーチから三脚を出して手際よく組立てる。

 「あの、それで、こちら……あの時のセンセイですよね?」

 新聞屋の声が不安に揺れる。

 呪医セプテントリオーは、フードを取らずに答えた。

 「そうです。……彼が同席するとは聞いていなかったものですから」

 司祭に顔を向け、すぐに新聞屋に向き直った。

 聞き覚えのある声に声が明るくなる。

 「お久し振りです。センセイも、お元気そうでなによりです。サロートカはどうしてます?」

 「アミエーラさんと一緒に針仕事をしていますよ。これも、彼女らが(こしら)えてくれました」

 「へぇー、大したモンだ。元気にしてるんですね。……えーっと、それで、ですね、さっき、司祭様にゃセンセイのこと話してあるんで、それ、脱いでも大丈夫ですよ」

 新聞屋が二人の顔色を窺う。


 司祭は頷いた。

 「ゼルノー市立中央市民病院の呪医(じゅい)だとお伺いしました」

 「湖の民であることも、ですか?」

 ソルニャーク隊長と同年代くらいの司祭は、間髪入れず顎を引いて言った。

 「これまで幾度となく、リストヴァー自治区の住民を死の淵からお救い下さり、ありがとうございました。協定に信仰上の許可を出した身として、もっと早くにお礼を申し上げねばなりませんところ、大変遅くなりまして恐れ入ります」

 深々と頭を下げて腰を折る。


 「私は、半世紀の内乱前からずっと、本人が望むならキルクルス教徒の傷も癒してきました。それを否定し、癒された者に害を成したのは、フラクシヌス教徒ではなく、星の(しるべ)などのキルクルス教原理主義者を名乗るたちです」

 呪医がフードを外し、顔を上げた司祭と視線を交わす。

 司祭は、緑色の髪に僅かな動揺を見せたが、溜め息と同時に肯定を口にした。

 「それは、現在も続いています」

 魔法使いのセプテントリオーには、己の無力に肩を落とす聖職者に掛ける言葉がみつからなかった。



 「お待たせしました。始めましょう」

 周囲の家々から美味そうな匂いが漂い始めたが、何も食べずに撮影が始まった。


 クフシーンカ店長とソルニャーク隊長が椅子に腰掛け、ラゾールニクが三脚に取り付けたタブレット端末を確認する。

 呪医セプテントリオーが、店長の杖を回収して扉の脇に立て掛けると、撮影係のラゾールニクが二人に合図を送った。


 「今日は、何から話しましょうかね?」

 「半世紀の内乱中の暮らしがどんなものだったか、教えて下さい」

 ソルニャーク隊長は敢えて「内乱前」とは言わなかった。

 それ以前の様子を詳しく記憶に留める高齢の女性は、リストヴァー自治区内に数える程しかいないだろう。しかも、しっかり語ることができる者となれば、名乗ったも同然だ。


 クフシーンカ店長は、ラゾールニクが用意した衣装で五十は若返って見えた。


 「そうねぇ。あの頃はまだ、ネモラリス島に住んでいて、私たちキルクルス教徒も、街を囲む魔法の防壁で魔物や魔獣から守られて暮らしてたわね。今の自治区でこんな話をするのは危ないから、顔は映さないようにお願いしたのだけれど」

 「そうですね。昔は魔法に守られてよかったなどと、自治区内では、口が裂けても、家の外では言えません」

 ソルニャーク隊長が頷き、膝の上で拳を握る。


 「私が暮らしていたのは、ウーガリ山脈の麓に位置する小さな農村でした」

 「あら、じゃあ、防壁はなかったの?」

 「いえ、防壁と呼べる程の高さはありませんでしたが、腰くらいの高さの土と石でできた塀はありました」

 老女が驚いてみせる。

 「それじゃ、飛び越えられたんじゃないかしら?」

 「塀にも魔法が掛かっていましたから、魔物や魔獣には越えられませんでした」

 「そうなの。その村には魔法使いが居たの?」

 「はい。力ある陸の民と湖の民、それに、私たち力なき陸の民が、混じって住んでいました」


 これには本当に驚いたらしい。

 クフシーンカ店長は目を丸くして、歳が半分くらいの壮年の男をまじまじと見る。司祭もソルニャーク隊長に注目した。


 「塀は【魔道士の涙】を納める窪みがあり、魔法使いの墓所も兼ねていました」

 「村を囲む塀がお墓だったの?」

 「はい。彼らは死後も、村に住まう人々を人種や信仰で分け隔てすることなく、魔物などから守ってくれていたのです」


 タブレット端末の画面には、二人の首から下しか写っていないが、両手で胸を押さえるクフシーンカ店長の驚きがよくわかった。


 「農村とは言え、街の近くだったから、様々な人が入り混じって暮らしていたのでしょう。村にひとつの小学校では、緑色の髪の子も、魔力を持つ子も持たない子も、机を並べて共に学んでいました」

 「あなたたち、いじめられたりしなかったの? 魔法使いの子に」

 「私は特に何かされた記憶はありません。何も考えずに魔法使いの子とも遊んでいましたよ」


 司祭が小さく息を呑む。

 クフシーンカ店長が穏やかな声で語る。


 「内乱中なのに、その村だけ争いがなくて、平和に過ごせたんですのね? 私が住んでいた街は、異教徒への販売中止や何かから始まって、市街戦にまでなって、あちこち逃げて、ネーニア島に渡ったんですよ」

 「都会はそんなことになっていたのですね。村にもちょっとした(いさか)いはありましたが、みんな先祖代々農家でしたからね。土地を離れては生きてゆけませんから、そこまで激しい争いにはならなかったのではないかと思います。ただ……」

 「ただ、何かしら?」

 「近くの森へ茸や薬草を採りに行ったまま戻らなかった人が、魔物などに食べられたのか、異教徒に殺されたのか、確認できませんから」


 重い沈黙の中、クフシーンカ店長の手袋を着けた手が、膝の上でハンカチを揉みしだく。

 ソルニャーク隊長はいつになく饒舌で、話題を変えて話を進めた。


 「村にはキルクルス教の教会と、フラクシヌス教の神殿がひとつずつありました。どちらも小さい所でしたが、ちゃんと聖職者もいらっしゃいました」

 「小さな村なのに、教会の他に神殿がふたつもあったのね?」

 「いえ、教会と神殿がそれぞれひとつずつ、聖職者も村に二人きりでした」


 ソルニャーク隊長以外の者が小さく首を傾げる。

 呪医セプテントリオーは、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代の記憶を辿り、軍医として魔獣討伐隊と共に派遣された幾つかの町や村を思い出した。


 「どう言うことかしら? 同じフラクシヌス教徒でも、陸の民と湖の民では、信仰が違ってた筈よ」

 「あの村の湖の民と陸の民は、岩山の神スツラーシを信仰していました。今にして思えば、フラクシヌス教でも少数派だったから、信仰を異にする私たちとも、大した諍いを起こさなかったのかもしれません」

 「人種は違っても、力ある陸の民と湖の民の信仰が同じだったから、仲良く暮らせたのね?」

 「当時、私はまだ幼かったので、大人たちがどう思って暮らしていたのか、わかり兼ねます」

 ソルニャーク隊長は慎重に断定を避けた。


 決めつけてしまえば、「信仰を統一すれば平和になる」と受け取られ兼ねない。平和を求める筈が、「異教徒を排除せよ」と、更なる戦いを煽るメッセージになってしまう。

 危うい一言に、呪医セプテントリオーは冷や汗を拭った。


 「兄妹姉妹で信仰が違っても、みんな一緒くたに遊んでいました」

 友を隣人を家族を懐かしむのか。戦乱の中、そこだけ凪のように穏やかな日々を過ごした子供時代を懐かしむのか。

 ソルニャーク隊長の声は郷愁を帯びていた。


 「私も何組か、信仰が異なる一家を知っているけれど、あの人たちはみんな夫婦で、子供たち同士は同じ信仰を持っていたわ」

 「私の故郷では、キルクルス教徒の家に力ある民が生まれても里子に出しませんでした」

 「あら、じゃあどうしてたの?」

 「普通に家で他の家族と一緒に住んで、学校の後、神殿に通って、魔力の制御方法とフラクシヌス教の教えを学んでいました」

 「まぁ……逆のおうちはどうしてたの?」

 クフシーンカが前のめりに聞く。


 「力ある民の家に力なき民が生まれた場合は、その子の小学校入学と同時に信仰を選ばせていました」

 「力なき民なのに、キルクルス教ではなくて、フラクシヌス教を選んでも構わないの?」

 クフシーンカが視聴者を意識して、知っていることを質問する。


 「フラクシヌス教は、魔力を持たない者にも信仰を認めています」

 「家の中で仲間外れにならないかしら?」

 動画の視聴者を代弁するように次々質問する。


 「そう言う家庭の子は、流石に教会か神殿が預かって、里子に出していました」


 ソルニャーク隊長の故郷の村では、独自に互いの存在や信仰を否定しない仕組みを作っていたのだろう。

 フラクシヌス教の中でも、少数派のスツラーシ派だったからこそ、ラキュス・ラクリマリス共和国を吹き荒れた民族自決の狂乱に加わらなかった。


 ……内乱前、制度自体はなかったが、社会全体には確かに、彼が言うような暗黙の了解は存在した。


 それが、時代の空気に流されて、いつの間にか消えてしまったのだ。

☆一時的に顔を変えて別人みたいになれる物……「847.引受けた依頼」参照

☆リストヴァー自治区の住民を死の淵からお救い/協定……「017.かつての患者」「369.歴史の教え方」「529.引継ぎがない」「551.癒しを望む者」「552.古新聞を乞う」参照

☆それを否定し、癒された者に害を成したのは、フラクシヌス教徒ではなく、星の標などのキルクルス教原理主義者/それは、現在も続いています……「017.かつての患者」「551.癒しを望む者」、「560.分断の皺寄せ」「561.命を擲つ覚悟」「859.自治区民の話」参照

☆私が暮らしていたのは、ウーガリ山脈の麓に位置する小さな農村……「338.遙か遠い一歩」参照

☆異教徒への販売中止や何かから始まって、市街戦にまでなって、あちこち逃げて、ネーニア島に渡った……「059.仕立屋の店長」「090.恵まれた境遇」「091.魔除けの護符」参照

☆時代の空気に流されて……「370.時代の空気が」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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