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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日
91/3486

0091.魔除けの護符

 「引越してるでしょうし、雲を(つか)むような話だけど、遠縁を頼りなさい。何の(あて)もないより、ずっといいから」

 店長は、食卓に封筒を二通並べた。

 一通はカリンドゥラの住所と宛名、もう一通は白紙だ。


 「こっちはカリンドゥラさんの写真」

 白紙の封筒から、古ぼけた写真を取り出して見せる。

 セピア色に変色した写真には、三人の女性が写っていた。

 「左はフリザンテーマ、真ん中は私、右がカリンドゥラさんよ」


 アミエーラは、年老いた祖母しか知らない。よく似た姉妹は、確かに母の面影があった。つまり、アミエーラとも似ている。


 「カリンドゥラさんは長命人種(ちょうめいじんしゅ)だから、今もこの姿のままよ。これを手掛かりに持ってお行きなさい」

 「いいんですか? 大事な物なんじゃ……」

 「いいのよ。写真は他にもあるし、思い出はずっと、ここにあるから」

 店長は胸に手を当て、微笑んだ。


 「あっちに着いたら、お店に電話してちょうだい。これ、今月のお給金」

 「えっ? でも、あの、これ……」

 新品の財布を差し出され、アミエーラは驚いた。


 「退職金みたいなものだと思って。中身が少なくて申し訳ないけれど、銀行が払戻制限をしているから……」

 「えっ? そんな大変な時に……店長さんの分は……」

 「私は大丈夫よ。今のところ、一週間(ごと)の制限で、来週になれば、また出せるようになるから」

 半ば押しつけるように財布を渡され、アミエーラは有難さと申し訳なさで、何と言えばいいやらわからない。言葉の代わりに涙がこぼれ落ちた。

 店長は何も言わずに針子を抱きしめ、その背をやさしく撫でる。



 アミエーラが落ち着くと、店長は香草茶を()れてくれた。

 薬効のある香りを胸いっぱいに吸い込み、意識的に気持ちを鎮める。

 「……すみません。何から何まで……感謝の言葉もみつからないくらいです」

 「いいのよ。あなたのこと、孫みたいに思っていますからね」

 そう言いながら、店長は手帳と手紙、写真をリュックのポケットに仕舞った。


 店長が別のポケットから、今度は小さな布袋を取り出す。

 親指くらいの袋で、長くて細い紐付きだ。袋の口を開け、逆さにして振る。


 (しわ)くちゃの(てのひら)に水晶が転がり出た。袋の半分くらいの大きさだ。

 多面体にカットされた水晶は、文字のような規則性のある模様が刻まれ、窓から射し込む光に煌めいた。


 「これ、ちょっと手に乗せてみて」

 アミエーラは、魅入られたように食卓の上に手を伸ばした。店長がその(てのひら)に水晶を乗せる。


 大粒の水晶は思いの他、冷たかった。

 氷のようにひやりとして、掌からじわじわと体温を奪われるような感覚が広がる。代わりに、水晶が熱を帯び、ほんのり温かくなった。

 とても腕のいい職人が手掛けたのだろう。

 文字のような飾りが、朝の光を(から)めて複雑な輝きを放った。


 「やっぱり。あなたはフリザンテーマに似てるわ」

 店長が、嘆息した。

 アミエーラが店長を見ると、安心したような顔で何度も頷いた。

 「水晶をご(らん)

 言われて、掌に視線を戻す。

 水晶の輝きは、内部に淡い光を宿したせいだった。アミエーラが息を呑む。驚きと、その美しさに言葉もなく釘付けになった。


 「それはね、【魔力の水晶】よ。魔力を持つ人が触れると、中にその人の力を貯めるの」

 「魔力……」

 「そう。その袋は、中が二重になってて、【魔除け】の呪文が刺繍してあるわ」

 アミエーラの反応を待たず、早口に説明する。

 「その袋に魔力を満たした【水晶】を入れておけば、呪文を知らなくても、雑妖や弱い魔物から護ってもらえるの」

 店長はアミエーラの手から水晶を取り、袋に戻した。


 「あなたの家にも、同じ物があったと思うんだけど……」

 「いえ……知りません」

 アミエーラが首を横に振ると、店長は立って食卓を回り込み、隣に立った。

 「私が持ってても効果はないから、あなたが持ってお行きなさい」

 「あの……でも……」


 「フリザンテーマが(こしら)えたものだから、孫のあなたにお返しするわ。くれぐれも自治区の誰かにみつからないようにね」

 店長が布袋の紐をアミエーラの首に掛ける。


 アミエーラはこくりと(うなず)き、袋を(えり)の中に押し込んだ。

 「さあ、すっかり明るくなったことだし、荷物を持って出発よ」

 元気よく肩を叩かれ、アミエーラは席を立った。

☆フリザンテーマ……「0059.仕立屋の店長」「0090.恵まれた境遇」参照

☆【魔除け】の呪文が刺繍……「0068.即席魔法使い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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