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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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886.歌のコーナー

 アナウンサーのジョールチが、声を明るい調子に変える。

 「それでは、ここで一息、歌のコーナーです。曲は、皆さんご存知、国営放送の天気予報で、BGMに使用されております『この大空をみつめて』です。歌詞をご存知の方はどうぞ、ご唱和下さい。天気予報の歌『この大空をみつめて』です」


 レノたちは姿勢を正し、気を引き締めた。

 観客の数人がポケットから紙片を取り出す。店に貼り出してもらった歌詞を書き写して来たらしい。隣と肩を寄せ合い、メモに視線を注ぐ。

 クルィーロの口笛に続いて、レコードが前奏を流し、張り詰めた空気がふっと緩んだ。



 「降り注ぐ あなたの上に

  彼方から届く光が

  生けるもの (あまね)く照らす ()() 溢れる 命の力

  蒼穹(そうきゅう)映す 今を(したた)めて この眼で大空調べて予報……」



 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の歌声に観衆の声が重なる。マイクの拾った声が、前に置いたラジオから流れ、あちこちで照れ笑いが起こった。

 ネモラリス人なら知らぬ者がない曲で、歌詞を持つ者の周囲に人が集まり、歌に加わる者が増える。



 「空 穏やかに 月 輝いて

  星 清らかに 雲 夢の中


  雨 傘の花 虹 橋架けて

  虹 七色に 空 晴れ渡る」



 曲が終わった瞬間、盛大な拍手が起こった。示し合せた訳ではないが、レノたちは一斉にお辞儀した。

 「ありがとうございました!」

 拍手が更に大きくなり、波が引くように小さくなってゆく。


 「ありがとうございました。それでは、次のコーナーでは、物価などの生活情報をお届けします」

 レノたちが、ジョールチの声と同時に「お静かに」の画用紙を掲げると、音を掃いたようにさっと静まった。

 ヤーブラカ市内の物価と番宣ポスターや歌詞を貼り出してくれた店のお買い得情報、バザーの予定などが、次々と読み上げられる。


 「物価が高止まりで、庶民の暮らしを圧迫しています。戦争が終わらなければ、ラクリマリス王国は、周辺国の船舶の安全の為に敷いた湖上封鎖を解除できません」

 アナウンサーのジョールチは、聖地巡礼を制限してまで、ラキュス湖周辺諸国の安全を守っているのだ、と物価高や物資欠乏への不満の矛先が、ラクリマリス王国に向かないよう、強調する。

 観衆の複雑な顔に、レノは何とも言えない気持ちになった。


 ジョールチは再び、鱗蜘蛛退治の費用について要約と、寄付の仕方を告げた。


 一呼吸置いて、明るい調子で言う。

 「次は、難民の少女が『国民健康体操』の曲に平和を願う詩を書いた『みんなで歌おう』と言う曲です。三十代後半以上の方は、学校の体育の時間に習ったのをご記憶かと思います。それでは、お聞き下さい。『国民健康体操』の曲に乗せて平和を願う『みんなで歌おう』です」

 ホイッスルが鳴り、ピナ、ティス、アマナ、モーフが、歌詞を油性マジックで大きく書いた画用紙を掲げた。

 観衆が半歩、前に出る。



 「ネーニア ネモラリス フナリス ラキュスの島よ

  ランテルナ アーテル 岸辺も元はひとつ


  心を(しず)めて 湖畔(こはん)に立って

  新しい日々みつめ みんなと手をつなごう……」



 年配を中心に笑顔と拍手が広がり、離れた所では体操を始める者も居る。一番はレノたちだけが歌ったが、二番からは観衆の一部も加わった。主に野太い声だ。仮設も窓を開け、手拍子に加わる部屋が幾つもあった。


 一体感と高揚感の中で曲が終わり、ジョールチが、アミトスチグマ王国に開設された難民キャンプの最新情報を伝える。

 医療体制が改善したこと、森の魔獣に対抗し得る人材や、【道守り】と【空の()(うた)】などの呪歌を歌えるようになった者が増えたこと、この冬は餓死や凍死を出さずに済んだことなど、明るい話題が中心だ。

 難民キャンプにもネモラリス憂撃隊の勧誘が来たことなど、薄暗い話も付け加え、アゴーニが聞き込んだ難民の安否情報や個人的なメッセージも読み上げる。


 ……ここに居るのと、難民キャンプに行くの、どっちがマシだろうって顔だな。


 魔獣退治の寄付の件を繰り返し告げ、次のコーナーに移る。


 「歌のコーナーの時間です。曲は『女神の涙』と言うウーガリ山脈のアサエート村に伝わる里謡です。昨年、AMカッカブ・ビルの歌番組“故郷の調べ”で途中まで耳にされ、ご記憶のリスナーさんもいらっしゃるかと思います。フルコーラスをお聞き下さい。アサエート村の里謡『女神の涙』です」


 クルィーロの口笛で背筋を伸ばす。

 前奏のない曲で、今回はフルートのみの演奏に合わせて歌う。



 「ゆるやかな水の(えだ)

 青琩(せいぼう)の光 水脈(みお)を拓き 砂に新しい(みずうみ)が生まれる


 (ラキュス)(うみ)に沈む乾きの龍 (かし)(いわお)に茂る……」



 歌詞は掲げず、運転手のメドヴェージと少年兵モーフ、老漁師アビエースが「お静かに」の画用紙を掲げる。観衆の中にネミュス解放軍の兵が紛れているかもしれないと思うと、複雑だ。

 人々は(しわぶき)ひとつ立てず、移動販売店プラエテルミッサの歌声に聞き入った。



 「続きまして、国際ニュースをお伝えします。ラクリマリス王国軍の発表によりますと、春になる前に腥風樹(せいふうじゅ)の駆除が完了したとのことです。腥風樹は、昨年の夏頃、アーテル軍がネーニア島南部ツマーンの森に植え、北ヴィエートフィ大橋からプラーム市までの漁村や農村を中心に多数の避難者を出し、ラクリマリス王国の農業や林業などに打撃を与えました」


 ネモラリス共和国内で全く報道されていない件の内、これだけが当たり(さわ)りなさそうな情報だ。

 観衆が目を見張り、或いは口許を(ほころ)ばせてアナウンサーの声に聞き入る。


 「腥風樹の駆除完了に伴い、ラクリマリス王国軍は、モースト市付近を不法に占領していたアーテル陸軍を撤退させました。現在は、北ヴィエートフィ大橋の修理が完了し、アーテル領ランテルナ島との交通は完全に遮断されています」


 人々は何となく頷きながら聞いている。


 「この件に関しまして、アーテル共和国側からは、特に発表などがありません。ラクリマリス王国内各地に避難していた人々は、腥風樹の毒素の除染が済み次第、順次、故郷に帰還できる予定です」


 レノ、アウェッラーナ、アビエースが歌詞を大書した四つ切画用紙を掲げた。

 未定の部分には、赤で(未定)と書いてあり、観衆が不思議そうな顔をする。


 ジョールチが、係員室から見えているかのようにタイミングよく、説明した。

 「最後の曲は、『すべて ひとしい ひとつの花』です。半世紀の内乱が起きる少し前、ラキュス・ラクリマリス共和制移行百周年記念の為に作られましたが、内乱が勃発し、作詞が途中になりました」

 人々の顔から疑問が消え、困惑が満ちる。


 「この度の戦争を受け、本来『すべて ひとしい ひとつの花』を歌う予定だった歌手のニプトラ・ネウマエさんや、故郷を追われた難民のみなさん、ボランティアによるコンサートで耳にされた方々や、インターネットでこの曲に接した外国人など、多くの人の手でこの歌に歌詞の続きが加えられました」

 観衆が、周囲の者と顔を見合わせた。


 モーフが荷台の端から本を取って掲げる。歌と同じタイトルの絵本だ。

 「昨年は、ネモラリス建設業協会が絵本を出版し、歌詞の続きを募集していました。ラクリマリス王国の詩人ルチー・ルヌィさんの手でまとめられ、ここまで整いましたが、『すべて ひとしい ひとつの花』は、まだ未完成です」

 歌詞の画用紙を持つ三人が、観衆みんなに見えるよう、上半身をゆっくり捻る。


 「みなさんも、欠けた部分を補う言葉を共に考えて下さい。旋律は先程の里謡『女神の涙』と同じです。それでは、平和への祈りを籠めて、共に考え、歌いましょう。『すべて ひとしい ひとつの花』です」

 クルィーロの口笛に続いて、交響楽団の演奏が流れる。

 レノたちは遅れずに歌い始めた。



 「穏やかな(うみ)の風

  一条の光 闇を(ひら)き 島は新しい夜明けを迎える


  (ラキュス)(うみ)に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる……」



 メドヴェージが手を振り、歌詞を指差して呼び掛けるが、ついさっき一度聞いただけの歌に加わる者はいない。

 代わりに、手拍子が起こった。



 「悲しい誓いと涸れ果てた(なみだ)

  武器を手放し 歩む

  二度とは戻らない 悲しみの日々 街を包んだ炎……」



 歌詞が未定の部分はハミングでやり過ごす。



 「……憎悪と悲しみの鎖を断って

 共に 咲かせよう ひとつのこの花を」



 歌い終わると同時に手拍子が拍手に変わった。

 レノたちが深々とお辞儀する中、ジョールチが最後にもう一度、魔獣退治の寄付を呼び掛け、放送は終わった。

 クルィーロが荷台から降り、レノとメドヴェージに紙束を渡す。振込先の印刷物だ。

 「ご近所さんやお知り合いにもお伝え下さい」

 三人が呼掛けながら配り、トラックの周囲から人が居なくなる頃には、百枚近くが(さば)けた。



 夜になってアゴーニが戻っても、レーフは帰らない。

 「うん、まぁ……気長に待とうや。あっちは今日、自治区でインタビューの収録をして、明日は自治区の視察、んで、明後日帰る予定だとよ」

 

 ……隊長さん、ご無事で。


 放送の間、ネミュス解放軍には何もされずに済んだが、ソルニャーク隊長が三日も留守にするのは心細かった。

☆この大空をみつめて……天気予報のBGM「115.昔の音の部屋」、歌詞全文「170.天気予報の歌」参照

☆みんなで歌おう……歌詞全文「275.みつかった歌」、難民の少女が歌詞を書いた「452.歌う少女たち」「528.復旧した理由」参照

☆女神の涙……歌詞全文「531.その歌を心に」参照

☆フルートのみの演奏……「178.やさしき降雨」参照

☆ネミュス解放軍の兵……「882.歌を求める兵」参照

☆歌と同じタイトルの絵本……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「672.南の国の古語」、内容「671.読み聞かせる」参照

☆ラクリマリス王国の詩人ルチー・ルヌィさんの手でまとめられ、ここまで整いましたが、『すべて ひとしい ひとつの花』は、まだ未完成です……追加された歌詞「774.詩人が加わる」参照


 ▼「すべて ひとしい ひとつの花」の歌詞 中間報告

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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