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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十二章 攻撃

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884.レーフの不在

 DJレーフが荷台を降りて、歩きながら軽く手を振る。

 「ちょっと出掛けてくる。夕飯には帰るよ」

 「どこ行くんですか? 一人で大丈夫ですか?」

 レノが声を掛けたが、レーフは振り向かずに答えた。

 「街ン中だから、鱗蜘蛛(ウロコグモ)と鉢合わせする心配はないよ」

 「そうですか。でも、お気を付けて」


 レノは、力なき民の自分が、力ある民のレーフを心配するのは烏滸(おこ)がましい気がして、それ以上言わずに見送った。



 お茶の時間を少し過ぎた頃、アゴーニとジョールチが戻った。

 「駆除代の寄付、許可が出たぞ」

 「条件が厳しいので、どれだけ集まるかわかりませんが」

 嬉しそうなアゴーニとは対照的にジョールチの顔は暗かった。


 レノが、移動販売店プラエテルミッサの店長として聞く。

 「どんな条件だったんですか?」

 「おカネをモーシ綜合警備の口座に振り込んで欲しいそうです」

 「えっ? 呪符とか【魔力の水晶】とか、モノの方が良くないですか?」

 「受付場所の用意やその費用、人員の手配、目利きや運搬、それに防犯上のあれこれ……色々困るからですよ」

 「呪符は、薬師(くすし)の姐ちゃんが買って来てくれたのを使わせてもらうしなぁ。それと【祓魔の矢】と剣を予備の武器に」

 アゴーニの発言に困惑が広がる。


 武器は、壊れない限り減らないし、そもそもちゃんと使える者が居ないのでいいとして、呪符は発動の呪文を唱えられれば、誰でも使える上、使い捨てだ。

 実質、移動販売店プラエテルミッサに駆除代を負担せよと言うに等しい。


 ……あっ、でも、本社と交渉してくれた日、そんな感じのコト、言ってたよな。


 こちらで呪符と武器を出すと言ったから、引受けてくれたのかもしれない。


 「戦い用の呪符があっても、私じゃ、魔法戦士の人みたいにちゃんと使えませんから」

 交換用の魔法薬を作ったアウェッラーナが了承すると、誰からも異論は出なかった。レノも、巨大な蜘蛛の魔獣を前にして、とちらずに呪文を唱えて呪符の効果を発動できる気がしない。


 「それでは、奥でモーシ綜合警備の件を原稿にまとめますね」

 国営放送アナウンサーのジョールチが、荷台奥の係員室に入ってすぐ、肩越しに振り向いて聞く。

 「レーフはどうしました?」

 「ジョールチさんたちが行った後、ちょっとしてから、どこか行きました。夕飯には戻るって言ってましたよ」

 レノが答えると、ジョールチは納得して原稿に取り掛かった。



 ヤーブラカ市での第一回放送は、明日に迫っていた。しかも、ソルニャーク隊長のリストヴァー自治区でのインタビュー収録と重なり、葬儀屋アゴーニも【跳躍】で隊長を夏の都へ届ける為に抜ける。

 いつもより人数が少なくなる上、ネミュス解放軍がどう反応するかわからない。


 ……気を引き締めてやんないとなぁ。


 今朝は、ソルニャーク隊長たちが解放軍の下っ端を追い返してくれたが、明日はそうはゆかない。レノは移動販売店プラエテルミッサの店長として、なんとしてでも、みんなを揉め事から守ろうと心に誓った。



 「DJの兄ちゃん、遅ぇな。どこほっつき歩いてンだ?」

 メドヴェージが公園の入口を睨む。

 トラックの荷台は、クルィーロが(とも)した【灯】で明るいが、通りの街灯は帰宅ラッシュの時間を過ぎた今、節電の為に消されていた。

 警察署や民家から漏れる光と月と星の灯で、辛うじて物の輪郭がわかる。

 レーフは力ある陸の民だから、自分で【灯】を点すだろうが、日没後に公園前の大通りを行く者はなかった。


 魚入りのスープはすっかり煮えて、モーフが物欲しそうに鍋を凝視する。

 「店長さん、DJの兄ちゃん、どこ行くっつってたんスか?」

 「ごめん、聞いてない。でも、街の中だから魔獣の心配はないって言ってたよ」

 レノはなるべく明るい声を出し、不安を誤魔化した。


 みんなが何とも言えない顔で公園の外を見る。

 「冷めちゃうよ?」

 「そうね。レーフさんの分は、後であっため直してもらおっか」

 ピナがティスに頷き、マグカップにスープを注ぐ。手際良くアルミホイルで蓋をして、係員室の机に置いた。

 「彼は大人で、魔法使いだ。この状況でわざわざ危険を冒すことはあるまい」

 ソルニャーク隊長の落ち着いた声で、みんなは何となく安心して食べ始めた。



 夕飯の後片付けが終わっても、レーフは戻らない。

 みんなで、モーシ綜合警備株式会社がコピーした振込先の口座番号と寄付の注意書きを切った。A4一枚に同じ文章が四回ずつ印字してある。百枚くらいあったが、みんなで切り分ければあっという間だ。

 ジョールチが、何度も公園の入口まで見に行ったが、二十二時を過ぎた辺りで諦めた。


 ……もっとちゃんと、行き先を聞いとけばよかった。


 レノは後悔で寝付けず、毛布の中で何度も寝返りを打ちながら、湖の女神パニセア・ユニ・フローラにDJレーフの無事を祈り続けた。



 空が白み、雀の(さえず)りと同時に目が醒める。いつの間に寝てしまったのか。

 レノは公園のトイレを借りたが、他に誰も利用者が居なかった。公園の外へ出てみたが、大通りには家畜や生野菜を運ぶトラックさえなく、鳩や雀が我が物顔で戯れる。


 ……何で、一人で行かせてしまったんだ。


 レノがついて行けば、足手纏いの力なき民を守る為、レーフは無茶をしなかっただろう。


 夕べは食事をきちんと摂れたのか。

 安全な場所で眠れたのか。

 今、どこに居るのか。

 無事なのか。


 朝日に胸を焼き焦がされるような気がして、レノは目を閉じた。


 「お兄ちゃん、ごはん」

 「あ、ご、ごめん」

 ティスに呼ばれてトラックに戻る。

 奥の係員室に入ってみたが、金髪のDJの姿はなかった。ピナが置いたマグカップは、昨夜のまま机にある。

 「勿体(もったい)ないから、これ、俺がもらうよ。俺の分の干し林檎、ティスとアマナちゃんで分けろよ」

 「お、悪いな。俺、あっためるよ」

 妹たちが明るい声で礼を言い、クルィーロが【操水】の術で念入りに加熱してくれた。


 小麦価格の高騰で、ここしばらくは、五日に一回しかパンを焼けない。朝は、この辺りでは安いドライフルーツとお茶だけで済ますことが増えた。


 ……いつまでこんな生活が続くんだろ。


 熱いスープを吹き冷ましながら、レノは泣きたいような気持ちになった。



 「じゃ、行ってくらぁ」

 「あ、待って下さい」

 薬師(くすし)アウェッラーナが葬儀屋アゴーニを呼び止めた。一回分ずつ包んだ薬包紙を(てのひら)で山盛りにして見せ、リュックサックに入れて渡す。

 「すみません、この熱冷ましで、何かお野菜を買ってきていただけませんか?」

 「お安い御用だ。俺ぁアミトスチグマに跳んで、隊長さんを呪医(せんせい)とスパイの兄ちゃんに届けたら、買物してすぐ戻る」

 「お二人とも、お気を付けて」

 ジョールチが翳りのある声を掛ける。


 ソルニャーク隊長は、泣きそうなモーフの肩を軽く叩き、穏やかな微笑をみんなに向けた。

 「我々は大丈夫だ。必ず戻る」

 「今日、放送すんだろ。DJの兄ちゃんもその内ひょっこり戻るって」

 アゴーニが軽い調子で言って、レノの肩にポンと手を置く。そのぬくもりに胸が詰まり、レノは何も言えなくなった。


 「ご安全にー!」

 クルィーロとメドヴェージが声を揃え、少年兵モーフが手を振る。漁港へ向かう二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。



 「さて、既に放送の日時を告知してしまいましたし、レーフがいつ戻るかわからないのでは、延期の日取りもできません」

 「どうしても、今日、放送するんですか?」

 ジョールチの淡々とした発言に、パドールリクとクルィーロの親子が不安を露わにした。


 ……レーフさん、戻れないってわかってたから、俺たちに放送機材の使い方を?


 レノは口を開けば涙がこぼれそうで、出掛かった言葉を飲み込んだ。

☆本社と交渉してくれた日、そんな感じのコト、言ってた……「877.本社との交渉」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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