880.得られた消息
諜報員ラゾールニクが、ネモラリス島の調査からアミトスチグマ王国に戻った。
夏の都にある支援者宅の一室で、ラクエウス議員とアサコール党首率いる両輪の軸党員ら、ネモラリス共和国から逃れた国会議員たちに報告する。
両輪の軸党のモルコーヴ議員と秦皮の枝党のクラピーフニク議員が、術でお茶の用意をする。
「スニェーグさんって北部の都市に随分、土地勘あるんですね。お陰でスゲー捗りましたよ」
「それはよかった。何か掴めたかね?」
ラゾールニクは、集まった五人にお茶が行き渡るのを待って報告を続けた。
「まずは、ネミュス解放軍の拠点が増えていたことです。後で地図をお送りしますけど、ネモラリス島の北東部を中心に広がってますね」
「どこにあるんですか?」
赤毛のモルコーヴ議員が顔を曇らせる。
ラゾールニクは、タブレット端末をつついて答えた。
「首都クレーヴェルには三カ所。北西部にあるウヌク・エルハイア将軍の私邸と、解放軍が制圧した国会議事堂、南港エリアの貿易会社のビル一棟と倉庫八棟」
「そんなにも……」
「場所がわかってても、叩けないんですね?」
モルコーヴ議員は言葉と顔色を失い、若手のクラピーフニク議員は確認するように聞いた。
ラゾールニクは頷いて続ける。
「国会議事堂周辺と南港エリア一帯は、完全に解放軍が掌握してて、政府軍は近付けません。私邸は周囲が高級住宅街なのもあって、攻めあぐねてる感じかな」
「他の街はいかがでしたか?」
アサコール党首が長机に身を乗り出して、ラゾールニクの手許を覗く。
「今、アサコール先生とクラピーフニク先生に地図送りました。紙の出力はまた後でします」
ラクエウス議員は、隣のクラピーフニク議員の手許を見た。
若手が手帳大の画面に指を走らせる度に、画面が次々と切り替わる。ネモラリス島の地図が表示されたところで手が止まった。
「東の玄関口のリャビーナ市、鉱山の街カイラー、その北のクリュークウァ、ミクランテラ島への定期便があるオバーボク、その隣のヤーブラカ、少し離れたペルシークと、つい最近、ヴィナグラートにもできました。各都市は一箇所ずつです」
「政府軍が手薄な地方都市を手中に収めたのですね」
アサコール党首が端末を机に置いて唸った。
ラクエウス議員は胃の痛みを意識しないように質問する。
「星の標の支部もあったろう? 両者の関係と言うか、現地で戦闘は起きておらんのかね?」
「今のところ、首都以外ではありませんね。星の標は長年、フラクシヌス教徒の中で潜伏していましたし、ネミュス解放軍は結成から一年も経っていませんから、そこまでの調査能力も、そんな余裕もなさそうに見えましたよ」
「でも、ロークと言う少年でも名簿を作れたんですよ。解放軍が地元民に協力させて調べて、支部の制圧戦をするかもしれませんよね?」
「そうですわねぇ。彼らが情報収集できないように、偽情報を流すとか、何か手を打った方がよくありませんか?」
クラピーフニク議員が、端末から顔を上げて諜報員ラゾールニクを見詰め、モルコーヴ議員も若手に同調した。
加勢を得て、クラピーフニク議員は更に畳み掛ける。
「以前、隠れキルクルス教徒のリストを動画に収めました。リストをくれたのはファーキル君です。子供でも得られる情報なんですから、彼らも手に入れられるかもしれません。その情報を基に調べれば、星の標の支部を突きとめられるかもしれませんよ」
「そのデータは、まだ公開してないけど? それに、ネットに上げたとしても、星の標はともかく、解放軍は魔法使い主体だし、今は政府軍とクリペウス政権の打倒に力を集中してるから、大丈夫だと思うけどなぁ」
ラゾールニクは半笑いで言った。
「それに、今、下手に彼らの情報収集を妨害する工作を行えば、却って厄介なことになりかねません」
諜報員だけでなく、両輪の軸党のアサコール党首も反対した。
秦皮の枝党のクラピーフニク議員は納得したのか、それ以上言わなかった。
ラゾールニクが口調を改めて話題を変える。
「それから、ゼルノー選挙区のイーヴァ議員の所在がわかりました」
「無事だったのだな。どこだね?」
ラクエウス議員が思わず頬を緩めると、場の空気が軽くなった。
「お知り合いでしたか?」
「うむ。信仰と党派こそ違うが、隣の選挙区だからな。それなりに話したことはある」
「へぇ。チェルニーカの秦皮の枝党議員の家に居候させてもらってるみたいですよ」
「イーヴァ議員と個人的に親しくしている議員なのかね?」
ラクエウス議員は、隣のクラピーフニク議員を見た。
「イーヴァさんって今期、無党派からこっちに鞍替えした女性議員ですよね?」
「そうだ。人懐こい性質の人だ」
「僕、まだ二期目で、党内の人脈もどうなってるのか把握し切れてないんです。すみません」
「まぁ、そちらは国内最大で派閥も複雑だからな……」
あの未明の議場で、イーヴァ議員が魔哮砲の使用に賛成する側についたのかと思うと、ラクエウス議員の胸中は複雑だった。
「最後にもうひとつ、これはまだ情報を詰め切れてなくて、噂レベルなんですが、ネミュス解放軍の一部に自治区を攻撃しようと言う動きがあるようです」
「何ッ?」
ラクエウス議員の額に冷汗が滲んだ。
移動販売店プラエテルミッサからの報告にあっただろうか。寄せられる情報は膨大で、見落としたか、記憶に留められなかったかもしれない。
「部隊の規模や編成、指揮官、作戦の日時などは不明で、スニェーグさんたち現地の同志が情報収集を頑張ってくれてるとこです」
「ウヌク・エルハイア将軍が指揮なさるんじゃありませんのね?」
モルコーヴ議員が首を傾げる。
諜報員は困ったような笑みを浮かべ、年配の女性議員に言った。
「噂レベルでしかないんですが、ウヌク・エルハイア将軍が自治区へ攻撃命令を出さないことに痺れを切らした有志が集まって、こっそりやっちゃおっかってコトらしいんですよ。それで、情報収集にてこずってるんですけどね」
「まぁ……」
「真面目な人たちが、そんなのやめとこうよって言って中止になるかもしれませんけどね」
言葉を失うモルコーヴにラゾールニクが肩を竦めてみせる。
自治区選出の老議員は、やきもきして聞いた。
「ウヌク・エルハイア将軍は、その件を知らんのかね?」
「知ったら止めるんじゃないんですか? だから、こそこそしてるんでしょう」
「どうにかして、将軍の耳に入れられんかね?」
ラクエウス議員は、リストヴァー自治区に残してきた姉や近所の者たち、司祭や付き合いのあった下町の人々の顔が頭の中を駆け巡った。
大火からの復興途上で、魔法使い主体の武装勢力に攻められたのでは、ひとたまりもない。
……なんとしても止めねばならん。
「さっきも言いましたけど、将軍の私邸がある地区は、解放軍が完全に掌握して、住民も将軍の味方です。陸の民の同志じゃ、近付くのも難しいですし、屋敷って言うか、小規模な砦みたいな家なんで、侵入するのも難易度高過ぎるんですよね」
諜報員が、将軍に伝えられない理由をすらすら並べる。
ラクエウス議員は頭を抱えた。
「お手紙はどうでしょう? 電話は回線がダメになった地区が多いみたいですけど……」
ラゾールニクは、モルコーヴ議員に首を振った。
「郵便こそ無理ですよ」
「側近の誰かに伝えられたら、将軍に耳打ちしてもらえるかも……」
「接触できた人が、攻撃したい派の人だったら、消されかねないよ」
クラピーフニク議員の提案も穴が大きい。
どうにかして伝えられないものか、額を寄せ合って議論したが、この日は妙案が浮かばなかった。
☆ミクランテラ島への定期便……「852.仮設の自治会」参照
☆ペルシーク……「833.支部長と交渉」参照
☆ロークとか言う少年の作ったリスト……「654.父からの情報」「698.手掛かりの人」「694.質問を考える」~「696.情報を集める」「808.散らばる拠点」参照
☆隠れキルクルス教徒のリストを動画に収めました/リストをくれたのはファーキル君……「624.隠れ教徒一覧」「626.保険を掛ける」参照
☆イーヴァ議員……「624.隠れ教徒一覧」参照
☆あの未明の議場で、イーヴァ議員は真候補の使用に賛成する側についたのか……「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」参照
☆情報を詰め切れてなくて、噂レベル……「834.敵意を煽る者」「835.足りない情報」参照
☆ネミュス解放軍の一部に自治区を攻撃しようと言う動き……「722.社長宅の教会」~「724.利用するもの」「803.行方不明事件」参照
☆痺れを切らした有志が集まって、こっそりやっちゃおっか……「874.勝手なハナシ」参照




