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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日

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0090.恵まれた境遇

 挿絵(By みてみん)


 「ちょっと早いけど、もう起きて頂戴」

 アミエーラは、夜明け前に起こされた。

 店長はすっかり身支度を整えて微笑む。


 「あぁ、いいのよ。慌てなくて。朝ごはん、今から作るから、ゆっくりでいいわ。肌着はこれに着替えてね」

 アミエーラが慌てて跳ね起きると、店長はそう言い置いて客間を出て行った。

 そう言われても、何も手伝わないのでは申し訳ない。

 言われた通り、昨日渡された魔法の刺繍入りの肌着を身に着け、手早く着替えると、小走りに台所へ向かった。



 顔を出すと、既に朝食の用意は終わっていた。

 「あら、早かったのね。まぁいいわ。座って」

 「すみません。何もお手伝いできなくて……」

 「いいのよ。気にしなくて。さ、座って」


 にっこり笑って勧められ、アミエーラは恐縮して腰を下ろした。店長も、二人の前にスープの深皿を置いて座る。

 今朝も、アミエーラが見たこともない豪華な朝食だ。

 野菜とベーコンがたっぷり入ったスープ、目玉焼き、炒めたきのこ、香草茶。堅パンには、黄金色のとろりとしたものが、たっぷりかかって輝く。


 アミエーラの視線に気付いた店長が、微笑を浮かべて説明する。

 「それ、蜂蜜よ。甘くておいしくて、滋養があるから」

 「……ありがとうございます」

 それ以上、言葉もない。

 アミエーラは、少しべたつく堅パンを一口齧る。

 蜂蜜の染み込んだ堅パンは、少しやわらかかった。口いっぱいに広がるやさしい甘さ。この世にこんな美味しい物があるとは、知らなかった。



 バラック街の住人は、みんな貧しい。

 働き口が団地地区で、こんなに親切な雇い主がいるアミエーラは、恵まれた部類だ。普段の昼食は、ここできちんとした食事を与えられ、時には帰りにお裾分けまでもらえる。


 親友の孫というだけで、申し訳ないくらい店長によくしてもらった。

 近所の人たちと比べ、恵まれ過ぎて恐ろしいくらいだ。

 アミエーラと父はそのことを常に考え、周囲に(ねた)まれないよう細心の注意を払って近所付き合いをした。


 バラック街が焼失し、父は行方不明。

 この先、リストヴァー自治区全体もどうなるかわからない。



 分不相応(ぶんふそうおう)なまでに贅沢(ぜいたく)な朝食を終える頃には、空の明るさが増し、雀が元気よく鳴き交わした。

 「これから話すことは、誰にも言っちゃダメよ」

 店長が、針子の青い瞳をじっと見詰める。アミエーラが小さく(うなず)くと、店長は厳しい表情を崩すことなく続けた。


 「あなたの母方のお祖母さん、フリザンテーマは、力ある民……ちゃんと魔法の使える……魔女だったの」


 声も出ない。


 アミエーラは息を呑み、店長をまじまじと見た。

 冗談を言ったようには見えない。そもそも、冗談でも、そんなことを言うような人ではなかった。


 「昔はね、改宗せずに異教徒と結婚する人、ちょくちょく居たのよ」


 アミエーラの祖母フリザンテーマは、フラクシヌス教徒だが、キルクルス教徒の店長とも仲がよかったと言う。

 祖母がフラクシヌス教徒だったことも、今、初めて知った。

 アミエーラは何と言っていいかわからず、続きを待つ。


 「のんびりした時代だったのよ」

 店長は、遠い目をして淋しげな笑みを浮かべ、話を続けた。


 フリザンテーマの結婚相手……アミエーラの祖父はキルクルス教徒だが、妻に改宗を迫ることはなかった。婚家の人々も、魔女の嫁を不浄視しなかった。

 「アルトン・ガザ大陸ならいざ知らず、この土地で、聖者様の教えを厳格に守るなんて無理ですもの」


 それはアミエーラにもよくわかる。

 現に、バラック地帯は酷い有様だ。


 「内乱で、信仰を理由にバラバラになった家族は多かったけど、最後まで、家族の絆を守り通した人たちも居たのよ」

 祖父母夫婦も、その一組だったと言う。

 フリザンテーマが魔女であることを隠す為、移住先は、人口の多いバラック地帯に決めた。それも、近所に知人の居ない区域を選んだ。


 アミエーラは、五歳の頃に亡くなった祖母を思い出した。



 祖母が居た頃は、毎日、キレイな水が飲めた。

 「高かったのよ。大事に飲んでね」

 祖母は、幼いアミエーラに言い聞かせた。水をくれる祖母の笑顔は、いつもどこか淋しそうだった。


 祖母が亡くなってから、おいしい水を飲めなくなったのは、働き手が減り、収入が減ったからだと思った。

 キレイな水が少ししか手に入らなくなったので、祖母の死後に生まれた弟妹は、赤ん坊の内に亡くなった。

 近所の子供も、五人に一人は幼い内に亡くなる。

 ここは、魔術なしでは生きてゆけない土地なのだ。



 「フリザンテーマの親戚には、長命人種(ちょうめいじんしゅ)の人も居たわ。終戦まで無事なら、今でも、お姉さんたちがご存命の筈よ」

 店長は、リュックのポケットから古びた手帳を取り出した。

 「これはね、昔の住所録。カリンドゥラさんが、お祖母さんのお姉さん、あなたの大伯母さんよ」

 変色したページに青インクの文字がしっかり残る。

 その住所は、ネモラリス島だ。


 挿絵(By みてみん)

☆時には帰りにお裾分けまでもらえる/周囲に妬まれないよう細心の注意を払って近所付き合い……「0027.みのりの計画」参照

☆バラック街が焼失……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照

☆父は行方不明……「0059.仕立屋の店長」参照

☆バラック地帯は酷い有様……「0013.星の道義勇軍」「0019.壁越しの対話」「0026.三十年の不満」「0031.自治区民の朝」「0046.人心が荒れる」参照

☆祖母の死後に生まれた弟妹は、赤ん坊の内に亡くなった……「0031.自治区民の朝」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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