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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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872.流れを感じる

 「遅くなってすみません」

 ノックに続いて呪医セプテントリオーが入ってきた。

 「少し休んでから、続きをしましょう」

 スニェーグが扉脇のワゴンに移動する。

 アミエーラも、カップとティーポットを持ってワゴンの傍へ行く。


 ピアニストのスニェーグは、中段の水差しから【操水】の術で水を起ち上げ、ティーポットを洗った。アミエーラが新しい茶葉を入れる間に、スニェーグは水の汚れと古い茶葉を下段の屑籠に入れ、キレイになった水を沸かす。

 まだ、呪文全体はわからないが、単語は辛うじて幾つか聞き取れ、アミエーラはこっそり溜め息を()いた。


 ……ちゃんとした魔法使いになるのって、思ってたより大変だったのね。


 スニェーグは、あっという間に三人分のお茶を用意してくれた。

 見ている分には便利で結構だが、同じことができるようになるまで、どれだけの修行が要るのか。


 ……そう言えば、クルィーロさんって、子供の頃は魔法の塾をサボってたって言ってたわね。


 魔力を持っているからと言って、家族の中で一人だけ修行させられるのは、子供心に理不尽な気がしたのではないか。幼い日の彼の気持ちを想像する。


 ……呪文さえ憶えれば、すぐ使えるようになるんじゃなかったのね。



 何となく三人で戸口に立ったままお茶を飲む。

 フラクシヌス教徒のみんなは、ランテルナ島の拠点で呪医セプテントリオーから呪歌【癒しの風】を教わっていた。

 薬師(くすし)アウェッラーナは元々知っていたが、クルィーロは知らなかった。

 歌詞のような呪文は簡単な単語ばかりだが、似た言い回しが繰り返し出てきて全体は長く、憶えるのは難しい。


 力なき民たちも、【魔力の水晶】を使って頑張っていた。

 使ったのは、「作用力」と言う「魔力を使って術の効果を顕現させる能力」を補う高品質なものだ。単に魔力を蓄えるだけでなく、作用力を補うものを使えば、力なき民でも様々な術が使える。

 ピナティフィダとアマナ、ファーキルは、正しい発音で間違いなく呪文を唱え、【癒しの風】を使えるようになっていた。

 レノ店長とエランティス、ロークは、呪文はどうにか憶えられたが、アミエーラが知る限り、発音が覚束(おぼつか)なかった。

 それでも、【魔力の水晶】を握って共に歌えば、ピナティフィダたちの術の効力を増幅できる。


 ……クルィーロさんってできるようになってたっけ?


 身を守る【不可視(みえず)の盾】は、ロークたちと一緒に拠点の庭でずぶ濡れにされながら、熱心に練習していた。

 キルクルス教徒の四人は、魔法の練習とは距離を置いていた為、どうだったかわからない。



 アミエーラは、どの呪歌もまだ、歌詞がうろ覚えだ。

 飲み終えたカップをワゴンに戻し、練習を再開する。


 「フィアールカさんの【跳躍】で移動した時、身体が浮き上がるような感じがしたのを覚えていますか?」

 「はい。一瞬、ふわっと……」

 呪医は満足そうに頷いた。

 「それが、【跳躍】の術の魔力が身体に巡った感覚です。術によって異なりますが、あれはわかりやすいですね」

 「そう……なんですか?」

 そう言われても、どうすれば、あんな風に人を一瞬で遠くまで運べるのか、ピンとこない。


 呪医セプテントリオーが、アミエーラの左腕に視線を注いだ。何か付いているのかと見たが、特に変わったところはない。

 「では、レサルーブの森の研究所で、骨折を治した時のことはどうですか?」

 「あぁ……あれも魔法だから、そうなんですね」


 身体の芯があたたかくなり、奥から湧き上がる泉のように「輝く何か」が溢れる感覚。光が細く収斂(しゅうれん)して糸のように伸びる。それに続いて、腕にできた痛みの芯が糸玉を(ほど)くように小さくなる。ふたつの糸が()り合わさり、見えない針で、折れた骨の(ほころ)びを接ぎ合わされたように思えた。

 転寝(うたたね)で見た夢に似た現実味のない感覚で、言葉に置き換えようとすれば、するりと記憶からこぼれてしまう。


 もどかしさを(こら)えてどうにか言うと、湖の民の呪医は頷いた。

 「あれは、【骨繕(かわらつくろ)う糸】と言うと言う呪文で、湖南語に訳すと“青き風 片翼に起き 舞い上がれ (せい)疾風(はやて)骨繕(かわらつくろ)う糸紡ぎ 無限の針に水脈(みお)の糸 通し繕え (こぼ)(かわら)の節は節 支えは支え 腱は腱 (まった)(かわら) ここに()ゆ”と言う意味です」

 「ホントに感じた通りだったんですね」


 呪文の意味など全く知らなかったが、確かにそう感じた。

 呪医の魔力と患者の生命力を縒り合わせた糸で、身の内で砕けた骨を縫い合わせる術だ。


 「この【骨繕(かわらつくろ)う糸】には細かい操作が必要なので、かなり修行しなければなりませんが、【癒しの風】は歌声に魔力を乗せられさえすれば、発動します」

 「歌に……魔力を……」


 その方法がわからないから困っているのだが、音楽家のスニェーグとオラトリックスだけでなく、呪医セプテントリオーも教えてくれない。



 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て……」



 呪医セプテントリオーが、力ある言葉で朗々と歌う。

 ふわりとやさしい風が吹いたような気がしたが、髪やカーテンは全く動かない。


 ……これも、魔力の流れなのね。


 呪歌の名称【癒しの風】に改めて思い到る。

 別にどこも怪我をしていないが、この心地よい風にいつまでも身を(ゆだ)ねていたくなった。


 「感覚的なものなので、言葉で説明するのが難しいのですが、こんな感じです」

 「自転車の乗り方のように、できてしまえば、どうしてこんな簡単なことができなかったのか、拍子抜けするくらい易しいんですけどね。コツを掴むまでがなかなか」

 呪医セプテントリオーと白髪の魔法使いスニェーグが申し訳なさそうに言う。


 リストヴァー自治区では、自転車はとても高価な乗り物だった。

 アミエーラは、自転車に触ったこともないが、彼らの言いたいことは伝わった。


 「いっぱい練習すれば、ふっとできるようになる瞬間が来るんですね」

 「そうです。今度は手を繋いで唱えましょう。旋律よりも、魔力の流れに気を付けて、聴くことよりも、感じることに意識を向けて下さい」


 差し出された呪医の手には【魔力の水晶】が乗っていた。【水晶】越しに針子の手をそっと重ねる。細い指を握った湖の民の手はあたたかく、髪の色や寿命が違っても、同じ生きた人間なのだと改めて感じた。

 呪医セプテントリオーが軽く息を吸い、童歌(わらべうた)のような独特の節を付けて力ある言葉を詠じる。



 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て

  翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を


  泣かないでね この痛みすぐ癒す 今から心こめ癒すから

  命 繕って 苦しみ去って 元気になった 見て ほら」



 先程よりゆっくり唱えてくれたので、アミエーラにもひとつひとつの言葉がはっきり聞き取れた。

 目を閉じて、この世の物を動かさないゆるやかな風に身を委ねる。



 「傷ついても この痛み平気なの 言葉に力乗せ癒すから

  命 補って 痛みは去って 元に戻った 元気 ほら


  痣と火傷 この痛みすぐ消える 魔力を注いで癒すから

  体 繕って 痛みを拭い 元に戻った 見て ほら」



 どこから吹いてくるのか。

 術者である呪医から来るようでいて、アミエーラの身体の奥から吹き上がるようでもあり、繋いだ手の内にある【魔力の水晶】から流れ込むようでもあった。

 風の源を辿(たど)ろうとしたが、四方八方から吹き寄せる風に全身を包まれているような気がして、追えば追う程、見失ってしまう。


 ……一緒に歌えばわかるかも。


 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て……」



 握った手から青白い光が奔流となってアミエーラの内を駆け巡った。目を閉じているにも関わらず、眩しい。


 ……でも、何かわかりそう。


 「……翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を」


 針穴になかなか糸が通らないようなもどかしさの中で、呪歌が終わってしまった。


 「どうでしたか?」

 「もう少しで何かわかりそうな気がしました。でも、おっしゃる通り、掴みどころがなくて、追い掛ければ追い掛ける程わからなくなって……」

 「そうですか。もう少しのようですね。ですが、今日はここまでにしておきましょう」

 「どうしてですか?」

 「魔法を使うのは、アミエーラさんが思っている以上に負担が大きい作業です。慣れない内は無理せず、しっかり休養を取って下さい」


 もう一度、同じように手を繋いで歌えば、今度こそ風の源を突き止められそうな気がする。

 やる気に水を差され、スニェーグに何とか言ってもらえないかと視線を送ったが、白髪の魔法使いは静かに頷くばかりだった。

☆レノ店長たちは力なき民だが、【魔除け】などの呪符を使う為、薬師アウェッラーナから呪文を教わっていた……「292.術を教える者」参照

☆クルィーロさんって、子供の頃は魔法の塾をサボってた……「029.妹の救出作戦」「139.魔法の使い方」「140.歌と舞の魔法」「337.使用者の適性」参照

☆呪医セプテントリオーから呪歌【癒しの風】を教わっていた……呪文の全文「348.詩の募集開始」参照

☆「作用力」と言う魔力を使って術の効果を顕現させる能力……「070.宵闇に一悶着」「131.知らぬも同然」「139.魔法の使い方」参照

☆ピナティフィダとアマナ、ファーキルは、正しい発音で間違いなく呪文を唱え、【癒しの風】を使える……「741.双方の警戒心」参照

☆レサルーブの森の研究所で、骨折を治した時……「194.研究所で再会」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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