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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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870.要人暗殺事件

 ラズートチク少尉が、首都ルフスの作戦拠点に戻ったのは、魔装兵ルベルが先に夕飯を済ますべきか迷っている最中だった。

 少尉が【跳躍】で廃屋の居間に姿を現した途端、揚げ物の匂いが広がり、ルベルの腹が鳴った。


 「食べずに待っていたのか。……食べながら説明しよう」

 ラズートチク少尉は、ローテーブルに紙袋を置いて苦笑した。

 窓に【暗幕】の術を掛け、天井に【灯】を(とも)す。

 淡い光が室内を隈なく照らすが、外へは一切漏れない。


 「ルフスとランテルナ島で情報収集して、本部へ報告してきた。これは、カルダフストヴォー市の定食屋のものだ」

 串に刺さった揚げ物は、衣に包まれて具の正体がわからない。

 ルベルが最初につまんだのは、タマネギの串だった。甘みと油がじゅわりと舌の上に広がり、却って空腹感が増す。


 魔哮砲はルベルの膝から降り、ソファの上で大きなクッションのように丸まった。ルベルの左腰にほんの少し接触した状態で、じっと動かなくなる。


 「まだ報道されておらんが、今朝、ルフス教区の大司教が殺害された」

 「えっ……?」

 白身魚の串を食べる手が止まる。

 少尉は向かいのソファで三本目を食べて続けた。

 「大司教は、ルフス光跡教会の司祭館に他の聖職者と一緒に住んでいるが、朝になっても起きて来ないのを不審に思った部下が、マスターキーで開けて入ったら、ベッドで死んでいたらしい」


 万一の漏洩を恐れたのか、ラズートチク少尉はルベルにも情報源を明かさない。


 「司祭館に住む者は誰も、不審な声や物音を聞かなかったそうだが、大司教の死体は明らかに拷問の跡があった。詳しく聞きたいか?」

 魔装兵ルベルが首を横に振ると、上官は話を進めた。

 「発見時、寝室には雑妖と血の臭いが満ち、窓を開け放つまで何も見えない程だったらしい。検視の結果、発見時には少なくとも死後六時間以上は経過していたそうだ」


 少尉の声は淡々としているが、その目には嘲りの色がありありと浮かんでいた。


 「犯人の目星は付いてるんですか?」

 「いや? 何せあの大司教は、内乱中に【魔道士の涙】を売り捌いて財を成し、カネで地位を買った男だ。各方面から恨みも買っている」

 少尉は面白そうに唇の端を歪め、四本目の串を手に取った。


 少尉は先程、司祭館の部屋にはマスターキーがあると言った。

 魔装兵ルベルが、気になったことを口にする。

 「司祭たちが共謀して怨恨を晴らし、口裏を合わせた可能性がある、と言うことですか?」

 「そうかもしれんが、奴らの言う通り、ネモラリス憂撃隊の仕業かもしれん」



 魔法文明圏の者なら、子供でも簡単に思い付く手口だ。【跳躍】で侵入して【静音】を掛けて事を成せば、悲鳴も物音も聞こえない。どちらも比較的簡単な術だ。

 加えて、キルクルス教国のアーテルでは、どの建物にも【跳躍】による侵入を防ぐ結界がない。

 大抵の魔法使いは、呪文さえ知っていれば、犯行が可能だろう。



 「アーテルには【(ただ)しき燭台】がないからな。科学の捜査だけでどこまで真相に迫れるか、見物(みもの)だな」

 ラズートチク少尉が、喉の奥で笑った。

 ルベルにも、笑いの意味はよくわかる。


 ネモラリス憂撃隊は、頻繁に警察署やアーテル軍の施設を襲撃し、武器等の略奪を行う。

 留置場から被疑者を解放し、刑務所の壁や塀にも穴を開けた。

 各地で急激な物価高騰に不満を表明するデモが起き、デモ隊は容易(たやす)く暴徒化して商店を略奪する。


 再逮捕と治安出動で忙殺される警察が、この状況で聖職者に疑いの目を向け、真相究明の為に捜査を進めるだろうか。

 万が一それが真相であるなら、キルクルス教会の威信が地に()ちる。

 ポデレス大統領が率いるアーテル党も、野党第一党である星道(せいどう)(いしぶみ)党も、キルクルス教の信者団体が支持母体だ。


 ……どう考えても、手間暇掛けて教団や現政権との関係を悪化させるより、ネモラリス憂撃隊のせいにした方が楽だもんな。


 「オリョールたち穏健派は、大司教暗殺には関与しておらんと言っていた」

 「そうなんですか?」

 「穏健派は、元の五分の一程度しか居ない。戦力の不足を補う為に拠点で呪符作りに励み、分裂後はまだ一度も襲撃を行っておらんそうだ」

 「それが正直な話かどうか、わかりませんよね?」

 「まぁな。道具を使ってまで確認しておらんが、わざわざ私に嘘を()く理由もなかろう」


 ルベルは五本目の串を手に取った。

 これは形からして、(ウズラ)の卵だろう。

 一番上を噛み潰すと、甘酸っぱい汁が舌に触れ、思わずむせた。どうにか飲み込み、涙目でふたつ目を半分だけ齧る。衣を纏ったプチトマトだ。

 魔哮砲がぬるりと伸び上がり、ルベルの肩に不定形の身を預けた。


 「……そうですね」

 この事件がネモラリス憂撃隊の仕業なら、ますます平和から遠ざかる。


 それが事実か否かは、関係ない。

 この事件をアーテル人がどう捉えるかだ。


 「復讐派の人たちには、聞かなかったんですか?」

 「連絡役の婆さんは、個別の作戦については知らんそうだ。復讐派の連中には、まだ、オリョールのようなまとめ役が居ないらしい」

 「それって、個人で活動してた頃とどう違うんですか?」

 「拠点を持ち、武器や食糧を蓄え、訓練している。【急降下する(ワシ)】の初歩的な術や銃火器の扱いを身に着け、集団で略奪を行う。統率者は居ないようだが、ひとつの目的と連帯感で繋がり、今のところ、まとまって行動している」


 それが、いいことなのか悪いことなのか、ルベルにはわからない。


 「本部の決定が出るまで、基地への攻撃は行わん。当面は情報収集に専念する」

 「はッ!」

 串を持ったまま敬礼したルベルにラズートチク少尉が苦笑した。


 「今朝の神学校への襲撃は、ネモラリス憂撃隊の仕業だ。最近加わった力なき民の建築士が、再建途中の教会を見て、どこを爆破すれば最小限の爆弾で全壊させられるか、指示したそうだ」

 「それは……」

 「元建築士のゲリラ本人から聞いた。キルクルス教会の基本的な造りは、どれでも同じらしい」


 ……どうして、俺たち職業軍人に任せてくれないんだ。


 魔装兵ルベルは、専門家がその知識を復讐の為、破壊の方向に使ったことが悲しかった。

☆内乱中に【魔道士の涙】を売り捌いて財を成し……「042.今後の作戦に」参照。よくあるハナシ。

☆アーテルでは、どの建物にも【跳躍】による侵入を防ぐ結界がない……「285.諜報員の負傷」「389.発信機を発見」参照

☆ネモラリス憂撃隊は、頻繁に警察署やアーテル軍の施設を襲撃……「261.身を守る魔法」参照

☆留置場から被疑者を解放……「265.伝えない政策」「285.諜報員の負傷」「344.ひとつの願い」参照

☆急激な物価高騰に不満を表明するデモ……「440.経済的な攻撃」「800.第二の隠れ家」「845.思い出の手袋」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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