869.復讐派のテロ
ルフス神学校付属教会は、全く原形を留めていなかった。
所々黒煙が燻り、焦げているところを見ると、内部で爆発物を使用したのだろうか。魔装兵ルベルは一応、兵学校で爆発物の取り扱いなども習ったが、実戦で使うことがなかったのであまり詳しくなく、現場を見ただけでは正確に鑑別できない。
救助犬がハンドラーと共に瓦礫の山に上って嗅ぎ回る。
裾野から生体反応の探知機が挿し込まれた。操作技師の手許で、モニタが瓦礫内部の様子や、生体反応の位置情報を示す。
魔装兵ルベルは、【索敵】の視線を瓦礫の奥へ入れた。
インターネットの記事で、礼拝中に爆発が云々とあった通り、多数の神学生が埋まっていた。
高校生くらいの少年たちばかりだ。
明らかに瓦礫の下敷きになる前に絶命した者が多い。
爆発に巻き込まれた遺体は、どれが誰の一部か、確認するだけで何日も掛かりそうな状態だ。
早急に遺体を火葬しなければ、魔物が涌く。
幽界から迷い出た魔物は、遺体を使って容易に受肉し、魔獣化する。
爆発で即死した者はそうでもないだろうが、瓦礫に挟まれ、苦しんだ末に命を失った者の遺体は、魔物を呼び寄せやすい。
その前にひとかけらの肉片も逃さず回収しなければならない。
アーテル人による救助活動を見た限り、身元の確認どころか、回収が間に合うかも怪しかった。
床の大きな穴は五カ所。少なくとも、五発の爆発物が使用されたらしい。
消防車は来ていたが、放水していなかった。
燃焼よりも爆発力を重視したもののようだ。
助けを求めるのか。
苦痛を訴えるのか。
仲間を励ますのか。
彼の神に祈るのか。
瓦礫の下敷きなった少年の口がしきりに動く。
……魔法の【重力遮断】が使えれば、すぐ助けられるのにな。
何台もの重機が慎重に瓦礫を動かすが、救出作業は遅々として進まない。
救助犬がハンドラーを振り向いて吠える。
遠く離れた廃屋のルベルには誰の声も届かない。
ハンドラーが何か言い、救助隊がバールなどの工具を手に駆け寄る。
規制線の手前では、生き埋めになった神学生の身内らしき人々が、跪いて祈りを捧げていた。
この攻撃は恐らく、ネモラリス憂撃隊の復讐派によるものだろう。
……何もこんな、子供ばかりのところを狙わなくてもいいだろうに。
一人搬出される度に規制線の外の人々が駆け寄り、或いはその場で泣き崩れる。
将来、アーテルの信仰を導く筈だった子供たちだ。
この復讐は、魔法使いへの更なる憎悪を煽り、アーテル人の戦意を高揚させるだろう。
救出された少年は、科学の治療だけでどこまで回復できるのか。
呪医の治療しか受けたことのないルベルには、想像もつかない。
救急車が次々と走り去り、また校内に入った。
ルベルは【索敵】の術を解いて、タブレット端末に視線を戻す。
個人商店への略奪は、地元住民によるものだ。
小麦価格の暴騰で、まず最初に小麦関連製品が値上がりした。
ラクリマリス王国による湖上封鎖の影響で、生鮮品を中心に他の食品も軒並み値上がりしている。
アーテル共和国はキルクルス教を国教と定める為、ラキュス湖に面しながら港を持たないが、近隣の国までは魔道機船で輸送され、陸路や空路で輸入される。
ラクリマリス王国の湖上封鎖は、王家の使い魔によるものだ。
幽界からラキュス湖に現れた魔物の大半は、どれだけこの世の生き物を喰らおうと、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの加護により、実体を得て魔獣化することはない。一部の魔物は肉体を得て魔獣化するが、身体は大きくならなかった。
この世の肉体を持たぬ魔物のまま、際限なく大きくなった湖の魔物たちの一部は、ラクリマリス王家と【使い魔の契約】を結び、使役されている。
半世紀の内乱中、その力は聖地であるフナリス群島の中心部に爆撃機を寄せ付けなかった。多数の戦闘機や爆撃機が、湖水を纏う巨大な魔物の餌食になり、今も湖底に眠る。
ラキュス湖地方の人々の記憶には、王家の使い魔“湖の魔物”の脅威が深く刻まれていた。
遠く鵬大洋を越えたバルバツム連邦などが、空輸で食糧などを支援するが、焼け石に水だ。アーテル本土に住まう庶民の暮らしは、日増しに厳しくなっている。
……選挙の前に、暴動で政府が転覆したりしないのかな?
ネモラリス共和国では、湖の民のウヌク・エルハイア将軍が起ち、クーデターが勃発した。
秦皮の枝党と湖水の光党による連立政権は、民主主義の主権者である国民を差し置き、極秘裏に魔法生物の研究を続けていた。
ネミュス解放軍は、その情報が漏れたことが今回の戦争を招いたとして、クリペウス首相など現政権の主要派閥をラジオで激しく非難した。
神政復古を目指す主張に同調するネモラリス人は、着実に増えている。
湖水の光党や政府軍内にも、湖の民を中心にウヌク・エルハイア将軍らネミュス解放軍の主張に傾く者が出始めた。
首都クレーヴェルなど、ネモラリス島内では既に政府軍を離反し、解放軍につく兵が確認されている。
……アーテルには、そう言う勢力ってないのかな?
ルベルが知るアーテル共和国内の武装勢力は、キルクルス教原理主義を標榜する「星の標」だけだ。
魔法使いの自治区であるランテルナ島内には、魔獣駆除業者など、戦う力を持つ者も居るが、団結してアーテル政府を打倒するような動きはない。
ポデレス大統領や彼が率いるアーテル党は、「断乎、悪しき業を用いて魔法生物を兵器化したネモラリスを討つべし」と唱え、周辺国が和平交渉のテーブルを用意したところで、蹴り倒す勢いだ。
ポータルサイトの新着に大統領の動画が上がった。
「今朝、発生したルフス神学校の礼拝堂爆破事件で、亡くなられた聖職者の皆様及び、神学生諸君の魂の平安をお祈り申し上げます」
初老の紳士が広報用の演壇に立ち、目を伏せて湖南語でキルクルス教の祈りを捧げる。
「やすみしし 現世の躯 離れ逝く 魂の緒絶えて 幽界へ 魂旅立ちぬ うつせみの 虚しその身の 横たわる 虚ろな器 現世にて 穢れ纏いて 横たわる 火の力 穢れ祓いて 灰となせ」
……あれっ? これって、どっかで聞いたような……?
ルベルが記憶を手繰り寄せる前に黙祷が終わり、ポデレス大統領の談話が再開した。
「午後からは陸軍部隊を投入し、全力で生存者の救助作業を行っております。お隣の同盟国ラニスタからは救助隊の派遣が打診されました。また、アルトン・ガザ大陸のバルバツム連邦からは、医師団の派遣を提案されました」
ポデレス大統領は、視聴者に視線を向け、言葉を区切った。
「私は、両国のご厚意を有難く頂戴し、早急に受け容れ大勢を整えるよう、手配致しました。ルフス神学校高等部の保護者及び、関係者の皆様のご心痛、いかばかりかと……」
アーテル共和国の大統領は、カメラのフラッシュを浴びながら声を詰まらせ、ハンカチで目頭を押さえた。
数呼吸の間を置いて顔を上げ、ハンカチを握りしめて話を続ける。
その面には、隠しきれない憤怒があった。
「聖なる星の道を歩む若者たちの栄光に満ちた前途を奪った罪は、必ずや償わせなければなりません」
「大統領、犯人が判明したんですか?」
報道陣から質問が飛んだ。
「犯行声明の類は出ておりませんが、生存者の証言によりますと、朝の礼拝の最中に突然、礼拝堂内に見知らぬ男たちが現れ、何かを落として消えたそうです。その直後に大きな爆発があり、礼拝堂が崩れたとのことです」
泣き腫らした目が異様に輝き、報道のカメラを睨む。
ポデレス大統領は、ハンカチで目許を拭って続けた。
「邪悪な魔法使いは、悪しき業を用いて未来の聖職者たちの命を奪いました。彼らの蛮行を決して許してはなりません。共にこの国難に立ち向かいましょう」
「聖者キルクルス・ラクテウス様。闇に呑まれ塞がれた目に知の灯点し、一条の光により闇を拓き、我らと彼らを聖き星の道へお導き下さい」
広報室に居た大統領補佐高官と報道陣が、ポデレス大統領と共に祈りの詞を唱和する。
動画はここで終わった。
リロードすると、ウィンドウ下部に犠牲者と生存者の一覧ページへのリンクが追加された。
……自分たちが戦争を仕掛けたから報復されたのに、何で被害者面で泣いてんだよ。
魔装兵ルベルには、アーテル人の神経がわからなかったが、戦争とはそんなものなのかもしれないと思い直した。
死亡者リストはリロードする度に長くなる。
少尉はまだ、情報収集から戻らなかった。
☆魔法の【重力遮断】……「151.重力遮断の術」参照
☆アーテル共和国はキルクルス教を国教と定める為、ラキュス湖に面しながら港を持たない……「339.戦争遂行目的」「393.新たな任務へ」参照
☆王家の使い魔“湖の魔物”の脅威……一般人の認識「022.湖の畔を走る」、半世紀の内乱中の“湖の魔物”による攻撃の記録「496.動画での告発」、現在の湖上封鎖の影響「749.身の置き場は」参照
☆現政権の主要派閥をラジオで激しく非難……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」参照
☆湖の民を中心にウヌク・エルハイア将軍らネミュス解放軍の主張に傾く者……「756.軍内の不協和」参照
☆政府軍を離反し、解放軍につく兵……「657.ウーガリ古道」、シェラタン当主も把握しているが何もしていない「684.ラキュスの核」参照
☆これって、どっかで聞いた……ラズートチク少尉「800.第二の隠れ家」、本職のアゴーニ「016.導く白蝶と涙」、星の標団員「810.魔女を焼く炎」参照




