866.報道する意思
薬師アウェッラーナと兄のアビエースがランテルナ島から持ち帰った話は、移動販売店プラエテルミッサのみんなを色々な意味で驚かせた。
湖の民の兄妹が、不安な面持ちでソルニャーク隊長を窺う。
「私も、正しい信仰を広めることには賛成だ。布教の為でなく、誤解を解く為に協力しよう」
即答した隊長にクルィーロは驚いた。
アウェッラーナがホッとして礼を言い、手帳を開いて日程を相談する。
メドヴェージは当たり前の顔で堅パンを齧るが、少年兵モーフは泣きそうな顔で二人の話に割り込んだ。
「録音でいいんなら、別に自治区に戻んなくていいじゃないッスか」
諜報員ラゾールニクたちは、ラクエウス議員の姉とソルニャーク隊長の対談形式にしたいのだろう。録音では無理だ。
「あっ……でっでも、それだったらそのババアを連れて来りゃいいんじゃないんスか? どうせ呪医の魔法なんスよね?」
モーフが珍しく食い下がる。
そう言われてみれば、そっちの方が安全そうだ。
呪医セプテントリオーは、ヤーブラカ市には土地勘がなさそうだから、アミトスチグマの夏の都か、王都ラクリマリス辺りになるだろう。
クルィーロは【操水】の術で温めたスープを食べながら様子を窺う。
ヤーブラカ市内の公園は焚火禁止で、春とは言え、夜は冷える。みんなはトラックの荷台で身を寄せ合って夕飯を食べていた。
メドヴェージは、少年兵モーフを意外そうに見るだけで何も言わない。
諜報員ラゾールニクから伝言を頼まれたアウェッラーナが、兄のアビエースと顔を見合わせた。
「ラクエウス議員の姉はかなりの高齢だ。返事がなければ議員の支持者が心配して家に入るかもしれん。不在が知られれば騒ぎになる。我々が訪問した方が、まだ誤魔化しようがある」
「でも……」
少年兵モーフは、そこで言葉に詰まって俯いた。
……それに、隊長さんも自治区がどうなってんのか、ちょっとくらい見てみたいだろうし。
クルィーロは、少年兵モーフが心配する気持ちはよくわかったが、この国の未来のことを考えると、ソルニャーク隊長が行くのを止められなかった。
それに、呪医セプテントリオーと諜報員ラゾールニクが一緒に行くなら、何かあってもすぐ【跳躍】で逃げられるだろう。
国営放送アナウンサーのジョールチは、マグカップを手にじっと考え込んでいたが、顔を上げて聞いた。
「アウェッラーナさん、ラゾールニクさんに声を変えた後の録音テープをダビングしてもらえないか、頼んでいただけませんか?」
「放送……するんですか?」
アウェッラーナの眼が、怯えに揺れる。
ジョールチは頷いてみんなを見回した。
FMクレーヴェルのDJレーフも不安そうに見守る。
「この音声は、人道支援のボランティアが、リストヴァー自治区へ行った際、住民から聞き取ったものです。プライバシーに配慮して、音声は変えてあります」
ジョールチは本番のような口調で言って、ソルニャーク隊長を見た。
「……これで、如何でしょう?」
隊長は不安がるみんなに力強く頷いてみせる。
「星の標や隠れ信徒が我々に何かすることはあるまい」
「どうして?」
エランティスが聞く。
アマナは父にしがみついて、隊長に怖いモノを見る目を向けていた。クルィーロたちの父が微かに首を傾ける。
「我々は隠れ信徒が手を出すには目立ち過ぎ、星の標が手を出すには小物過ぎる。中途半端な存在だからこそ、手を出し難い」
「ホントにそう言い切れるんですか? だって、アーテルの星の標は、効果がないってわかり切ってるのにランテルナ島でしょっちゅうテロを起こして、無駄死にしてるじゃないですか」
クルィーロは、地下街チェルノクニージニクの宿で、ファーキルに見せてもらった星の標の活動記録を思い出して言った。
「信仰について報道って……星の標の思想や信仰を否定するようなコト言うの、危ないんじゃないんですか?」
「ラクエウス議員の姉のこともある。その辺りは安心してくれていい」
「どんなハナシするんですか?」
首都クレーヴェルで爆弾テロに巻き込まれた時の記憶が、クルィーロの脳裡を駆け巡り、声が震えて掠れた。
エランティスがレノに抱きつき、エプロンの胸に顔を埋める。ピナティフィダも表情を失った顔を隊長に向けた。
「議員の姉との打合せ次第だが、恐らく、星の標を否定する言い回しは使わず、半世紀の内乱前の思い出話をするつもりだろう。私は星の道義勇軍としての活動について語り、キルクルス教徒全員が、全ての魔術を否定してるワケではないと言うつもりだ」
……それも何かギリギリっぽいんだけどなぁ。
異端者の発言をキルクルス教徒の総意であるかのように報道すれば、彼らの怒りに火を点けることになり兼ねない。
星の標がラジオの放送を最初から最後まで聞く保証もない。
部分的に聞いた者がどんな判断をするか、わかったものではなかった。だが、ジョールチとソルニャーク隊長の意志は固いようだ。
DJレーフが言う。
「アウェッラーナさん、返事しに行くついでに【耐火】と【耐衝撃】の呪符も買って来てもらえませんか? 住宅用だったら、一日一枚あればいいんで、放送してから街を出るまでの分」
「他所の支部と連絡を取り合ってたら、どこへ行っても狙われるんじゃないんですか?」
アウェッラーナの指摘は当然だ。
アナウンサーと隊長、DJの表情に変化はない。
「この仮設の自治会長さんに【巣懸ける懸巣】学派の職人さんを紹介してもらえないか、頼んでみるよ。オバーボクやミクランテラ島にも知り合いがいるくらいだから、結構、顔広いんじゃないかな?」
どこから避難して来た呪符職人だか知らないが、彼女は【編む葦切】学派だ。そう都合よく、学派や職種が異なる知り合いが居るのか。
クルィーロと同じ疑問を抱いたらしく、薬師アウェッラーナと兄のアビエースが揃って眉を顰めた。
「だからと言ってこの状態を放置しては、隠れキルクルス教徒が、力ある民と力なき民の断絶を深めさせ、取り返しがつかなくなってしまう」
ソルニャーク隊長の厳しい声で、首都クレーヴェルでは、力なき民への私刑が行われていることを思い出した。
「取敢えず、さ、トラックとワゴンを強化してくれる人に心当たりがないか、聞くだけ聞いてみよう。なっ?」
DJレーフが取り成すように言って、この話はひとまず打ち切られた。
☆薬師アウェッラーナと兄のアビエースがランテルナ島から持ち帰った話……「854.ひょんな再会」「857.国を跨ぐ作戦」参照
☆アーテルの星の標は、効果がないってわかり切ってるのにランテルナ島でしょっちゅうテロを起こして、無駄死にしてる……「293.テロの実行者」「386.テロに慣れる」参照
☆首都クレーヴェルで爆弾テロに巻き込まれた時……「710.西地区の轟音」~「720.一段落の安堵」参照
☆首都クレーヴェルで、力なき民への私刑が行われている……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」参照




