865.強力な助っ人
運び屋フィアールカは、みんなが話す間も一人、タブレット端末をつつき回していたが、ようやく画面から顔を上げた。
「ねぇ。ネモラリスの魔獣駆除って、今、どうなってるの?」
「どうったって……どうよ?」
葬儀屋アゴーニが困った顔で、同族の運び屋を見る。
「免許とかそう言うの」
「ん? あぁ、制度のことか。俺もよく知らねぇんだが、確か……魔獣駆除免許と地区別の許可証が要るんじゃなかったか?」
「そうですね。免許が五年、許可証は毎年更新ですね」
「どなたか駆除業者に心当たりがおありですの?」
アサコール党首が頷き、モルコーヴ議員が期待の眼差しを運び屋に向ける。
フィアールカは、葬儀屋の眼をじっと見て言う。
「私より、葬儀屋さんの方がよく知ってるんじゃない? しばらく一緒に住んでたんでしょ?」
「誰と?」
「警備員のジャーニトルさん。あの人、免許は持ってるから」
「冗談じゃねぇ。ゲリラの拠点へ跳んで頭下げろってのか?」
ファーキルが慌てて取り成す。
「あぁ、違うんです! ジャーニトルさんはゲリラやめて、今は難民キャンプに居るんです!」
「何ッ? そいつを先に言ってくれよ」
帰りかけたアゴーニが、すとんと腰を降ろす。
ファーキルはホッとしたが、相変わらず、葬儀屋の顔は晴れなかった。
「でもよ、俺が頼んで、来てくれっかなぁ? あの兄ちゃん、作戦のない日は大抵、一人で本読んでてあんまり喋ったコトねぇんだよな」
「それに、許可証の件もあります。新規参入の壁は高いらしいですよ」
アサコール党首も懸念を示す。
ジャーニトルは戦争が始まるまで、ネーニア島西部の医療産業都市クルブニーカで、製薬会社の研究所警備や、薬師がレサルーブの森へ素材採取に行く際の護衛として働いていた。
魔獣由来の素材を採る為、彼が所属する警備会社は、レサルーブの森での魔獣駆除許可証を取得していただろう。
「一応、聞くだけ聞いてみたら? 割と話しやすいカンジの人だったし」
アゴーニは、背に腹は代えられないと、渋々頷いた。
フィアールカが、内陸部の難民キャンプに警備員ジャーニトルを呼びに行くのを待つ間に報告書のコピーが終わった。
家主のマリャーナとラクエウス議員に一部ずつ。
アサコール党首とクラピーフニク議員、諜報員ラゾールニクと運び屋フィアールカには、スキャンデータが渡される。
彼らがチェックして、インターネットに公開してもいい情報を選び、ファーキルにもデータを寄越す。
マリャーナが役員を務める商社は、アミトスチグマではかなりの大企業で、ネモラリス共和国も大きな商圏のひとつだ。
需要を読むのに必要な生活情報の類は、喉から手が出る程欲しい。だが、現地に社員を派遣するのはリスクが大きく、ネモラリス政府の公式発表やマスコミの情報は限られている。
彼女が、移動販売店プラエテルミッサや、ファーキルたちの武力に依らず平和を目指す活動を支援する理由だ。
冬の間にアンケートの処理が終わり、ファーキルは再び「真実を探す旅人」として、各国政府が出さない情報の発信と、フォロワーから寄せられた情報の集約や、SNSでの交流などに精を出している。
両軍の様子を見る為、基地の件は一切、出していなかった。
昼時になってもフィアールカは戻らず、アゴーニもファーキルたちと一緒に食堂へ行った。
今日の昼ご飯は、一皿にパンとおかずを盛ってスープを添えた大衆食堂の定食のような趣向だ。
「いつもすまねぇな」
「いえ、こちらこそ、いつもお世話になりまして、恐れ入ります」
アゴーニに年配の給仕がそつなく応える。
今日は平日なので、女主人のマリャーナは会社だ。
キルクルス教徒の女の子たちは、すっかり湖の民を見慣れ、アゴーニにも普通に挨拶して席に着く。
「やっぱ、向こうで揉めてんじゃねぇか?」
アゴーニがフィアールカの不在に緑色の眉を曇らせた。
森の奥にはネットが通じない。連絡したくても、【跳躍】でパテンス市など平野部の通信圏内に出るか、夏の都まで戻らなければできないのだ。
「巡回や退治から戻って来るのを待ってるのかもしれませんよ。彼は今、自警団の一員として、頑張っていますから」
アサコール党首が言うと、アゴーニは複雑な顔をしたが、何も言わずに食事を続けた。
昼食を終え、ラクエウス議員と情報交換し、お茶の時間になっても、フィアールカからは連絡ひとつ来ない。
ジャーニトル同様、ゲリラをやめてネモラリス島の避難所に身を寄せる元ゲリラの件も話し合ったが、これと言った案は出なかった。
それぞれの用で抜けて行き、ファーキルがアゴーニと二人きりになっても、まだ何の音沙汰もない。
ファーキルは、アゴーニを連れてパソコンの部屋に移動した。アンケートの作業が終わった今は、ノートパソコン四台は配線を外し、棚に仕舞ってある。
戦争関連のニュースを幾つか印刷して渡すと、することがなくなってしまった。
「あ、そうだ。ロークさんがどうしてるか、聞きました?」
「ん? えーっと、あの坊主は確か、レーチカで身内と一緒に居るんじゃなかったか? 隠れキルクルス教徒の議員の屋敷に居候して」
「フィアールカさんから、まだ聞いてなかったんですね」
ファーキルは、ロークがランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに居る件を簡単に説明した。湖の民の葬儀屋が溜め息を吐き、首を横に振る。
ノックの音に二人揃って振り向いた。
ファーキルが戸を開けると、フィアールカが入ってきた。湖の民の警備員ジャーニトルとお茶のワゴンを押す使用人が続く。
「お久し振りです」
「お、おう……えーっと、まぁ、元気そうで何よりだ」
二人がぎこちなく挨拶を交わす間に、使用人が作業机にお茶を置いて退がった。
フィアールカに促され、警備員ジャーニトルが一番奥、ファーキルの向かいに腰を降ろす。運び屋自身はアゴーニの隣に座り、状況を説明した。
「魔獣が出たって聞いて出動してたの。鮮紅の飛蛇一頭仕留めて戻ったとこよ」
「無傷でか?」
「えぇ。ジャーニトルさんが来てから、怪我人が随分減ったって、難民キャンプの住人だけじゃなくて、呪医たちも喜んでるわ」
「流石、本職は違うなぁ」
同族二人に褒められたが、ジャーニトルは申し訳なさそうに首を横に振るだけで何も言わなかった。
葬儀屋アゴーニが、構わず用件を告げる。
「運び屋の姐ちゃんから聞いただろうが、鱗蜘蛛だ。何とかなりそうか? 手続きやらも含めて」
ジャーニトルは窓に視線を向け、緑色の太い眉を下げた。
「空襲の日、俺は担当の薬師さんたちと一緒にレサルーブの森に入ってて助かりました。クルブニーカの支社も派遣先の製薬会社も焼けて、ホントはクレーヴェルの本社に報告に行かなきゃいけなかったんですけど、避難した森の研究所で色々あって、オリョールさんたちと一緒に行動することにしました」
空の色が薄くなり、木々の影は長くなっていた。
ジャーニトルは斜め前のアゴーニを見詰めて、事情を並べる。
「一年も経ってるし、俺、死亡扱いで資格が失効してるかもしれません。もし、有効だったら、そのままどこかの支社に配属されて、個人的な依頼は受けられなくなります」
駆除する力はあっても、手続き上できない。
可能でも、高額な報酬が必要になる。
彼がすぐ、ヤーブラカ周辺の鱗蜘蛛の対応に派遣されるとも限らない。
口を挟まず最後まで聞き、アゴーニは言った。
「取敢えず、行くだけ行ってみてくんねぇか?」
「本社はクレーヴェルなんです。クーデターでどうなってるか……」
「レーチカに臨時政府ができたから、国営放送とか、あっちに引越した会社、多いそうですよ」
ファーキルが言うと、ジャーニトルは緑の目を丸くした。
カップに視線を落とし、ぽつりと呟く。
「それに、資格が有効だったら、難民キャンプの人たちが、また……」
「狩人と魔獣狩り経験者が居るんだろ? そいつらが自警団の連中に戦い方ぁ教えてやりゃ、何とかなるって」
ジャーニトルは答えない。
アゴーニが横目で外を見て立ち上がった。
「今日はもう帰るゎ。明日また」
「明後日でもいい? 明日、警備会社がどうなってるか調べたいから、連れてってくれる?」
アゴーニは、フィアールカに割り込まれて一瞬ムッとしたが、ジャーニトルを見て頷く。
「ジャーニトルさんは今夜、ここに泊まっていいそうよ。明日の朝食後、アゴーニさんが来るまでに考えをまとめてちょうだい。返事次第でレーチカでどう動くか変わるから」
運び屋フィアールカの一方的な宣言に困惑したが、ジャーニトルも小さく頷いた。
☆しばらく一緒に住んでた……「228.有志の隠れ家」から「526.この程度の絆」までは、ランテルナ島のゲリラの拠点(老婦人シルヴァの親戚の別荘)に居た。
☆「真実を探す旅人」……「448.サイトの構築」参照
☆ロークがランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに居る件……「841.あの島に渡る」~「847.引受けた依頼」参照




