表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

884/3508

863.武器を手放す

 移動販売店プラエテルミッサの合唱動画の再生数は、全盛期の百分の一以下に落ち込んだが、それでもまだ、一カ月に数万回再生されていた。


 アルキオーネたち“平和の花束”の動画も毎月それと同じくらい視聴され、新年のチャリティーコンサートの動画は、ニプトラ・ネウマエなどラキュス湖地方で知名度の高い歌手が加わったお陰か、一週間足らずで百万再生に達した。


 動画の広告収入は、動画を公開したファーキルのウェブマネー専用口座に一カ月後に振り込まれる。



 「ファーキルさん、本当に構わないんですか?」

 「はい。その為の動画ですし、俺が歌ったんじゃないんで」

 (むし)ろ、許可を得なければならない相手は、プロの歌手たちではないかと思うが、ファーキルは敢えてそれに触れない。

 支援者のマリャーナは、再びファーキルの意志を確認して念押しすると、取引を了承した。


 十二月時点での残高を全額、難民キャンプで必要な医薬品の購入に()てた。

 どうせ、ウェブマネー専用口座は不安定な存在だ。今のところ無事だが、いつ流出するかわかったものではない。それなら、無為に貯め込んで全て失う前に、有効に使ってもらった方がずっといい。


 医薬品のニーズは、難民キャンプに避難したネモラリス人の医療者らとアサコール党首ら政治家、それにアミトスチグマ医師会のボランティアが、聞き取り調査を行った。

 マリャーナが役員を務める商社が、科学の医薬品を遠方の国から大量に輸入し、一月半ばには難民キャンプの全診療所に配布した。



 科学の医療者をキャンプ内の診療所に固定配置する手筈も整った。

 診療所の近くに専用住居が完成し、年明け早々に引越してもらったのだ。

 古参の難民はかなり建設作業に慣れ、ネモラリス建設業協会を中心にプロの職人を集中して投入したお陰で、一週間程度で完成したらしい。内装は職人が手掛け、複数の部屋に区切ってプライバシーにも配慮した。


 家族ぐるみで避難した医療者は、彼ら一家だけで住んでもらう。巡回診療で家族が離れ離れになる不安から解放され、概ね好評だ。

 身内を全て喪った医療者は、性別などを考慮し、同様の医療者や職人らと同居してもらった。

 丸木小屋内で部屋が分かれているので取敢えず、文句は出なかった。他の丸木小屋は、一棟に一部屋しかなく、大勢と雑魚寝するしかない。それよりはマシと言う消極的な了解だ。

 他の難民から、やっかみの声が上がったが、他の多くの人から窘められ、その声はすぐに小さくなった。



 一月に振り込まれた動画の広告収入も、全て医薬品代に()ぎ込んだ。


 また、診療所とは別に、薬作りの拠点が完成した。作業棟と住居を隣り合わせに建て、科学の医療者同様、魔法使いの薬師(くすし)も定住してもらった。

 作業棟には、薬作りに必要な乳鉢やガラス容器などの器具、完成した薬の容器や薬包紙(やくほうし)など、必要なものを揃え、住民が薬作りの手伝いに加わる。

 呪医や薬師(くすし)は人数が少ないので巡回は続けてもらうが、気兼ねなく休める場所ができ、機材が揃った場所で集中して作業できるようになったからか、魔法薬の生産量が大幅に増えた。


 僅かな人数で巡回する呪医たちの負担が減り、セプテントリオーの顔色はファーキルにもわかるくらい目に見えてよくなった。

 アミトスチグマ内陸部の難民キャンプは、ネモラリス共和国の二島より寒さは厳しいが、心は明るい(きざ)しであたたかかった。



 そんな一月のある日、ファーキルは両輪の軸党のアサコール党首に呼ばれ、マリャーナの邸宅の一室に連れて行かれた。

 呪医セプテントリオー、針子のアミエーラが先に座り、既にお茶の用意が整っていた。カップは六人分ある。ポットの中身は香草茶だ。


 「もうすぐ来ますよ」

 アサコール党首の言葉通り、五分もしない内にラゾールニクが連れて来たのは、ファーキルがよく知る顔だった。


 扉が開いた瞬間、心が凍えた。


 湖の民の警備員は、悲しげな目で顔見知りの三人を見回し、自嘲に唇を歪めた。

 「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」

 誰もそれに応えない。

 同族の呪医セプテントリオーの眼が険しくなった。

 今日も、あの頃と同じ警備会社の制服に身を包んだ湖の民の青年は、何とも言えない表情で顔見知りから眼を逸らした。


 アサコール党首が取り成すように言う。

 「ラゾールニクさんの話では、彼らはゲリラ活動をやめて、ネモラリス憂撃隊を抜けたと言うことです」

 「はい。やっと政府軍が動いてくれたので、代わりに戦ってた俺たちが、これ以上、出しゃばるのはよくないと思って……」


 ……ん? 「彼ら」は「抜けた」って?


 ファーキルは、アサコール党首の言い回しに引っ掛かり、改めて湖の民の警備員ジャーニトルを見た。

 ラゾールニクは扉に近い席にさっさと腰を降ろしたが、彼は遠慮して扉の前から動かない。床に視線を落とし、どうしたものかと考えているようだ。


 魔法戦士の証【急降下する(ワシ)】学派の徽章(きしょう)を持つ彼は、開戦前までは製薬会社の警備員だった。警備会社の制服のまま、武闘派ゲリラに参加した経緯は不明だ。

 ファーキルが知る限り、武闘派ゲリラの中では、オリョールに次いで二番目に強かった。気弱で臆病なクリューヴの次に慎重で大人しく、アーテルの軍人には情け容赦ないが、一般人には手を出さなかった。

 ゲリラの中では比較的常識と良識があり、自棄(ヤケ)になっておらず、作戦がない日には、拠点の資料室で本を読んでいることが多かった。


 他のゲリラたちとは全く様子が異なる彼が、何故、武闘派ゲリラに身を投じたのか。ランテルナ島の拠点に居る間、ずっと気にはなっていたが、何となく聞けないまま別れた。


 ……「代わり」って、政府軍がアーテル本土に攻撃しなかったから?


 部屋には、警備員ジャーニトルと彼を連れてきた諜報員ラゾールニク、武闘派ゲリラの拠点に身を寄せていた呪医セプテントリオーと針子のアミエーラ、ファーキル、そして、立会のアサコール党首の六人だけだ。

 この際なので、思い切って聞いてみようかと思う。


 ……でも、何から聞けばいいんだ?


 隣のアミエーラは、香草茶のカップを唇に寄せているが、顔色が良くない。

 ファーキルがティーポットを開けて茶葉を足すと、呪医が沸かし直してくれた。清涼な香りが広がり、場の空気がふっと緩んだ。


 「あの、ジャーニトルさん、ゲリラをやめて抜けたって……まだ、戦ってる人、居るんですか?」

 「うん。どこから話せばいいかな……」

 ファーキルが声を掛けると、ジャーニトルは少し嬉しそうに答えた。


 表情を改めて考え、ポツリポツリと語る。



 武闘派ゲリラを抜けた魔法戦士の話が終わると、アサコール党首が嘆息した。

 「つまり、ネモラリス憂撃隊は、制御不能な怒りに駆り立てられた復讐派と、正規軍の命令に従う意思のある穏健派に分裂したのですね?」

 「はい。オリョールさんは、軍の指示に従う派です。やめたのは俺を含めてほんの一握りで、ネモラリスに帰った人も居るんで、ここに来たのは、今のところ、俺を入れて七人だけです」

 「後の六人はどちらに?」

 呪医セプテントリオーが、不安を隠そうともせずに聞く。


 ラゾールニクが苦笑した。

 「今は取敢えず、港の近くの定食屋さんでご飯食べてもらってるよ。俺の仲間が支払いするし、迎えに行くまでお茶飲んで待っててくれって頼んどいたから」

 諜報員ラゾールニクが、王都ラクリマリスへ情報収集に行った際、難民輸送船の待合室で偶然、出くわしたのだと言う。


 呪医は眉間に縦皺を刻んだ顔をジャーニトルに向けた。

 「その人たちは、自力で戦える人なのですか?」

 「一人だけ【飛翔する(タカ)】の狩人が居るけど、後は【霊性の鳩】しか使えないのが二人と、力なき民だよ」

 ジャーニトルの説明のどこに安心できる要素があるのかわからず、誰もが険しい顔で湖の民の警備員を見詰める。


 「うん、まぁ、信用できないって言う気持ちは、わかりますよ。俺も逆の立場なら難民キャンプに入れたくありません。でも、あの人たちはもうホントに行き場がなくて、死んでも構わないから祖国を守る為に戦いたいって、ネモラリス憂撃隊に参加してた人たちなんです」

 「受け容れを拒否すれば、また戦いに戻ってしまうかもしれないのですね?」

 アサコール党首の静かな声に、ジャーニトルは縋るような目を向けて頷いた。

 「レサルーブの森で魔獣狩りしてたんで、なんっだったらそう言う仕事をさせていただいても、大丈夫だと思います」


 ……でも、ゲリラだった人に武器持たせるのはなぁ。……あ、でも、ジャーニトルさんと狩人さんは、魔法だけでも戦えるのか。


 ファーキルは頭を抱えたくなった。

 アミエーラは、一言も喋らず、硬い表情で湖の民の警備員を見詰める。


 アサコール党首が、すっかり慣れた手つきでタブレット端末をつつき、地図を表示させた。

 「現在、森林内の難民キャンプには、空家がなく、平野部にテントを増やして対応していますが、それもいっぱいで、定員以上に詰め込んで居る状況です。雪解けまで、新しい小屋を建てるのが難しいので……」

 「狭いテントでも、【簡易結界】の野宿でも、居場所がもらえるんなら、何でも……! みんなネーニア島の人で、焼け出されてトポリに避難してた人たちで、行き場がないんです」

 ジャーニトルが必死に頼み込む。


 ……ジャーニトルさん以外は、俺たちが出てった後でゲリラになったから、憂撃隊の詳しい話は聞けなさそうだよな。


 今頃は、諜報員ラゾールニクの仲間が、老婦人シルヴァの勧誘の手口などを聞き出しているだろう。

 ファーキルは、難しい顔でティーポットを睨む呪医セプテントリオーに声を掛けた。

 「呪医(せんせい)、今は雪で工事できないから、怪我人って少ないんですよね?」

 「えぇ……まぁ、ですが、凍傷や魔物や魔獣に襲われる人は居ますから」

 「じゃあ、ジャーニトルさんと狩人さんと、【霊性の鳩】の二人には、自警団に入ってもらった方がいいんじゃないんですか?」


 どうせ、武器がなくても戦える者たちなのだ。

 自警団の手許に置いて、監視してもらった方がマシな気がする。

 戦力になってくれるなら、それに越したことはない。

 彼らが勧誘しても、既に葬儀屋アゴーニから話が伝わって、難民は警戒してくれている。


 大人たちが黙って考え込み、ジャーニトルが期待と不安の混じる声で言った。

 「魔獣を狩って【魔道士の涙】や素材を取って売れば、食糧とかも買えますよ」

 「そうですね。みなさんの行き先は、夕飯までには必ず決めますので……」

 アサコール党首の一言で、ジャーニトルの顔に喜びが弾けた。



 警備員ジャーニトルは、ネモラリス憂撃隊の情報源として、聞き取りが終わるまでマリャーナの邸宅に留まる。

 力なき民の三人は、平野部の離れたテントへ一人ずつ、力ある民二人と狩人は、難民キャンプの別々の自警団に送られた。


 ……これで、よかったんだよな?


 ジャーニトルは雪解け後、呪医セプテントリオーに連れられて、難民キャンプの最奥(さいおう)――開拓途上の最も危険な区域を担当する自警団に加えられた。

 一度は武器を捨てた彼らを再び戦いに投じ、ファーキルは何とも言いようのない罪悪感を抱えた。

☆ファーキルのウェブマネー専用口座……「324.助けを求める」、不安定な存在「333.金さえあれば」参照

☆巡回診療……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」「775.雪が降る前に」「805.巡回する薬師(くすし)」参照

☆隣のアミエーラは、香草茶のカップを唇に寄せているが、顔色が良くない……「469.救助の是非は」「470.食堂での争い」「472.居られぬ場所」参照

☆ポツリポツリと語る/ネモラリス憂撃隊は(中略)分裂した……「836.ルフスの廃屋」~「840.本拠地の移転」参照

☆平野部にテントを増やして対応……「775.雪が降る前に」「789.臨時FM放送」参照

☆自警団/戦力になってくれるなら、それに越したことはない……現在は戦える者がおらず、弱い「739.医薬品もなく」「775.雪が降る前に」参照

☆葬儀屋アゴーニから話が伝わって……「806.惑わせる情報」「807.諜報員の作戦」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ