862.今冬の出来事
この冬、アーテル軍の基地が立て続けに破壊された。
イグニカーンス基地が破壊された直後、諜報員ラゾールニクら、力ある民の同志が数人、現地へ跳び、ファーキルも学校裏サイト経由で知った元同級生のSNSを調べた。
ラゾールニクらの一回目の調査では、アーテル軍は基地周辺住民に「弾薬の暴発事故が発生した」と説明し、基地周辺で道路を広範囲に亘って封鎖した。
ネット上でも検閲と画像削除の嵐が吹き荒れ、SNS上に公開された大量のイグニカーンス基地爆発炎上写真や、それに言及するテキストが削除された。
ファーキルが、基地周辺に住む元同級生の裏アカウントを見ると、何人かのテキストの遣り取りが、断片的に残っていた。
軍は「爆発事故」と言う説明に矛盾しないテキストは、アリバイとして敢えて残したらしい。
――何、今の音? 空、燃えてる?
――窓割れてた!
――ウチは軍の人が窓ガラス弁償してくれたよ。
――ウチも~。謝りに来たのイケメンで姉ちゃんスゲー萌えてた。
――別の意味で大炎上(笑)
――いやいや、マジスゲーイケメン。あれ、制服萌えじゃなくてもときめくわ。
――夜中にスゲー音してびっくりした。
元同級生は、ほぼ全員、相互フォローで繋がっている。
同学年や塾などで知り合った子など、イグニカーンス市内のあちこちで同年齢の子供ネットワークが蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
ファーキルは、フォロワーのフォロワーを丹念に辿り、複数の会話の断片を繋ぎ合せて、爆発の時間帯と、衝撃波で窓が割れるなどの被害が発生した範囲を特定した。
「この丘から、基地全体がよく見えますよ」
「おっ、そんなコトまで調べてくれたのか。ありがと」
立入禁止区域に近い為、再開発から取り残され、忘れ去れられたような場所だ。
ファーキルが地図アプリで実家付近の丘を教えると、諜報員ラゾールニクは、巨大な望遠レンズ付きの一眼レフを持って行った。
情報収集担当の同志たちも、その情報を基に再び現地へ跳ぶ。
彼が丘から撮った写真で、恐るべきことがわかった。
管制塔はへし折れ、地に落ちて砕けた。
接続する建屋は上部が消し飛び、元が何階建てだったのかわからない。残っているのは二階までで、巨大な刃物で切り取られたように切り口は鮮やかだ。
アンテナやレーダーは落下の衝撃でひしゃげ、或いは瓦礫に埋もれて完全に破壊されていた。
爆撃機や戦闘機の格納庫は跡形もなく吹き飛び、地面に黒い焦げ跡が焼き付く。
カメラは、事故調査と片付け、生き埋めになった兵士の救助隊が忙しく働く姿、作業に当たる兵士一人一人の表情まで鮮明に捉えていた。突発した緊急の任務に焦りと苦悩を浮かべ、或いは表情を殺して粛々と当たる。
兵士たち全体を覆うのは、恐怖だ。
誰が、どこから、どんな手段を用いて、ものの数秒でイグニカーンス基地の航空戦力を完膚なきまでに叩き潰したのか。
ネモラリス憂撃隊はいつも、何らかの攻撃を行っても犯行声明の類は出さない。
昨年の結成宣言を周辺国の大手マスコミに送り付けた他は、黙々とアーテル領内でゲリラ活動を続けている。
日々のニュースに挙げられる事件の内、何割が本当に警備員オリョールが率いるネモラリス憂撃隊の犯行で、何割が彼らに罪をなすりつけた便乗犯の仕業なのか。遠く離れたアミトスチグマに居るファーキルにはわからない。
……でも、オリョールさんたちじゃなさそうな気がするなぁ。
ファーキルが知る限り、オリョールたちにここまでの火力はなかった。
オリョールたち医療産業都市クルブニーカで製薬会社に雇われていた警備員は、魔獣由来の素材や、栽培が困難な薬草を採りにゆく薬師の護衛としてレサルーブの森に同行し、魔物や魔獣と戦っていたと言う。
だが、彼らが使う【急降下する鷲】学派の【光の槍】では、中学の校舎より大きな建物を吹き飛ばせる筈がない。
情報担当の同志たちが、ネモラリスの首都クレーヴェルで、政府軍とネミュス解放軍の戦闘の様子や、戦闘区域となって破壊された街並をカメラに収めてきた。
ファーキルが、ラクリマリス領へ逃れた都民から聞き取った情報を裏付ける画像だったが、【光の槍】は、魔力を一点に集中させ、圧縮して射出する術だ。横から直撃すれば、何軒もの民家を貫通するが、コンクリート造りの建物をこんな風に破壊できるものではない。
上空からの流れ弾が当たった民家は吹き飛ばされたが、【光の槍】単体によるものではなく、ガス管の損傷など、複合要因によるものだ。
……あれから結構、時間経ってるし、職人さんたちが何か凄い魔法の道具を作っちゃったのかな?
ファーキルたち移動販売店プラエテルミッサの一行が、ランテルナ島の拠点から脱出した時には【飛翔する鷹】学派の武器職人と【編む葦切】学派の呪符職人が一人ずつ居た。
葬儀屋アゴーニと呪医セプテントリオーの話では、武器職人もオリョールたちと袂を分かったが、呪符職人は、まだ居るらしい。
レサルーブの森で訓練の一環として魔獣狩りを続けていれば、魔力源にする【魔道士の涙】には事欠かないだろう。
どこからか、強力な魔法の武器を手に入れた可能性もある。
滑走路の隅に駐機して無事だった戦闘機や爆撃機、偵察用の無人機は、破壊されたイグニカーンス基地から、テールム基地とベラーンス基地にトレーラーで移送された。
イグニカーンス基地から異動した兵で警備を手厚くしたにも関わらず、ネモラリス憂撃隊による武器や備蓄食料の略奪は止まない。
日を置いて、テールム基地、ベラーンス基地も破壊された。
移送された機も含め、三基地の航空戦力は完全に破壊し尽くされた。
三基地に共通するのは、攻撃が深夜から未明にかけてであること、管制塔と無人機の制御室が一撃で水平に吹き飛ばされること、その後、格納庫や滑走路上に駐機した爆撃機が破壊されることだ。
兵舎や事務棟、戦車の保管庫や銃火器類の保管庫、倉庫などは全く無傷で残される。
ベラーンス基地では、消火や生存者の救助活動中にネモラリス憂撃隊が現れ、武器などを略奪した。彼らの仕業なのか、単に騒ぎに乗じたのか、わからない。
ラゾールニクたちは情報収集を続けたが、戦争当事国のアーテルとネモラリスでは、有力な手掛かりを得られず、間に挟まれたラクリマリス王国でも、これと言った成果はなかった。
ひとつだけ、朗報がある。
ラクリマリス王国軍が、腥風樹の駆除が完了したと安全宣言を出したのだ。
王国政府は、アミトスチグマ王国に仲介を依頼し、アーテル共和国政府に陸軍の引き揚げを要求した。一方的に撤退期限を決め、ツマーンの森の道路とモースト市に留まる部隊にも直接、通告を出したらしい。
空軍基地の半数以上が破壊されたが、ラクリマリス王国に向けられたミサイルは陸軍の所有で、発射台は移動式だ。
危うい賭けではあったが、ネモラリス軍がツマーンの森から魔哮砲を回収し、ラクリマリス王国軍が腥風樹の駆除が完了した今、アーテル軍が居座る理由はない。謝罪などはなかったが、専門家の推測を裏切り、すんなりと戦車部隊をランテルナ島に引き揚げた。
ラクリマリス王国が、腥風樹の発生による森林、農地、家畜への直接被害、住民避難に伴う間接被害の損賠賠償を請求したか否かについては、全く報道されなかった。
……農家の人とか、弁償して欲しいだろうに。おカネ、どうすんのかな?
腥風樹に汚染された農地には浄化処理が必要で、駆除が完了したからと言って、すぐに帰れる訳ではない。
宿泊費や避難所の運営費などだけでも、莫大な額になるだろう。
……決済の仕組みが違い過ぎて何て言っていいかわかんないとか? いやいや、そんなバカな。
アーテル共和国は科学文明国で、魔法使いの自治区ランテルナ島以外では、物々交換での取引はない。
ラクリマリス王国は、ほぼ魔法文明国で、物々交換が主流。巡礼者用に現金と電子マネーでの取引も可能だが、観光地の極一部に限られる。
まだ、そんな話ができる状態ではないのか、その辺りの情報は皆無だった。
☆イグニカーンス基地が破壊された……「815.基地への移動」「816.魔哮砲の威力」参照
☆この丘から、基地全体がよく見えます……「162.アーテルの子」「809.変質した信仰」参照
☆昨年の結成の宣言……「618.捕獲任務失敗」参照
☆ファーキルが、ラクリマリス領へ逃れた都民から聞き取った情報……「651.避難民の一家」「652.動画に接する」参照
☆腥風樹の発生による森林、農地、家畜への直接被害……住民避難「489.歌い方の違い」「490.避難の呼掛け」「544.懐かしい友人」「651.避難民の一家」、腥風樹「382.腥風樹の被害」「498.災厄の種蒔き」~「500.過去を映す鏡」参照




