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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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859.自治区民の話

 諜報員ラゾールニクとファーキル少年、ラクエウス議員と呪医セプテントリオーが、別室に移動する。


 針子のアミエーラと後輩のサロートカは、緊張の面持(おもも)ちで待っていた。作業机から生地や裁縫道具が片付けられ、革表紙の分厚い聖典が鎮座する。


 二人の挨拶を片手で制し、ラゾールニクが手短に注意を与えた。

 「昨日言ったこと、確認しとこう。自分の名前も、他の誰かの名前も、絶対言わないこと。名前を出さなくても、個人を特定できることは言わないこと。例えば、詳しい住所とか職業とかだね」

 「はい。言っていいのは、自治区民と言うことだけですよね」

 針子のアミエーラが言うと、ラゾールニクは満足げに頷いた。


 ラクエウス議員が彼女の向かいに腰を降ろす。

 ファーキルが三脚を立て、タブレット端末の角度を調整した。画面には、聖典と二人の手許だけが映る。彼女らの背後は窓で、念の為、カーテンは無地に掛け替えてあった。窓は閉められ、そよとも動かない。


 「ここはアミトスチグマだけど、今だけ、リストヴァー自治区に居るつもりで頼むよ」

 二人がラゾールニクに頷くと、ファーキル少年も注意を与えた。

 「後で声をいじって誰だかわからないようにします。どっちかが喋ってる時は、喋らないようにお願いします。声が重なってると処理がちょっと面倒なんで」

 「うん。あ、あの、それでね。昨日、あれから二人で話し合ったんだけど、やっぱり、映像はナシにしてもらえないかなって……」

 アミエーラが遠慮がちに言うと、後輩の針子サロートカが、ファーキル少年とラゾールニクを窺った。


 「はい。俺はいいですよ。映像は写真とテキストでどうにかします」

 「まぁ、心配だもんな」

 ファーキル少年は気軽に応じ、諜報員ラゾールニクは、アテが外れて僅かに眉を動かしたが、説得はしなかった。


 昨日、何時間も話し合って、やっと了承を取りつけたのだ。


 呪医セプテントリオーはコート掛けに白衣を掛け、用意された上着を羽織って扉を背に立った。(すそ)(えり)(そで)には、色とりどりの糸で呪文の刺繍が施されている。魔法文明圏ではありふれた上着だ。


 ファーキルが二台の調整を終え、機能を録画から録音に切替える。

 ラゾールニクが片手を振って合図すると、アミエーラが話し始めた。


 「ホントに匿名なんですよね? 声も、誰だかわからないように変えて下さるんですよね?」

 ラゾールニクとファーキル少年が無言で頷いた。

 アミエーラがホッとして語る。


 「じゃあ、お話します。私の祖母は、魔女です」

 聞く者の反応を待つ沈黙を挟み、ゆっくり語る。


 「もう亡くなりましたけど、存命中は魔法で水を浄化して飲ませてくれました。自治区の下町にある井戸は、塩気や銅山の鉱毒、雑菌とかで汚染されてて、そのまま飲むと病気になっちゃうから。でも、私たちのリストヴァー自治区では、キレイな飲み水がとても高くて、買えない人が多いんです」

 「ウチは、両親と歳の離れた兄が工場で働いてたから、水代には困りませんでした。でも、兄が仕事中、事故に遭って……」

 サロートカの声が震えて途切れる。


 一呼吸待ってアミエーラがやさしく声を掛けた。

 「お気の毒に。お兄さんの魂に平安を」

 「一応、助かったんです。怪我は治してもらえて……」

 「どう言うこと?」

 アミエーラが首を傾げる。

 「勤め先の工場は、ゼルノー市の市民病院と提携してて、救急車で運んでもらえて、治してもらえたんです。呪医(じゅい)の治療を受けられて、次の日には、怪我なんてなかったみたいに元気になって、ウチに帰って来たんです」

 「えっ? それで、どうして?」


 サロートカがひとつ、ゆっくり深呼吸して答える。

 「家に帰って来てすぐ、星の(しるべ)の人たちが来て、()しき(わざ)に頼ったからって、連れてかれて……こッ、ころ……殺さ……」

 震える声が、嗚咽に変わった。

 手の甲で涙を拭いながら、記録の為に言葉を絞り出す。

 「何で……何で兄さん……兄さんが魔法、使ったんじゃないのに、何で……役所と、病院と、会社と……ちゃんと約束して、司祭様も、いいって、おっしゃってたのに……何でッ?」


 ……星の(しるべ)さえ居なければ。


 以前も聞いたが、改めて聞いても、その暴力の理不尽さに呪医セプテントリオーは心が震えた。

 患者自身、彼の家族、職場、行政、そして、聖職者――誰もが呪医による救命を望み、【青き片翼】学派を修めたセプテントリオーは、その期待に応えた。


 ……信仰とは、人を救うものではなかったのか。



 アミエーラが後輩の肩を抱き、辛かったね、と声を掛けてラゾールニクを見る。

 力ある民の諜報員は、口の形だけで「続けて」と指示した。一瞬、アミエーラの視線が険しくなったが、ひとつ息を吐いて表情を改め、口を開く。


 「私の祖母は、内乱の少し前にネモラリス島で結婚しました。祖父はキルクルス教徒、祖母はフラクシヌス教徒でした。でも、特に改宗せずにキルクルス教の教会で、みんなから祝福されて、結婚式を挙げたそうです」


 聞く者の反応を待つ沈黙にサロートカの嗚咽が重なる。


 「内乱が始まってからは、両方から辛く当たられて、何度も引越しを繰り返したそうです」


 針子のアミエーラが話す間も、後輩のサロートカは声を殺して泣き、時折しゃくりあげる。


 「誰に何と言われても、二人の信仰は変わりませんでしたし、離婚もしませんでした。内乱中、子供たちは亡くなって、遅くに生まれた母一人だけが、生き残りました」


 ラクエウス議員が内乱後、姉のクフシーンカ店長から聞いた話だ。

 昨夜、店長の親友カリンドゥラの妹フリザンテーマの孫娘であるアミエーラに、数十年の時を経て伝えられた。

 クフシーンカ店長とアミエーラの祖母の姉カリンドゥラは、内乱中も可能な限り手紙の遣り取りを続けた。

 内乱後、リストヴァー自治区に移住してからは、アミエーラの祖母フリザンテーマは、クフシーンカ店長と密かに会って話すことがあったと言う。


 「半世紀の内乱が終わって、祖父母と母はリストヴァー自治区に引越しました。母は力なき民でしたし、今更離れ離れになるよりはって、祖母が魔力と信仰を隠して、一緒に暮らすことを選びました。それで、母は自治区で父と出会って結婚しました」


 サロートカがどうにか泣き止んで顔を上げる。


 「何度も流産して、私が生まれる頃には祖父が亡くなって、祖母も私が小さい頃に亡くなりました。その後で生まれた弟と妹は、物心つく前に亡くなって、母も病気で亡くなりました。キレイな水が手に入り(にく)くなったから」



 呪医セプテントリオーが秘かに招かれて立入った時、夕暮れの車窓から垣間見た大火の焼け跡では、再整備が進んでいた。

 アミエーラが生まれ育った頃にはどんな状態だったのか、その痕跡はなく、想像もつかない。



 「それからずっと、父と二人きりで助け合って暮らしてました。でも、去年の大火で父も亡くなりました。避難する途中ではぐれて、私はどうにかシーニー緑地まで行けたんですけど、いくら待っても父は来なくて……」

 当時の傷を掘り起こしたアミエーラの声も途切れた。


 サロートカが、(うつむ)いて両手で顔を覆った先輩に代わって話す。

 「ウチも、私一人生き残って、家族は遺体もみつかりませんでした。う……噂で聞いたんですけど、星の(しるべ)の人が、火を()けたって……」


 少女の声は再び涙に震えたが、何度も深呼吸して気を鎮め、証言を続ける。

 「お金持ちの人が、バラック街に魔法使いが紛れ込んでるって、星の(しるべ)の人をけしかけたって聞きました。今だったら、ゼルノー市の人が星の道義勇軍の人に仕返しに来たって、罪をなすりつけられるから、バレないって(そそのか)して」


 サロートカは、仕立屋のクフシーンカ店長が、自治区の有力者会合などで当の首謀者たちから聞いた作戦を(ちまた)の噂話として語る。

 「自治区ができた当時は、あっという間にバラックが建っちゃったけど、都市計画をちゃんとやり直したいから、邪魔なバラックを焼いて、人も多過ぎるから減らしたんだって……それで、あの大火事の後、大聖堂とか世界中の信者の人から寄付をもらって、街をキレイに作り変えたって……」


 針子の少女の口からポツポツ語られる恐ろしい計画が、全て事実であると、この音声を耳にする人の何割が信じてくれるだろう。


 「街はキレイになったけど、お父さんもお母さんも、友達も、先生も、近所のみんなも、みんな……みんな居なくなって……前のままでいいから、汚いとこでいいから……みんな……みんな、居て欲しかっ……みんなを返してよ!」


 涙混じりの声が叫びに変わり、後は嗚咽で言葉にならなかった。


 呪医セプテントリオーがクブルム山中の道で癒した人々は、新しい傷が少なく、大半が大火による火傷で手や足が拘縮した者だった。大火の後遺症から解放できた者は、生き残りのほんの一握りだろう。

 セプテントリオーには、彼らが星の(しるべ)に気付かれることなく、無事で居られるよう、祈ることしかできない。


 ……どの神に?


 同じキルクルス教徒である彼らの(えにし)を遠ざける祈りは、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに届くだろうか。


 針子の二人が話せなくなり、端末は一分近く泣き声を記録して、「リストヴァー自治区の住人による証言」は終わった。

☆工場がゼルノー市の市民病院と提携……「369.歴史の教え方」「529.引継ぎがない」「551.癒しを望む者」「552.古新聞を乞う」参照

☆以前も聞いた……「557.仕立屋の客人」「558.自治区での朝」参照

☆内乱中も可能な限り手紙の遣り取り……「555.壊れない友情」参照

☆呪医セプテントリオーが秘かに招かれて立入った時……「556.治療を終えて」参照


☆アミエーラが生まれ育った頃にはどんな状態……「013.星の道義勇軍」「019.壁越しの対話」「026.三十年の不満」「027.みのりの計画」「031.自治区民の朝」「046.人心が荒れる」「051.蔓草の植木鉢」「053.初めてのこと」「276.区画整理事業」「351.手作りの夏服」「374.四人のお針子」「480.最終日の豪雨」参照


☆去年の大火で父も亡くなりました……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」参照

☆お金持ちの人が、バラック街に魔法使いが紛れ込んでるって、星の(しるべ)の人をけしかけた……「559.自治区の秘密」「752.世俗との距離」参照

☆クフシーンカ店長が、自治区の有力者会合などで当の首謀者たちから聞いた作戦……「156.復興の青写真」「213.老婦人の誤算」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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