0088.憎しみ消えて
壁に近い奥から順に、薬師アウェッラーナ、小学生の女の子二人、工員クルィーロが横になった。
見張り順が最後のピナと隊長も、出入口付近に寝転ぶ。
囲いの中は風が当たらず、お互いの体温であたたかい。
相談の結果、三枚ある毛布の一枚は中の床に敷き、もう一枚は出入口付近の二人に掛け、最後の一枚は、外で仮眠を取る二人で使うことになった。
最初の仮眠は、少年兵モーフとピナの兄貴。パン屋のレノは、モーフ以上に薄着で、薄手の白い上着にエプロンとズボンだけだ。今は、ピナの手袋と小さい妹のマフラーを借り、背中を丸めて座る。
……俺たちの作戦で……街が……こいつの店が、焼けたから。
レノが着替える暇もなく避難したことに気付き、モーフは思わず、パン屋の青年から目を逸らした。
モーフは、ロークが貸してくれたマフラーをメドヴェージに渡し、レノに声を掛けた。
「毛布」
「ん? あ、あぁ、ありがとう」
パン屋の青年レノは、少年兵モーフと身を寄せ合い、一枚の毛布に包まった。
モーフは不思議に思った。
星の道義勇軍の少年兵である自分と、フラクシヌス教徒のパン屋が、肩を並べて同じ毛布に包まる。
この青年の店は、モーフたちの活動で焼失した。
肩に触れるぬくもりは、キルクルス教徒もフラクシヌス教徒も、変わりない。パン屋のレノは何も言わず、目を閉じていた。
……なのに、何で何もいわねぇんだ? 俺たちが憎くねぇのかよ。
おっさん兵のメドヴェージと金持ちっぽい少年ロークは、背中合わせに立って足踏みしながら見張りをする。
おっさんは、トラックの運転手として自治区外に出たことがあったので、モーフたちの隊に入れられた。
作戦に使うトラックを運転して市民病院まで道案内した。入院の経験は、水壁に閉じ込められた時に初めて聞いた。
おっさんは、自分を救った医者とあんな風に再会したのをどう思っただろう。
湖の民の医者はモーフたちを捕えたが、話し合いで武装解除させようとした。
後から来て医者と交代した事務長は星の道義勇軍を憎み、警官が来なければ、あのまま溺死させられただろう。
……それが、フツーだと思うんだよな。
中学生たちは、自分たちの街と家族を奪ったモーフたちではなく、家族と共に居る同朋のピナを憎み、排除した。
モーフには訳がわからなかった。
問い質しても、理不尽に歪んだ憎悪を仲間に向ける理由を答えず、最後まで態度を変えなかった。
今頃、どうしているだろう。
望みは薄いが、全く生き延びられない訳ではないような気もした。
レノに限らず、ここに居る者は、誰にも憎しみを向けない。
モーフ自身、作戦中はフラクシヌス教徒への憎しみを炎に変え、火焔瓶を投げ続けたが、今は……空襲以降は、そんな気持ちが吹っ飛んでしまった。
アーテル共和国軍に星の道義勇兵が殺された。
同じキルクルス教徒なのに、だ。
空襲だから、個人の信仰を確認して除外するのはムリだ。何故、そんな攻撃手段を選んだのか。
そこに居たことを知らないハズはない。
星の道義勇軍の偉い人は、アーテル共和国内のキルクルス教団と連絡を取り合っていると言っていた。
「決起するのは、自治区民だけではない。アーテルの後ろ盾がある。我々は決して孤独ではない。安心して戦って欲しい」
作戦開始前、そう言われて送り出されたのだ。
モーフたちが生き残ったのは、単に運がよかっただけに過ぎない。
車列がもう少し進んで、護送車が橋を通過中なら、今頃は運河の底だろう。少年兵モーフは、水底に重なる乗用車を思い出し、鳥肌が立った。
目を閉じても、頭が冴えて眠れない。
体力を温存する為にじっと動かないだけだ。
一睡もできないまま交代の時間になった。
☆ロークが貸してくれたマフラー……「0077.寒さをしのぐ」参照
☆この青年の店は、モーフたちの活動で焼失……「0021.パン屋の息子」「0022.湖の畔を走る」参照
☆入院の経験は、水壁に閉じ込められた時に初めて聞いた/おっさんは、自分を救った医者とあんな風に再会……「0014.悲壮な突撃令」「0017.かつての患者」参照
☆話し合いで武装解除させようとした……「0018.警察署の状態」「0019.壁越しの対話」参照
☆後から来て医者と交代した事務長……「0019.壁越しの対話」参照
☆中学生たちは(中略)同朋のピナを憎み、排除した。……「0061.仲間内の縛鎖」~「0071.夜に属すモノ」参照
☆問い質しても……「0063.質問と諍いと」参照
☆水底に重なる乗用車……「0056.最終バスの客」参照




