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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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877/3503

856.情報交換の席

 神学生スキーヌムは自分の食事そっちのけで、湖の民二人が緑の衣付きの揚げ物を食べるのを見詰める。


 ……喉が詰まりそう。


 あまりにもじっと見られて、アウェッラーナは気マズくなり、手が止まった。

 兄のアビエースが居心地悪そうに言う。

 「坊や、これが欲しいのかい? でも、緑色のは銅の錆から作った粉で、陸の民には毒なんだよ」

 物欲しそうに見ていたと思われ、神学生のスキーヌムが赤くなって自分の日替わり定食を食べ進める。

 「混ざると危ないから、厨房は別々になってて、食器や調理器具も共用しないのよ」

 クロエーニィエの説明に神学生の少年が頷く。


 ……外食、何カ月振りだったかな?


 アウェッラーナは余計なことを言わないよう、アーテル人の神学生から意識を逸らす。

 近頃はずっと野外で調理したものを食べていた。

 椿屋の兄妹はパン作りだけでなく、料理の腕も確かだが、流石に陸の民の彼らには、緑青(ろくしょう)入りの料理は作れない。


 ネモラリス島は物価が高騰して、移動販売店プラエテルミッサのみんなは飲食店に入れなかった。

 移動販売の一行が作る物では安過ぎ、宝石やアウェッラーナの魔法薬では高価過ぎて、お釣りがないからと店側に断られる。

 交換しやすい物か現金に換えようとしても、住所不定の彼らは足下を見られがちで、こちらから断ることの方が多かった。

 湖の民だけの村で放送した時は、陸の民が多い一行に気を遣い、大鍋をしっかり洗って、緑青(ろくしょう)を入れずにスープなどを振る舞ってくれた。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、久し振りに口にした緑青入りの料理を噛みしめ、何とも言えない気持ちでスキーヌムを見る。


 ……この子、家出に飽きたら本土に帰るのかな? それとも、何か事情があって帰れないの?


 食後のお茶を待つ間に聞いてみる。

 「スキーヌムさん、神学生って言ってましたけど、ご家族がどなたか聖職者なんですか?」

 「いいえ。普通の……祖父が会社を(おこ)して、父や親戚は本社の役員やグループ企業の経営をして、世俗の人ばかりですよ」

 「後を継ぐ為じゃなくて、聖職者になりたくて神学校に?」

 「いえ、祖父が僕を聖職者にしたくて……神学校は全寮制で初等部からあって、実家から遠いですし……」

 スキーヌムが苦しげに目を伏せる。


 何となく事情がわかり、兄のアビエースが同情を口にした。

 「そうか。坊や、今まで辛抱して、大変だったんだな。それで、他の仕事をしたくて家出したのか」


 スキーヌムは一瞬、身を強張らせたが、顔を上げて頷いた。その面には何の表情もない。ロークが心配そうに連れを見る。

 アウェッラーナはこの際なので質問を続けた。

 「そちらの聖職者の人たちって、ネモラリス島にも信者がいるコト、ご存知なんですか?」

 神学生の少年から血の気が引いた。

 隣でロークが頷く。

 「俺の留学も、こちらの聖職者……教団の手配で実現しました。自治区の外にも居るのを知ってるどころか、かなり濃い付き合いがありますよ」

 「えぇッ?どうやって?」


 兄とクロエーニィエに珈琲、他の三人に紅茶が来た。


 エプロンドレス姿のホール係を見送り、ロークが説明を続ける。

 「インターネットです。近くのディケアとか、設備がある国に仕事で行ったついでにアーテルと連絡を取り合ってます。俺も神学校でタブレット端末を渡されて、パドスニェージニク議員と星の(しるべ)レーチカ支部長のスーベル学長に、近況報告しなさいって言われました」

 「今……端末は?」

 「GPSで居場所がわかっちゃうんで、置いてきました。手持ちじゃ代金足りないんで、新しいのは買えません」

 「そ……そうなの」


 じーぴーなんとかとやらが何だかわからないが、それどころではない。今、聞いたばかりの話を忘れない内にメモする。

 「この件は、フィアールカさんに連絡済みですよ」

 「あ、そうなんですか。でも、ありがとうございます」

 ソルニャーク隊長とジョールチに伝えれば、国内での活動の参考になるだろう。



 アウェッラーナは、香草茶にすればよかったと少し後悔したが、今の内に聞けるだけ聞いておこうと、質問を続けた。

 「ネモラリス島のあちこちで爆弾テロが起きてるんですけど、ロークさんたち、知ってます?」

 「えぇ、ニュースになってましたし、ラニスタの本部がインターネットで犯行声明を出してましたよ」

 「やっぱり……でも、現地では犯行声明の(たぐい)は全然ないんです」


 「実行したっていう情報は、各地の幹部がネット経由で本部に伝えてるんでしょうけど……黙ってれば、ネミュス解放軍に罪をなすりつけられると思ってるからなのかな?」

 ロークの呟きをクロエーニィエ店長が笑い飛ばした。

 「手口もターゲットも全然違うんだから、別の理由よ」

 「どうしてそう思うんですか?」

 ロークが眉を(しか)める。

 「気を悪くしたならゴメンなさいね。犯行声明を出したら、そこからアシが着くからよ。使い捨ての実行犯はともかく、おカネも地位もある幹部が、そんな尻尾を掴まれるようなコトしないと思うの」


 「店長さん、どうしてこっちのことまで、そんなに詳しいんです?」

 兄が目を丸くすると、クロエーニィエは軽く片目を(つぶ)って笑った。

 「ここでこう言う商売してるとね、あっちこっちから色んな情報が入って来るのよ」

 兄はへぇーっと感心して、珈琲を啜る。


 ……そう言われてみればそうね。


 物体の手紙をマスコミなどに送りつけたのでは、【(ただ)しき燭台】に掛けられて誰が書いてどこから送ったのかわかってしまう。代筆させても、その代筆者を辿られてしまえば同じことだ。

 電話は交換手からバレるだろう。


 「言わないんじゃなくて、言えないんですね」

 「そう言うコト」

 店長はアウェッラーナに頷き、スキーヌムに声を掛けた。

 「坊や、さっきから顔色悪いけど、大丈夫? どこか具合悪いんなら、今の内にアウェッラーナさんに診てもらった方がいいわよ」

 「だ、大丈夫です。テロって聞いて、怖くなっただけなので……すみません」

 ロークがホール係を呼んで香草茶を注文する。


 アウェッラーナは遠慮せず聞いた。

 「ロークさん、本土の聖職者や教団全体は、星の(しるべ)をどう思ってるかわかりますか? 確か、バンクシア共和国やバルバツム連邦も、国際テロ組織に指定してますよね」

 「えぇ。本土の教団は積極的に支援したり、逆に異端者として(とが)めたりって言うことはなくて、なるべく関わらないように距離を置いてるみたいですね。下手に刺激すると何されるかわかんないんで」


 「じゃあ、怖くて黙ってるだけで、ホントはイヤだと思ってる一般人って、思ってるより大勢居るかもしれないんですね」

 クロエーニィエ店長が視線を宙に泳がせて言う。

 「音楽家の団体……何て言ったかしらね。前にインターネットで無差別爆撃に抗議声明を出してたから、少なくともあの人たちは、今の政府や星の(しるべ)を快く思ってなさそうよ」

 「ラジオで……えーっと、安らぎの光だ!」

 「そうそう、それ!」

 ロークの一言で、アウェッラーナも、ゲリラの拠点で聞いたニュースを思い出した。何故か、スキーヌムもハッとする。


 「毎月、月末にフィアールカさんが呪符屋さんに顔を出すんで、何か伝言があればお伝えしますよ」

 「ありがとうございます。えーっと……そうね、今、国営放送のアナウンサーさんも一緒に居るんだけど、その人がアーテルのことがわかる資料が欲しいって言ってて、今日は新聞を買って帰ろうかなって」

 「あら、古新聞でよかったらウチのをあげるわよ。最近の一カ月分くらいしかないけど」

 クロエーニィエ店長の申し出に湖の民の兄妹は恐縮した。

 「いいのよ。一日経ったらタダみたいなモンなんだから。染料、思ってたよりたくさん作ってもらえて助かっちゃったし、気にしないで」

 「ありがとうがございます。助かります」

 店番で暇を持て余していた兄が、深々と頭を下げた。


 「えぇっと、それで、フィアールカさんにはインターネットのニュースを印刷してもらえたら、助かるんですけど……あ、勿論(もちろん)、印刷代とお礼は払います」

 「後で呪符を買いに来るんですよね? 詳しい話はその時に」

 「そうですね。じゃあ、また後で」

 昼食を終え、それぞれの店に引き揚げた。


 挿絵(By みてみん)

☆俺も神学校でタブレット端末を渡されて(中略)近況報告するようにって言われました……「723.殉教者を作る」「742.ルフス神学校」参照

☆電話は交換手からバレる……「528.復旧した理由」のあとがき参照


☆バンクシア共和国やバルバツム連邦も国際テロ組織に指定……「560.分断の皺寄せ」「625.自治区の内情」参照

※ 星の(しるべ)への教団の対応……「542.ふたつの宗教」「557.仕立屋の客人」参照


☆インターネットで無差別爆撃に抗議声明/安らぎの光/ゲリラの拠点で聞いたニュース……「328.あちらの様子」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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