856.情報交換の席
神学生スキーヌムは自分の食事そっちのけで、湖の民二人が緑の衣付きの揚げ物を食べるのを見詰める。
……喉が詰まりそう。
あまりにもじっと見られて、アウェッラーナは気マズくなり、手が止まった。
兄のアビエースが居心地悪そうに言う。
「坊や、これが欲しいのかい? でも、緑色のは銅の錆から作った粉で、陸の民には毒なんだよ」
物欲しそうに見ていたと思われ、神学生のスキーヌムが赤くなって自分の日替わり定食を食べ進める。
「混ざると危ないから、厨房は別々になってて、食器や調理器具も共用しないのよ」
クロエーニィエの説明に神学生の少年が頷く。
……外食、何カ月振りだったかな?
アウェッラーナは余計なことを言わないよう、アーテル人の神学生から意識を逸らす。
近頃はずっと野外で調理したものを食べていた。
椿屋の兄妹はパン作りだけでなく、料理の腕も確かだが、流石に陸の民の彼らには、緑青入りの料理は作れない。
ネモラリス島は物価が高騰して、移動販売店プラエテルミッサのみんなは飲食店に入れなかった。
移動販売の一行が作る物では安過ぎ、宝石やアウェッラーナの魔法薬では高価過ぎて、お釣りがないからと店側に断られる。
交換しやすい物か現金に換えようとしても、住所不定の彼らは足下を見られがちで、こちらから断ることの方が多かった。
湖の民だけの村で放送した時は、陸の民が多い一行に気を遣い、大鍋をしっかり洗って、緑青を入れずにスープなどを振る舞ってくれた。
薬師アウェッラーナは、久し振りに口にした緑青入りの料理を噛みしめ、何とも言えない気持ちでスキーヌムを見る。
……この子、家出に飽きたら本土に帰るのかな? それとも、何か事情があって帰れないの?
食後のお茶を待つ間に聞いてみる。
「スキーヌムさん、神学生って言ってましたけど、ご家族がどなたか聖職者なんですか?」
「いいえ。普通の……祖父が会社を興して、父や親戚は本社の役員やグループ企業の経営をして、世俗の人ばかりですよ」
「後を継ぐ為じゃなくて、聖職者になりたくて神学校に?」
「いえ、祖父が僕を聖職者にしたくて……神学校は全寮制で初等部からあって、実家から遠いですし……」
スキーヌムが苦しげに目を伏せる。
何となく事情がわかり、兄のアビエースが同情を口にした。
「そうか。坊や、今まで辛抱して、大変だったんだな。それで、他の仕事をしたくて家出したのか」
スキーヌムは一瞬、身を強張らせたが、顔を上げて頷いた。その面には何の表情もない。ロークが心配そうに連れを見る。
アウェッラーナはこの際なので質問を続けた。
「そちらの聖職者の人たちって、ネモラリス島にも信者がいるコト、ご存知なんですか?」
神学生の少年から血の気が引いた。
隣でロークが頷く。
「俺の留学も、こちらの聖職者……教団の手配で実現しました。自治区の外にも居るのを知ってるどころか、かなり濃い付き合いがありますよ」
「えぇッ?どうやって?」
兄とクロエーニィエに珈琲、他の三人に紅茶が来た。
エプロンドレス姿のホール係を見送り、ロークが説明を続ける。
「インターネットです。近くのディケアとか、設備がある国に仕事で行ったついでにアーテルと連絡を取り合ってます。俺も神学校でタブレット端末を渡されて、パドスニェージニク議員と星の標レーチカ支部長のスーベル学長に、近況報告しなさいって言われました」
「今……端末は?」
「GPSで居場所がわかっちゃうんで、置いてきました。手持ちじゃ代金足りないんで、新しいのは買えません」
「そ……そうなの」
じーぴーなんとかとやらが何だかわからないが、それどころではない。今、聞いたばかりの話を忘れない内にメモする。
「この件は、フィアールカさんに連絡済みですよ」
「あ、そうなんですか。でも、ありがとうございます」
ソルニャーク隊長とジョールチに伝えれば、国内での活動の参考になるだろう。
アウェッラーナは、香草茶にすればよかったと少し後悔したが、今の内に聞けるだけ聞いておこうと、質問を続けた。
「ネモラリス島のあちこちで爆弾テロが起きてるんですけど、ロークさんたち、知ってます?」
「えぇ、ニュースになってましたし、ラニスタの本部がインターネットで犯行声明を出してましたよ」
「やっぱり……でも、現地では犯行声明の類は全然ないんです」
「実行したっていう情報は、各地の幹部がネット経由で本部に伝えてるんでしょうけど……黙ってれば、ネミュス解放軍に罪をなすりつけられると思ってるからなのかな?」
ロークの呟きをクロエーニィエ店長が笑い飛ばした。
「手口もターゲットも全然違うんだから、別の理由よ」
「どうしてそう思うんですか?」
ロークが眉を顰める。
「気を悪くしたならゴメンなさいね。犯行声明を出したら、そこからアシが着くからよ。使い捨ての実行犯はともかく、おカネも地位もある幹部が、そんな尻尾を掴まれるようなコトしないと思うの」
「店長さん、どうしてこっちのことまで、そんなに詳しいんです?」
兄が目を丸くすると、クロエーニィエは軽く片目を瞑って笑った。
「ここでこう言う商売してるとね、あっちこっちから色んな情報が入って来るのよ」
兄はへぇーっと感心して、珈琲を啜る。
……そう言われてみればそうね。
物体の手紙をマスコミなどに送りつけたのでは、【鵠しき燭台】に掛けられて誰が書いてどこから送ったのかわかってしまう。代筆させても、その代筆者を辿られてしまえば同じことだ。
電話は交換手からバレるだろう。
「言わないんじゃなくて、言えないんですね」
「そう言うコト」
店長はアウェッラーナに頷き、スキーヌムに声を掛けた。
「坊や、さっきから顔色悪いけど、大丈夫? どこか具合悪いんなら、今の内にアウェッラーナさんに診てもらった方がいいわよ」
「だ、大丈夫です。テロって聞いて、怖くなっただけなので……すみません」
ロークがホール係を呼んで香草茶を注文する。
アウェッラーナは遠慮せず聞いた。
「ロークさん、本土の聖職者や教団全体は、星の標をどう思ってるかわかりますか? 確か、バンクシア共和国やバルバツム連邦も、国際テロ組織に指定してますよね」
「えぇ。本土の教団は積極的に支援したり、逆に異端者として咎めたりって言うことはなくて、なるべく関わらないように距離を置いてるみたいですね。下手に刺激すると何されるかわかんないんで」
「じゃあ、怖くて黙ってるだけで、ホントはイヤだと思ってる一般人って、思ってるより大勢居るかもしれないんですね」
クロエーニィエ店長が視線を宙に泳がせて言う。
「音楽家の団体……何て言ったかしらね。前にインターネットで無差別爆撃に抗議声明を出してたから、少なくともあの人たちは、今の政府や星の標を快く思ってなさそうよ」
「ラジオで……えーっと、安らぎの光だ!」
「そうそう、それ!」
ロークの一言で、アウェッラーナも、ゲリラの拠点で聞いたニュースを思い出した。何故か、スキーヌムもハッとする。
「毎月、月末にフィアールカさんが呪符屋さんに顔を出すんで、何か伝言があればお伝えしますよ」
「ありがとうございます。えーっと……そうね、今、国営放送のアナウンサーさんも一緒に居るんだけど、その人がアーテルのことがわかる資料が欲しいって言ってて、今日は新聞を買って帰ろうかなって」
「あら、古新聞でよかったらウチのをあげるわよ。最近の一カ月分くらいしかないけど」
クロエーニィエ店長の申し出に湖の民の兄妹は恐縮した。
「いいのよ。一日経ったらタダみたいなモンなんだから。染料、思ってたよりたくさん作ってもらえて助かっちゃったし、気にしないで」
「ありがとうがございます。助かります」
店番で暇を持て余していた兄が、深々と頭を下げた。
「えぇっと、それで、フィアールカさんにはインターネットのニュースを印刷してもらえたら、助かるんですけど……あ、勿論、印刷代とお礼は払います」
「後で呪符を買いに来るんですよね? 詳しい話はその時に」
「そうですね。じゃあ、また後で」
昼食を終え、それぞれの店に引き揚げた。
☆俺も神学校でタブレット端末を渡されて(中略)近況報告するようにって言われました……「723.殉教者を作る」「742.ルフス神学校」参照
☆電話は交換手からバレる……「528.復旧した理由」のあとがき参照
☆バンクシア共和国やバルバツム連邦も国際テロ組織に指定……「560.分断の皺寄せ」「625.自治区の内情」参照
※ 星の標への教団の対応……「542.ふたつの宗教」「557.仕立屋の客人」参照
☆インターネットで無差別爆撃に抗議声明/安らぎの光/ゲリラの拠点で聞いたニュース……「328.あちらの様子」参照




