表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

873/3509

852.仮設の自治会

 街へ情報収集に行く前に、レノとジョールチの二人で、仮設住宅の自治会長に改めて挨拶に行く。


 集会所の窓から、住人が分業して呪符を作るのが見えた。

 扉を開けた瞬間、数十人が一斉に顔を上げて戸口を見る。

 不審げな視線を集め、レノはどっと冷や汗が噴き出した。


 「こんにちは。アナウンサーのジョールチです。お忙しいところ、お邪魔致しまして恐れ入ります。臨時放送のお知らせに参りました」

 ジョールチが声を発した瞬間、不審者に向ける誰何(すいか)と排除の眼差しが、驚きと喜びに変わり、レノは部屋が明るくなったように見えた。

 手前の一人が立って「どうぞ、どうぞ」と愛想良く招じ入れる。


 「恐れ入ります。公開放送はこの仮設住宅の端で、三日後に予定しております。お騒がせ致します件、自治会長さんと仮設の皆様にご理解とご協力を……」

 「自治会長さんだね? 呼んで来るよ!」

 「ありがとうございます」

 ジョールチがにっこり微笑むと、黒髪のおばさんは乙女のように瞳を輝かせてすっ飛んで行った。


 「ホントにラジオと同じ声だ」

 「何だってこんな田舎町に?」

 「本局はどうなったんです?」

 仮設の人々は呪符作りどころではなくなり、あちこちから珍しがる声や疑問の声が飛ぶ。

 「自治会長さんがお見えになられましてから、ご説明させていただきます」

 ジョールチの落ち着いた一声で人々の目が扉に集まる。


 ……カリンドゥラさんもそうだったけど、有名人って凄いんだなぁ。


 レノはアナウンサーのジョールチが眩しく見えた。



 黒髪のおばさんが、自治会長を引っ張ってきた。【編む葦切(ヨシキリ)】学派の徽章(きしょう)を提げた麦藁色の髪の女性だ。

 「放送の件は、葬儀屋さんからお伺いしましたよ?」

 「お忙しいところ、恐れ入ります。改めてご挨拶をと思いまして」

 自治会長は、レノとそう変わらない。乙女と呼んでも差し支えなさそうな若さだが、物腰はとても落ち着いていた。


 ……長命人種の呪符職人さんなのかな?


 「そうですか。先程は作業の仕度でバタバタしておりましたし、詳しいお話をお伺いできませんでしたものね。どうぞ、お掛けになって下さい」

 奥の二人が予備のパイプ椅子を持って来てくれた。


 「この仮設住宅での公開放送をご了承いただき、誠にありがとうございます。私は現在、国営放送を離れ、FMクレーヴェルの職員と協力者の方々と共にネモラリス島内を巡回して、移動放送を実施しております」

 「あぁ、クーデターで……大変でしたでしょう? 本局は、どうなったんですか?」

 「大勢の職員が戦闘に巻き込まれ、命を落としました。私は【跳躍】で逃れるだけで精いっぱいでした。被害の全容は不明です」


 自治会長は、一呼吸分の黙祷を捧げて質問した。

 「国営放送は、レーチカ支局に本局機能を移して放送を再開しましたよね? どうして有志で移動放送を?」

 「政府が、国民の皆様が欲する情報を放送させてくれないからです。……例えば、難民キャンプの様子ですとか、国外でのネモラリス共和国に関するニュース、物価や営業案内などの生活情報の(たぐい)です」

 「そう言われてみれば……ありませんね」

 自治会長の言葉に大半の仮設住民が頷き、隣の者と囁き合う。


 「移動放送車は、電波伝搬範囲が狭いので、放送圏内で取材を行って情報を集約、数日後に放送を行っています」

 「難民キャンプはアミトスチグマですよね?」

 「はい。湖南経済新聞社など、アミトスチグマの協力者から情報提供をいただいております。国内に留まるか、キャンプへ移動するか、判断の一助になりましたら幸いです」

 仮設住宅の人々が顔を見合わせ、ジョールチに何か聞きたそうな目を向ける。


 「クレーヴェルを出てずっと地方を回ってらっしゃるんですか?」

 「そうです。この辺りは、空襲の被害がなく、物価も比較的落ち着いていて、治安もいいのですが……大きな街では星の(しるべ)の自爆テロが度々発生しています」

 集会所の空気が凍った。


 自治会長が代表して質問する。

 「自治区民が、この島に渡って来たんですか?」

 「わかりません。テロリストが外国から侵入したのか、信仰を偽って元々住んでいたのか……首都はそれが元で、力なき民がキルクルス教徒であるとの疑いを向けられ、私刑が横行していました」

 「ひょっとしたら、テロの狙いは、住民に疑心暗鬼を植え付けることなんじゃないかって思うんです」

 レノが言うと、あちこちから息を呑む気配がし、数秒遅れでどよめきが耳を覆った。


 自治会長がぎこちない笑みを浮かべ、【編む葦切(ヨシキリ)】の徽章(きしょう)を掲げて住民たちに振り向いた。

 「ここは、ホラ、この作業がありますから……星の(しるべ)が呪符を作るなんてあり得ませんよ」

 一気に空気が緩んだ。


 自治会長がジョールチに向き直る。

 「オバーボク経由で、ミクランテラ島から材料を仕入れてもらってるんです」

 「ミクランテラ島?」

 聞いたことのない地名にレノが思わず聞き返すと、ジョールチが説明してくれた。

 「霊性の翼団の本部がある島です。ルブラ王国領ですが、この島でだけ、外国と取引があるんですよ。我が国では、オバーボク港から月に一往復だけ定期便が出ています」

 「それで、知り合いが、ネモラリスの新聞一カ月分と交換で、呪符の素材を送ってくれるんです」

 「そうだったんですか」

 レノは、魔法使いの意外な繋がりに感心した。

 ルブラ王国を含むラキュス湖北地方の七王国は、いずれも鎖国政策を敷いている。ルブラ王国と取引できるとは、全く想像もつかなかった。


 ……湖北地方の人も、この戦争が気になるってコトだよな。新聞読んで、どう動くかわかんないけど。


 「ペルシーク市には、ネミュス解放軍の支部があるので、爆弾テロなど大きな動きはありませんでしたが、密かにキルクルス教の教えを広める勢力が活動していました」

 「この島で、キルクルス教の布教活動を?」

 自治会長が大地の色の瞳を丸くした。

 「そうです。祈りの(ことば)を改変して、励ましの言葉やボランティアのスローガンなどに混ぜて広めています。励みになって心地良い言葉なので、聞いた人が知らずに広めてしまうので、それを口にした人自身が、自治区外に潜むキルクルス教徒だとは限らないのが厄介です」

 「湖の民のボランティアの人も言ってたんで、かなり広まってる感じでした。この街は、どうですか?」

 レノが聞くと、自治会長と仮設住宅の住民は首を傾げた。

 「キルクルス教の祈りの(ことば)を知らないので、わかりません。ご存知ですか?」

 「先にお伺いした葬儀屋さんなどに教えてもらいました。彼は長命人種で、内乱以前に仕事柄、知る機会があったようです」


 ジョールチは背広の内ポケットから手帳を取り出し、スローガンと本来の聖句を並べて読み上げた。

 何人かがハッとする。


 「どれかひとつでも聞いたことある人、手を挙げて下さい」

 レノの呼び掛けにパラパラ手が挙がった。

 ジョールチが、他所と同じ注意を与える。

 「先程も申し上げましたが、これを口にする人は、必ずしもキルクルス教徒ではありません。知らずに広めている方が大半です。もし、耳にしても何もなさらないで下さい」

 住民たちから、驚きの声が上がった。


 自治会長の質問でどよめきが鎮まる。

 「でも、聞いてしまった以上、何もしないでいるのは難しいですよ。何かできることはありませんか?」

 「皆様ご自身がそれを口にしないこと。言った人を否定しないこと。それを口するのを禁止しないこと。キルクルス教徒の聖句だと教えないこと。誰が言っていて、その人が誰から聞いたのか記録すること、この五点ですね」

 「記録はわかりますが、教えるのも禁止するのもダメなんですか?」

 自治会長が【編む葦切(ヨシキリ)】学派の徽章を握り、もどかしそうに聞く。ジョールチは頷いて一同を見回して答えた。

 「存在に気付かれ、布教を禁止されたら、キルクルス教徒がどう動くかわかりません」


 「最悪、自爆テロをやらかすかもしれんよな」

 白髪混じりのおじさんが呟いた声は、思いの外、集会所に大きく響いた。


 知りたくなかったと言いたげに凍りついた空気をジョールチのよく通る声が動かす。

 「誰からどう、その言葉が伝わったのかと言う情報は、すぐに活用できるものではありませんが、非常に重要です。決して無理に聞き出したりせず、誰が、いつ言っていたかだけ」

 「私の所に集めればいいのね。ひょっとして、ドサ回りの放送は建前で、これが一番の目的なんですか?」

 自治会長は先回りして了承してくれたが、ジョールチに向ける眼差しは厳しい。


 ……情報収集してんのがバレたら、自治会長さんも危ないもんなぁ。


 だが、住民の幾人かは、既にやる気を見せている。

 「我々がこの情報を得たのも、最近なのですよ。この情報を集めてどうするのか、詳しいことも教えられていません」

 「えぇっ?」

 「皆様は、心地良い言葉に流されず、心に留めて、何もしないで下さるだけで結構です。決してご無理をなさいませんよう」

 「ジョールチさんたちが居る間だけでいいのかい?」

 黒髪のおばさんが聞く。

 「可能なら、続けていただきたいのですが、無理にとは申しません。ヤーブラカ市内で場所を変えて数回、放送しますので、短くとも半月くらいは滞在する予定です。他所へ移る時には、またご挨拶に上がりますので、よろしくお願いします」


 困惑と決意が入り乱れる中、二人は歌詞を一揃い渡して仮設住宅を後にした。


 挿絵(By みてみん)

☆ミクランテラ島……「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説16.国々 チヌカルクル・ノチウ大陸」ルブラ王国の項目参照

☆祈りの詞を改変して、励ましの言葉やボランティアのスローガンなどに混ぜて広めています/スローガンと本来の聖句……「773.活動の合言葉」参照

☆我々がこの情報を得たのも、最近なのです……「806.惑わせる情報」~「808.散らばる拠点」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ