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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0087.今夜の見張り

 湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナが、星の道義勇兵メドヴェージを魔法で癒す。例の暢気(のんき)な歌ではなく、仰々(ぎょうぎょう)しい雰囲気の呪文だ。詠唱を終えると、メドヴェージの左腕から添え木代わりの教科書を外した。骨折を癒したらしい。


 メドヴェージが、解放された腕をおっかなびっくり動かし、満面の笑みで緑髪の魔女アウェッラーナに礼を言った。


 ラジオの持ち主ローク少年は先に癒され、パン屋の青年レノと一緒に夕飯の準備中だ。命懸けで獲った魚を急拵(きゅうごしら)えの(かまど)に並べる。

 運河から離れる間際、少年兵モーフはロークに言われ、散らばった水筒を拾い集めた。先程、本来の持ち主に渡したばかりだ。幸い、ひとつも壊れなかった。


 工員クルィーロが、魔法で(おこ)した火で魚を焼く。炎も煙も匂いも、炭で引いただけの線から全く漏れない。

 モーフにはどう言う仕組みなのか、さっぱりわからない。だが、魔法が使えれば便利だと言うことだけはわかった。


 また、あの旨い焼魚を食べられる。


 工員クルィーロは、戦ったことがないのだろう。

 あの状況で、全く戦闘に加わらず、妹たちが悲鳴を上げてようやく動いた。


 ……ま、誰にでも、できることとできねぇことがあらぁな。


 少年兵モーフは、クルィーロを責める気にはなれなかった。

 自分も、アウェッラーナとクルィーロが居なければ、焼魚にありつけない。


 ……お互いサマって奴だな。


 クルィーロの妹を助けたことで、恩を売ろうかとも思ったが、思い留まった。逆に、水や魚のことで恩を着せられるのがオチだ。

 戦い方を知らないとは言え、相手は魔法使いだ。力なき民のモーフたちには、()が悪い。



 アマナが水筒のコップに水を注いだ。

 モーフは、金髪の少女が飲むと思ったが、違った。兄クルィーロが呪文を唱え、その水を起ち上げてみんなの手と顔を洗った。


 すっきりした気持ちで、夕飯を食べる。


 モーフは、あんな目に遭った直後で、食事が喉を通るのかと非戦闘員たちが心配になった。

 見ると、空腹感が勝ったのか、みんな魚に(かじ)りつく。

 モーフは心の片隅で、余ると勿体(もったい)ないので、残りは自分が食べてやるつもりでいた。アテが外れ、がっかりしたような、安心したような複雑な気持ちで自分の分を平らげる。



 食後、パン屋のレノが、ポツリと呟いた。

 「折角、生き残りに会えたのに、悪者じゃダメだよなぁ」

 吐き出された声は、少し震えていた。


 真冬の運河だ。

 今頃は、冷たい水か、魔物が連中を始末しただろう。

 後腐れはなくなったが、奴らがどこで、どんな手段で生き延びたのか、他に仲間は居るのかなど、永遠に聞き出せなくなってしまった。


 「今夜の見張りは、三交代にしよう」

 ソルニャーク隊長の提案に、異論は出なかった。

 「順番、どうします?」

 パン屋のレノがみんなの顔を見回す。


 (かまど)に立て掛けた鉄筋の【灯】が、十人をぼんやり照らした。

 もし、さっきみたいな悪者がその辺に居れば、この【灯】を目指してやって来るだろう。工場の灯に集まる蛾のように。

 だが、照明なしで見張りをするのは、辛いものがある。


 誰も何も言わない。

 再び、ソルニャーク隊長が提案する。

 「昨夜同様、魔法使いの二人は見張りに参加せず、ゆっくり休んで欲しい」

 「……それは、何か申し訳ないなぁ」

 魔法使いの工員クルィーロが、金髪の後頭部を()く。

 「問題なく魔法を使えるように、充分な休息を取ることは、仕事とでも思ってくれないか?」

 「え……あ、うーん、そう、ですか?」

 「……そう、ですよね」

 ソルニャーク隊長に言われ、魔法使い二人は申し訳なさそうに頷いた。


 兄と同じ金髪の少女アマナが、作業服の(そで)をぎゅっと掴む。

 「子供も、寝るのが仕事だ」

 隊長の言葉で、アマナが兄の顔を見上げる。クルィーロは妹の金色の髪を()で、小さく頷いてみせた。


 「トタン、もう一個拾ってきたから、洗って立て掛けりゃ、もう二、三人寝られるさ」

 少年兵モーフは、トタン板を置いた場所に目を向けた。


 燃え残りのトタンに雑妖が(たか)る。

 トタンの上で飛び跳ねるモノ、舐めるように這い回るモノ、波打つ動きで周囲を回るモノ……【灯】の圏外でも、霊視力を持つ者なら誰にでも、この穢れた存在の姿は視えた。

 闇の中で、形の(さだ)かでないモノたちが(うごめ)く様子だけが、はっきり浮かび上がって視えるのだ。


 「ピナちゃん、アマナを頼む。……アマナ、水筒、貸してくれ」

 クルィーロが立ち上がり、暗がりに足を踏み入れた。

 石コロに【灯】を掛け、トタン板に近付く。雑妖は眩しいのか、【灯】の範囲から潮が引くように逃れた。


 モーフらが見守る中、クルィーロは水筒の水を起ち上げ、トタン板を洗う。

 魔法の光を受けて輝く水が、あっという間に黒く(にご)った。クルィーロが水から汚れを抜きとり、闇の中に捨てる。汚れが落ちた辺りに雑妖が群がった。

 少年兵モーフは、油断なく周囲に気を配り、何かあればすぐ動けるように身構える。

 パン屋のレノが駆け寄り、トタンの運搬を手伝った。


 二人が無事、野営地に戻ると、誰からともなく溜め息が漏れた。

 三枚目のトタンも、他の二枚同様、壁に立て掛け、風除(かぜよ)けにする。これなら、大人でも五、六人は横になれるだろう。



 「さぁて、見張りの順番だ。戦力は分散させた方がいい。我々三人は、時間帯をずらして別々に休む」

 「戦力の分散……か。じゃあ、俺とモーフ君、メドヴェージさんとローク君、隊長さんは一人……?」

 ソルニャーク隊長の提案を受け、レノが各人の目を見ながら言った。

 「私も見張ります」

 ピナが小さく手を挙げ、きっぱり言った。

 その目はソルニャーク隊長に注がれる。隊長は、兄のレノとピナ本人を見て、頷いた。

 「では、私と組んでもらおう」

☆例の暢気な歌……「0038.ついでに治療」参照

☆あの旨い焼魚……「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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