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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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848.ヤーブラカ市

 移動販売店プラエテルミッサは、ネミュス解放軍の庇護の下、ペルシーク市での臨時放送を無事に終えられた。

 レノは内心、複雑だったが、背に腹は代えられない。生き残らなくては、妹たちを母に会わせてあげられないのだ。


 国営放送のジョールチが関わっている件については、何も言われずに済んだ。ペルシーク支部に行ったクルィーロとDJレーフが、上手いこと誤魔化してくれたのだろう。


 ネミュス解放軍のパトロールとレノたちの報道の後、呪符泥棒は鳴りを潜めた。

 「ほとぼりが冷めたら、また動き出すかもしれん。君らも気を付けるんだぞ」

 「はい。ありがとうございます」

 「お世話になりました」

 ネミュス解放軍の支部長たちに見送られ、移動販売店プラエテルミッサの一行はペルシーク市を後にした。



 風がぬるみ、木々の芽が膨らみ始めた。

 三月初旬の今は、更に東へ進み、ヤーブラカ市の南門付近に居る。


 雪が降らなくなって移動が楽になり、食生活も楽になってきた。

 薬師(くすし)アウェッラーナの兄アビエースが、行く先々の漁協と交渉して少し漁をさせてもらい、食事に魚が増えている。


 クルィーロは、彼から布袋で魚を獲る呪文を教わり、陸地で練習を重ねていた。まだ「危ないから」と、実際に湖上で漁をするのは禁止されている。レノは、幼馴染から苦笑交じりに打ち明けられ、曖昧に笑ったが、クルィーロが羨ましかった。


 ……そろそろ備蓄の小麦粉とドングリもなくなるし、炭水化物を何とかして手に入れないとなぁ。


 気持ちを切替え、レノでも何とかなりそうな問題について考える。

 千年茸(センネンタケ)と交換でもらった宝石は、まだまだたくさん残っているが、一箇所で大量に買って地元民の暮らしを(おびや)かす真似はしたくなかった。小麦の収穫期まで、まだ三カ月近くある。これからが、一番苦しい時期なのだ。


 ……この辺はともかく、ネーニア島は農家も酷くやられてたし。


 今年の生産はかなり厳しいものになるだろう。

 ヤーブラカ市の周辺は麦畑が多いらしく、見渡す限り、青々としている。麦畑のずっと向こうに集落が点在し、朝靄に霞んでぼんやり佇んでいた。


 「この辺りは……薪を手に入れられそうにないな」

 ソルニャーク隊長が呟く。

 食事の用意は【炉】の術でできるが、朝晩の冷え込みは、範囲指定の円から熱が漏れない術では凌げない。

 「焚火ができないなら、街の公園に停めさせてもらえると有難いですね。外よりも、魔物や魔獣の心配が少ないですから」

 老漁師アビエースが暢気(のんき)に言う。


 レノは、店長として首を振った。

 「ここにも星の(しるべ)の支部があるそうなんで……」

 アビエースは息を飲み、妹を見る。薬師(くすし)アウェッラーナは兄に頷いてみせ、ソルニャーク隊長に曇った顔を向けた。


 国営放送のイベントトラックとFMのワゴンは、ヤーブラカ市の防壁から少し離れた遊休地に停めている。ここの香草や食べられる野草は、まだ芽吹いたばかりで、摘むには早かった。

 ソルニャーク隊長が、農道の両脇に広がる麦畑を見回し、春霞の向こうの集落に目を細める。

 「この辺りは平野だ。ワゴンで集落の様子を見て、村に停めさせてもらえそうなら、それがいいだろう」

 「放送はどうするんです?」

 FMクレーヴェルのDJレーフが、真東に続く農道の先に視線を投げて聞く。【魔除け】の(いしぶみ)が点々と建つ砂利道は、四トントラックでもギリギリ通れそうに見えた。

 アスファルトで舗装された南東の道は、幌付きの軽トラが農村とヤーブラカ市を忙しなく往復する。朝市用に春野菜を卸し、魚を仕入れて帰るのだろう。


 ヤーブラカは、ヴィナグラートやペルシークよりずっと小さな街だが、葬儀屋アゴーニが持ち帰った情報によると、ここにも星の(しるべ)が入り込んでいた。


 レノは寒気がしたが、妹やみんなをこれ以上怖がらせないよう、プラエテルミッサの店長として言った。

 「街の周りの様子を見て、こんな感じの空き地があったら、放送する時だけそこに停めて、後は、村に停めさせてもらえるんなら、その方がいいでしょうね」

 「そうですね。では、まず周辺の状況確認と情報収集をしましょう」

 アナウンサーのジョールチが同意した。

 魔法使いたちは、誰が誰と組んでどの方向に行き、誰がここに残ってみんなを守るか、相談を始める。


 これまで通ってきたウーガリ山脈以北の土地では、人口が多く人の出入りがある都市部には、陸の民も住み、隠れキルクルス教徒が紛れ込んでいたが、小さな漁村や農村には、先祖代々住む湖の民しか居なかった。

 村にはキルクルス教徒のテロ組織“星の(しるべ)”が入り込む余地はないが、逆に、陸の民が多い移動販売店プラエテルミッサが、不審な他所者として排除される可能性がある。


 これまで何とかなっていたのは、国営放送アナウンサーのジョールチのお陰だ。ネモラリス人の大半が知る彼の声がなければ、プラエテルミッサの臨時放送は、信用してもらえなかっただろう。



 地図とにらめっこして、相談がまとまった。

 今回は、老漁師アビエースと薬師(くすし)アウェッラーナの兄妹がトラックに残る。

 DJレーフは、ソルニャーク隊長と共にFMクレーヴェルのワゴンで真東の村へ足を伸ばす。クルィーロは防壁沿いに一人で【跳躍】を繰り返し、放送に使えそうな遊休地の有無を見て回る。アナウンサーのジョールチは、パドールリクと二人で南東の集落を調べに行き、レノは葬儀屋アゴーニと二人で北東の村へ様子を見に行くと決まった。


 「道が細くて行けない村は、放送できないから、歌詞だけでも持ってった方がいいんじゃない?」

 ピナがレノの袖を引き、ティスとアマナが荷台から封筒の束を抱えて降りてきた。

 「お兄ちゃん、これ、四曲セット」

 「いっぱい書いたの」

 「四曲? 三曲じゃなくて?」

 レノが聞くと、女の子三人は同時に頷き、ピナが曲名を並べた。

 共和制移行百周年記念の「すべて ひとしい ひとつの花」、それと同じ旋律を別の歌詞で歌うアサエート村の里謡「女神の涙」、国民健康体操の替え歌「みんなで歌おう」、四曲目は天気予報のBGM「この大空をみつめて」だ。


 アマナが背筋を伸ばして、調査へ行く大人たちに言う。

 「この間、お留守番してた時に、お歌と歌詞を駐車場代にしてもらえないかなって、みんなで言ってたの」

 「あー……言われてみりゃ、ちっこい村はニュースよりも歌の方を喜んでたな」

 葬儀屋アゴーニが腕組みして大袈裟に頷く。

 運転手のメドヴェージが、ニヤリと笑った。

 「停めさせてくれりゃ、可愛い女の子が歌ってくれますヨってのか?」

 「そんなんじゃねぇッ!」

 少年兵モーフが、すかさずメドヴェージの背中をどやす。


 薬師アウェッラーナが、咳払いして提案した。

 「村で【癒しの風】を歌いますって言った方が、お互い助かりそうですね」

 その一言で一同がハッとする。話が決まり、それぞれの方向に出発した。



 レノとアゴーニが行く北東の道は、徒歩と荷車しか通れなさそうな土の道だ。

 「先がどうなってるかわかんねぇ。下手に【跳躍】して、畑を踏んづけちゃ悪いからな」

 朝靄(あさもや)に包まれた道を並んで歩く。

 (わだち)の間に草が萌え、朝露に輝いていた。

 時々、腰の高さの【魔除け】の石碑があるだけで、通行人には行き会わないが、道も畑もよく手入れされていた。


 挿絵(By みてみん)

☆呪符泥棒……「820.連続窃盗事件」「831.解放軍の兵士」~「833.支部長と交渉」参照

☆布袋で魚を獲る呪文……「045.美味しい焼魚」参照

☆千年茸と交換でもらった宝石……「564.行き先別分配」「565.欲のない人々」「571.宝石を分ける」参照

☆ネーニア島は農家も酷くやられてた……「759.外からの報道」、「757.防空網の突破」「758.最前線の攻防」参照

☆葬儀屋アゴーニが持ち帰った情報……「808.散らばる拠点」参照

☆ネモラリス人の大半が知る彼の声……「660.ワゴンを移動」「661.伝えたいこと」参照。ジョールチは、声だけ第一章から登場していた。ラジオのニュースは大半がジョールチの声。

☆共和制移行百周年記念の「すべて ひとしい ひとつの花」……「774.詩人が加わる」参照

☆それと同じ旋律を別の歌詞で歌うアサエート村の里謡「女神の涙」……「531.その歌を心に」参照

☆国民健康体操の替え歌「みんなで歌おう」……「275.みつかった歌」参照

☆天気予報のBGM「この大空をみつめて」……「170.天気予報の歌」参照

☆ちっこい村はニュースよりも歌の方を喜んでた……「830.小村での放送」参照

☆村で【癒しの風】を歌いますって言った方が、お互い助かりそう……「741.双方の警戒心」参照。呪文は「348.詩の募集開始」「349.呪歌癒しの風」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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