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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十一章 波紋

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868/3506

847.引受けた依頼

 予定通り、一月十日は薬草の葉を摘んだ。

 翌日、ゲンティウスの呪符屋に顔を出した。

 スキーヌムには、呪符屋を手伝うか否か聞いていない。


 「あけましておめでとうござ……」

 ロークは店の扉を開けた瞬間、口から心臓が飛び出しそうになった。向こうも、緑の目を見開いて息を飲む。


 時が止まったような空気をスキーヌムの質問が動かした。

 「ロークさん、どうしたんですか?」

 「坊やたち、初めまして。事情はゲンティウスから聞かせてもらったわ。私が運び屋のフィアールカよ。私の仕事を手伝ってくれたら、この街に居る間ずっと宿代出したげるけど、どう?」

 ロークが口を開くより先に、湖の民の女性が、隅のテーブル席からにこやかに声を掛けた。


 呪符屋の店主が、カウンターの中でお茶の用意を始める。

 「あけましておめでとう。まぁ、座れや」

 「おめでとうございます」


 ロークは気を取り直し、戸口からテーブルに向かう数歩で目紛(めまぐる)しく考えを巡らせる。どうするのが最良なのか。

 この場を繕うのではなく、自分たちの為だけでもない。ラキュス湖地方全体に平和を取り戻す為に、今、どうすればいいのか。


 緑色の瞳を正面から見て挨拶した。


 「運び屋さん、初めまして。俺はロークって言います。仕事って何ですか? 力なき民なんで、大したコトできないんですけど」

 「ウチも暇じゃねぇんだからな。二人とも横取りすんのは勘弁してくれよ」

 呪符屋のゲンティウスが早速、スキーヌムにお茶を運ばせる。

 運び屋フィアールカは、肩を(すく)めただけで何も言わなかった。


 二人が座ると、フィアールカはタブレット端末をバッグに仕舞って言った。

 「力なき民の方がいいの。アーテル本土の情報収集だから」

 「どんな情報を集めるんですか?」

 ロークが質問する隣で、スキーヌムが身を強張らせる気配がした。


 「基地に侵入して軍事機密を盗んで来いなんて言わないから、安心して。本土の街と一般市民の様子を観察して欲しいの」

 「街と一般人、ですか?」

 漠然とし過ぎている。

 フィアールカはにっこり笑った。

 「引受けてくれるんなら、詳しく話すわ。別に危ないコトしろってワケじゃないし、悪い話じゃないでしょ」

 「そ……そんな簡単な仕事に、どうして大金を出すんですか?」

 スキーヌムが震える声で質問を絞り出した。

 運び屋フィアールカが、肩に掛かる深緑色の髪を手櫛で()いて答える。

 「あなたたちには簡単でも、私じゃ本土の街には行けないのよ」

 「あッ……」

 スキーヌムが(うつむ)く。


 「断る理由はないんですけど、俺たち、ルフスから家出してきたんで、連れ戻されちゃうかもしれないんです」

 「さっき聞いたわ。引受けてくれるんなら、三日後に【化粧の首飾り】を用意するけど、どう?」

 「何ですか、それ?」

 「あら、知らない? 【(いつわ)郭公(カッコウ)】学派の【化粧】の術が掛かったアクセサリーよ。私が用意するのは身に着けてる間、別人の顔になる首飾りよ。首に()げたら、服の中に隠してね」

 「別人になれるんですか?」

 ロークは驚いた。


 ……詐欺師御用達アイテムじゃないか。犯罪者の逃亡用とか。ロクなもんじゃないな。


 「髪と肌の色も少しだけ変えられるけど、せいぜい、茶髪が暗い金髪になる程度ね。人種や性別、年齢までは偽れないから、私じゃムリなのよ」

 「わかりました。俺、やります。スキーヌム君、どうします?」

 「ぼ、僕は、お店のお手伝いを……」

 神学校の優等生は、上目遣いに二人を窺う。


 状況に流されて、自ら魔法使いの手伝いを申し出たが、果たして、ことの重大性に気付いているのか。


 「よっしゃ。スキーヌムとか言ったな。お茶飲んだらこっち来てくれ」

 「は、はいッ!」

 湖の民のおっさんに呼ばれ、スキーヌムが定規を入れられたように背筋を伸ばした。呪符屋のゲンティウスが苦笑する。

 「なぁに、こっちも別に難しいこっちゃない。俺が奥で呪符作ってる間、お茶出して客の相手してくれりゃいい」

 「お茶……」

 「交換品でもらったカセットコンロがある。コンロは使えるよな?」

 「頑張ります」


 ……使ったことないのか。料理もしたコトなさそうだし、お茶淹れるのも初めてだったりしないか?


 ロークは少し不安になったが、口を挟まず、ポケットから手帳を取り出した。

 「ネモラリスに戻ったら、復興の参考にしようと思って、ルフスの様子をメモしてたんですけど、こんな感じでいいですか?」

 「ちょっと見せてくれる?」


 スキーヌムは、フィアールカが手帳を読む間にまだ少し熱いお茶を飲み干した。空のカップを持ってカウンターに引っ込み、店主にあれこれ質問してお茶の淹れ方を教わる。


 ロークは、スキーヌムがこちらに背を向けた隙を見て、別の手帳とノートをフィアールカに渡した。運び屋がパラパラ(めく)り、緑の目を見開く。ロークは最初の一冊を返してもらい、余白にペンで走り書きした。



 これを渡したくて、ここに来ました。

 伏せてることもあるので、内緒にして下さい。



 フィアールカが頷いて、バッグからタブレット端末を取り出した。無言でつついてロークに向ける。



 そんなことだろうと思ったわ。

 初対面のフリで通したげるから、ボロ出すんじゃないわよ。



 ロークが深く頷くと、フィアールカは何事もなかったように言った。

 「この手帳、もらっちゃっていい? 勿論(もちろん)、情報料は別に払うけど」

 「後で返して下さるんなら」

 「いいわ。写しを取ったら返したげる。中身の値打ちはじっくり読んでみないとわからないけど、手間賃として……そうね。あなたたち、年末からここに居るんだったわね?」

 「はい」

 「支払い済みの宿泊費、埋めてあげる。幾らだった?」


 精算は十日毎で、今回は全額、スキーヌムが現金で払ってくれた。「参考書代」としては有り得ない金額だが、彼の口からは、まだその事情を聞いていない。

 金額を告げると「こんなもんかしらね」と小さな瑪瑙(めのう)を三粒くれた。


 「そっちの坊主も、素材の調合を手伝ってくれると助かるんだがなぁ」

 ゲンティウスに声を掛けられ、フィアールカが答える。

 「バス代とか、必要経費は【化粧の首飾り】と一緒に渡すけど、別に毎日行く必要はないわ」

 「じゃあ、週の前半はウチで働いて、後半は本土に出て、日曜は休みってコトでどうだ?」

 「はい。ありがとうございます。その方が助かります」

 「じゃあ、次は三日後。毎月、月末には顔を出すようにするから、情報の日付、忘れずに書いてね」

 「はい、気を付けます」

 運び屋フィアールカは、ロークのイイお返事に満足げに頷いて席を立った。


 「新年の挨拶だけのつもりだったんだけど、助かったわ。今年もよろしくね」

 「あぁ、こっちこそ、よろしく頼むぞ」

 湖の民二人は気安く笑顔を交わした。



 そんな訳で、ロークとスキーヌムは二月の今に到るまで、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに居る。


 丸一年が過ぎても、アーテルが仕掛けた戦争は、終わる(きざ)しが見えなかった。

 対岸のイグニカーンス基地を皮切りに、アーテル本土の基地が相次いで破壊されたが、アーテル人の戦意は挫けるどころか、ますます激しくなった。


 あの丘からイグニカーンス基地を見下ろしたが、警備員オリョールたちのネモラリス憂撃隊とは桁違いの破壊力だ。

 ネモラリスの政府軍が動いたのかもしれないが、アーテル領内では、基地が破壊されたと言う報道はなかった。新聞の隅っこに、武器庫で火災が起きた、暴発事故があった、云々と小さな記事が載ったが、ロークがあの丘から見た破壊の痕跡は、とてもそうは思えない惨状だ。


 フィアールカが、「政府やマスコミが加工してない生の情報と、庶民の世論が欲しいの」と言った理由がよくわかった。


 挿絵(By みてみん)

☆【化粧の首飾り】/【偽る郭公】学派の【化粧】の術が掛かったアクセサリー……「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説08.道具」参照。

 「彷徨う香炉(https://ncode.syosetu.com/n4668dj/)」に登場したシロアリ盗賊団も使用。


☆ルフスの様子をメモしてた……「763.出掛ける前に」~「766.熱狂する民衆」参照

☆別の手帳とノート……「691.議員のお屋敷」~「696.情報を集める」、「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」参照

☆「参考書代」としては有り得ない金額……「843.優等生の家出」参照

☆ロークとスキーヌムは二月の今に到るまで、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに居る……「841.あの島に渡る」参照

☆アーテル本土の基地が相次いで破壊された……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」、「836.ルフスの廃屋」参照

☆あの丘……「809.変質した信仰」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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