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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
86/3486

0086.名前も知らぬ

 遠くから灯がひとつ、近付いてくる。バイクにしては、速度が遅く位置が高い。自転車のライトにしては位置が高かった。


 人が持ち、頭上に掲げた灯だ。懐中電灯か。それとも、術の【灯】か。

 新手の暴漢なら、勝ち目はない。

 孤軍奮闘してくれるテロリストも、流石(さすが)に魔法使いが相手では無理だろう。


 暴漢の一人が小声で言った。

 「灯だ。こっちに来る」

 全員が動きを止め、接近する者を警戒する。

 パン屋の青年が、倒れたまま叫んだ。


 「クルィーロッ!」


 それが、工員の呼称らしい。青いツナギの青年が持つ【灯】が近付くと、彼らを遠巻きにする雑妖が離れた。

 「その湖の民は、癒し手だ。手を出せばどうなるか、知っているだろう?」

 テロリストの隊長が、何でもないような調子で警告する。

 暴漢たちはそれにも無反応だった。



 アウェッラーナは、そんな経緯でテロリストに助けられたことに複雑な思いを抱いた。それでも、野営地に戻ってすぐ、人として最低限の礼儀として感謝の言葉を口にした。

 「なぁに。いいってことよ」

 「アンタに何かあったら、色々困るからな」

 年配のテロリストと少年兵が、屈託なく笑う。


 隊長は、静かな声で言った。

 「あなた方はイヤだろうが、今、我々は共に行動している。一時的とはいえ、仲間だからな」

 ラジオの持ち主が、小さく(うなず)く。

 工員が微笑み返した。

 「そうだよな。みんなで助け合ってるんだよな。名前も知らないのに」


 少し考え、青いツナギの魔法使いは、力強く宣言するように名乗った。

 「俺の呼称は『クルィーロ』だ。流石に真名(まな)は教えらんないけど、仲間なのに呼称も知らないってのは、不便だよな」

 「アマナ」

 魔法使いの工員クルィーロの妹も自分を指差し、はっきりと名乗った。続いて、エプロンの青年も呼称を告げる。

 「椿屋って言うパン屋の長男、レノです。店、再建できればいいんですけどね」

 「椿屋の長女、ピナティフィダです」

 「椿屋の末っ子のエランティスです」

 中学生と小学生の妹も、兄に(なら)って呼称で名乗った。


 ラジオの持ち主が、まだ()れの残る顔で言う。

 「ロークです。セリェブロー区に住んでて、友達んちの様子を見にミエーチ区へ行ってたんで、色々持ってるんです。こんなコトになるなんて、思ってませんでしたけど……」


 「アガート病院の薬師(くすし)、アウェッラーナです。【思考する(フクロウ)】と【青き片翼(かたよく)】が少し使えます。実家が漁師なので、【霊性の(ハト)】の他に、【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】の術も使えます」

 湖の民アウェッラーナが自己紹介すると、金髪の工員クルィーロが思い出したように言い添えた。

 「あ、俺も一応、魔法使いなんですけど、修行サボってたんで、【霊性の(ハト)】もちょっとしか使えません」

 「私は魔力がないから、何もできません」

 妹のアマナが申し訳なさそうに(うつむ)く。


 テロリストの隊長が、アマナに優しく声を掛けた。

 「魔法使いは二人だけか。我々も魔法は使えないから、気にしなくていい」

 改めてみんなの顔を見回し、名乗る。

 「私は、星の道義勇軍の第三小隊長ソルニャークだ。軍とは言っても、自治区の正規軍ではなく、キルクルス教徒の信者団体だ」

 「俺は、メドヴェージとでも呼んでくれ。真名なんだか、呼称なんだかわからんが、親にはそう呼ばれてた。自治区民だが、前はトラックの運転手で、グリャージ区の工場地帯なら知ってんだ。兄ちゃん、えーっと……」

 「クルィーロです」

 年配のテロリストに聞かれ、金髪の工員はもう一度、呼称を名乗った。


 「兄ちゃん、どこの工場だ?」

 運転手は覚えられなかったのか、青いツナギ姿に顔を向けて聞いた。人懐こい笑顔につられたのか、クルィーロの頬も緩む。

 「ジョールトイ機械工業です。音響機器の組立てとかしてました」

 「あぁ、ジョールトイ工業さんか。こっちの工場の部品、運んだことあるぞ」

 「あ、そうなんですか。意外と接点あるもんなんですね」

 あるかなきかの縁を見出し、(うなず)き合う。


 アウェッラーナには意外だった。

 自治区は半独立区で、経済的にも隔離状態だと思っていた。


 「俺、みんなにモーフって呼ばれてるッス。真名かどうか知らねぇけど。あっちこっちの工場で下働きしてたから、俺が手伝った部品、兄ちゃんとこにも行ってたかもな」

 最後に少年兵が名乗った。



 テロ行為の実行者と、その対象者。

 一神教のキルクルス教徒と、多神教のフラクシヌス教徒。

 社会人と、学生と、テロリスト。

 間接的な弾圧者と、その被害者。

 自治区の住民と、その外の住民。

 力ある民と、力なき民。

 湖の民と、陸の民。


 何もかもが異なる十人が、改めて仲間になった。

☆そんな経緯でテロリストに助けられた……「083.敵となるもの」参照

☆セリェブロー区に住んでて、友達んちの様子を見にミエーチ区へ……かなり嘘「0034.高校生の嘆き」~「0036.義勇軍の計画」「0042.今後の作戦に」「0048.決意と実行と」「0052.隠れ家に突入」「0055.山積みの号外」参照

☆自治区民だが、前はトラックの運転手……「0017.かつての患者」参照

☆ジョールトイ機械工業……「0069.心掛けの護り」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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