837.憂撃隊と交渉
ネモラリス憂撃隊は、組織を大きくし過ぎたのかもしれない。
アクイロー基地襲撃で、あの人懐こいゲリラの何人が復讐を遂げ、その後も生き延びただろう。
ラズートチク少尉が北ザカート市で接触した時、魔装兵ルベルは、魔哮砲と共に地下街チェルノクニージニクの宿に残され、【花の耳】で少尉とゲリラの会話に聞き耳を立てた。
ルベルの【索敵】の眼が、去年みつけた廃墟にぽつんと残る雑居ビルを捉える。
「私は、ネモラリス陸軍情報部少尉だ。密偵とでも呼んでくれ」
「政府軍のスパイが何の用だ?」
「シルヴァと言うご婦人が、代表者に連絡した筈だが?」
雑居ビルの玄関先で堂々と名乗った少尉は、剣呑な声にも動じることなく、改めて用件を伝える。
「諸君ら、ネモラリス憂撃隊の活躍は、我々の方でも把握している。アクイロー基地の破壊、武器や食糧などの奪取による攪乱、見事としか言いようがない」
正規軍の少尉から褒められ、ゲリラたちが戸惑う。
「本日は、その作戦を指揮した方に話があって参った」
「アクイロー基地……?」
「指揮官って誰がやったんだ?」
様々な髪色のゲリラたちが顔を見合わせる。
先程の戸惑いの理由がわかり、魔装兵ルベルは不安になった。
ラズートチク少尉は、一旦、ザカート港に駐屯する防空艦ノモスに跳び、着替えと報告を済ませてからここに来た。
軍服と階級章で、正規軍の少尉なのは信じてくれたようだが、歓迎されているようには見えない。
警備員の制服を着た湖の民が、前に出て片手を水平に上げると、ゲリラたちが黙った。警備員の胸で【急降下する鷲】学派の徽章が揺れる。
「この人たちは、最近入ったばかりだから、夏のことは知らないんですよ。シルヴァさんから少し聞きましたけど、正規軍がウチのリーダーに会って、どうするんですか?」
「連絡係のご婦人に伝えた通りだ。挨拶も兼ねて、今後のことを……」
「今頃のこのこ来やがって!」
新入りたちが気色ばむ。
緑髪の警備員が振り向くと、バツの悪そうな顔をして一歩下がった。
たった一人で武闘派ゲリラの拠点に乗り込んだ職業軍人は、顔色ひとつ変えずに告げる。
「ようやく、アーテル本土を叩く準備が整った。諸君らが武器を奪った直後、イグニカーンス基地がどうなったか、知っていよう?」
ゲリラたちの顔色が変わる。
自動小銃を肩に掛け、普通の冬服の上からタクティカルベストを着けた男たちは、少尉を上から下まで舐めるように見た。
湖の民の警備員が顔だけ向けて言う。
「クリューヴさん、予定通り訓練に連れて行って下さい。森の中は、徒歩十分以上、奥へは行かないように」
「了解」
クリューヴと呼ばれた陸の民が道路に出て手を振ると、武装したゲリラたちはぞろぞろついて行く。一人残った湖の民は、彼らの姿が瓦礫の向こうに消えるまで見送り、少尉を招じ入れた。
三階の一室に案内された。
事務机が二台あるだけの殺風景な部屋だ。
奥の席には、小柄な男性と警備員の制服を着た青年が着き、銃を分解整備する男たちは床に座る。湖の民が戸口から声を掛けると、十数人の男たちが武器の手入れを止めて顔を上げた。
ラズートチク少尉が型通りの挨拶に続いて用件を告げると、奥の机に座った警備員の青年が苦笑して首を横に振った。
「指揮官なんて居ない。あの時はみんなで作戦を考えて、役割でグループを分けて、それぞれにリーダーを置いたからな」
机上に並べた呪符を重ねる作業に戻る。
警備員の隣の席では【編む葦切】学派の徽章を提げた小柄な陸の民が、ノートを広げて何か書いていた。
「では、グループのリーダーと、作戦をまとめた方々は?」
「実動部隊のひとつは俺が率いたけど、他はもう居ないよ」
陸の民の警備員が眼を伏せた。過酷な戦いを思い出したのか、束ねた呪符に視線を落とし、手を止める。
少尉は、そうかと呟いて黙祷した。
「ラジオで声明を出したのは?」
「それも俺です」
「では、ネモラリス憂撃隊の代表者だな」
ラズートチク少尉が改めて名乗ると、陸の民の警備員は「オリョール」と、呼称だけを告げた。徽章は、湖の民の警備員と同じ魔法戦士の証【急降下する鷲】だ。
床で胡坐をかいて銃を分解していた男たちが、もぞもぞ動いて道を開ける。案内の警備員がオリョールの傍らに立ち、少尉は事務机の数歩手前で足を止めた。
「一昨日のイグニカーンス基地での手際、しかと拝見させてもらった」
「どこから見てたの?」
小柄な陸の民が、書き物の手を止めた。
「基地の敷地内だ。諸君らが引き揚げるのを待って、攻撃を開始した」
「そりゃどうも」
「つまり、正規軍の邪魔になるから、俺たちは出しゃばるな、と?」
警備員オリョールが、ラズートチク少尉を正面から見詰める。
「流石に察しがいいな。だが、少し違う」
「何だよ、勿体つけてねぇでさっさと言えよ」
「こちとら暇じゃねぇんだ!」
床に座った男たちが苛立ちの声を上げる。
湖の民の警備員が視線を巡らせると、煮え湯に冷水を注いだように鎮まった。
少尉は、何事もなかったかのように話を続ける。
「知っての通り、広範囲を一気に叩く攻撃だ。諸君ら、国難を憂い、命を賭して戦ってくれる義勇兵を巻き添えにしたくない」
「作戦の予定日を教えて下さるんですか?」
緑髪の警備員に即答する。
「残念ながら、それはできん」
「何だとッ?」
「何しに来たんだ、お前ッ!」
「静かに」
湖の民の一声で、殺気立った男たちが鎮まり返った。
……彼がリーダーの片腕?
湖の民は丁重な物腰で、落ち着いた雰囲気は大人しげにさえ見えるが、力なき陸の民のゲリラからは一目置かれているようだ。オリョールとは別の警備会社に勤めていたらしく、各種防禦の術が刺繍された制服は、本体のデザインが異なる。
「アーテル本土は、あちこちに機械の目がある。街頭に設置された監視カメラだけでなく、国民が一人一台ずつタブレット端末を所有し、常に持ち歩いている」
「どこから漏れるかわかんないから、作戦の日時までは、流石に教えらんないってコト? ま、仕方ないね」
小柄な陸の民が、ゲリラたちに聞かせる為に確認すると、少尉だけでなく警備員二人も同時に頷いた。
床の男たちは隣の者と顔を見合わせ、小声で疑問を囁き合う。モノが何なのか、わからないらしい。【編む葦切】学派の小男がペンを置いた。
「どんな機械か気になる人には、後で説明するから、静かにしてくれる?」
この職人は、魔法の道具だけでなく、機械にも詳しいらしい。
男たちが黙るのを待って、少尉が口を開いた。
「当面、基地への手出しを控えて欲しい。敵軍基地は、我々が必ず潰すと約束する。……破壊後の基地は、諸君らの気の済むようにしてくれていい」
「残敵掃討作戦だけに専念しろ、と?」
「破壊後に残った武器などを回収してくれても構わん」
……彼らが、その武器をどこでどう使っても……?
魔装兵ルベルの胸に一抹の懸念が過ったが、今はそれどころではない。
「あの攻撃は、魔装兵の精鋭部隊か? それとも、回収した魔哮砲なのか?」
「ご想像にお任せしよう」
オリョールの質問をはぐらかした瞬間、男たちが立ち上がった。
「さっきから言わせておけば……ッ!」
「いい。わかった。正規軍の攻撃が終わってから“後片付け”に行こう」
代表者の声に男たちが息を呑み、眉を吊り上げた。
傍らに控える湖の民が、机と少尉の間に移動する。
「正規軍の攻撃であること自体は、明かしても大丈夫ですか?」
「公式発表までは極力、伏せてもらいたいところだが、大勢に影響はあるまい」
湖の民は、オリョールに向き直った。
「正規軍が動いてくれたから、俺は手を引くよ。……一緒に難民キャンプに行きたい人は、ついでに【跳躍】で連れて行きますよ」
「あんた、折角ここまで来といて、ナニ言ってんだッ?」
「とんだ腰抜け野郎だ!」
「臆病風に吹かれやがって!」
「ヤル気ねぇ奴ぁ足手纏いだ!」
「どこにでも行け! 腰抜けめ!」
怒号と嘲りの中、代表者のオリョールが立ち上がった。
☆アクイロー基地襲撃……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆ネモラリス陸軍情報部少尉……「787.情報機器訓練」参照
☆諸君らが武器を奪った直後、イグニカーンス基地がどうなったか……諸君らが武器を奪った「814.憂撃隊の略奪」、イグニカーンス基地が「815.基地への移動」「816.魔哮砲の威力」参照
☆「どこから見てたんだ?」「基地の敷地内だ(以下略)」……「814.憂撃隊の略奪」参照。少尉は嘘をついた。




