835.足りない情報
風に炎が揺れ、荷台に映るみんなの影が踊る。
少年兵モーフは薪を三本続けて焼べ、この中で一番インターネットに詳しそうなクルィーロに聞いてみた。
「兄ちゃん、インターネットって、ヴィナグラートから、ラニスタまで届くモンなのか?」
リストヴァー自治区では、星の道義勇軍と星の標の偉い奴が、機械を密輸してアーテルやラニスタの協力者と連絡を取り合っていたらしい。
それで武器を調達できたのだ。
魔法使いの工員クルィーロは、魔法のマントの中でもそもそ座り直し、膝を抱えて言った。
「ネモラリス島は回線引いてないし、基地局もアンテナもないから、端末持ってるだけじゃムリだよ。ファーキル君の端末でわかったけど、ネーニア島だったら、クブルム山脈の近くはギリギリ、ラクリマリスの電波を拾えるみたいだけど……」
「じゃあ、どうやってラニスタに知らせてんだ?」
葬儀屋のおっさんや薬師のねーちゃんなら、知っている場所に魔法で一跳びだが、キルクルス教原理主義者の星の標は、死んでも魔法使いの手だけは、絶対に借りない。
ピナがマフラーを引き下げ、形の良い唇を見せた。
「ずっと前から、いつ、どこでするか決めてあって、手紙で知らせた通りにきっちり実行して、本部の人たちは実際にテロが起きたかどうか確認しないで、発表してる……とか?」
「第三国を経由すれば可能ですね」
ラジオのおっちゃんが頷く。眼鏡に焚火が反射して、表情はよくわからなかった。
……ピナは、俺よりうんと賢いんだなぁ。
当てずっぽうではなく、きちんと筋道立てて推論を語って、国営放送のアナウンサー、それも魔法使いを納得させられたことに感心した。ピナの賢さがジョールチに認められたみたいで、何となく嬉しい。
クルィーロの父パドールリクが、空になったマグカップに溜め息を満たした。
「……一体、いつからそんな計画を……息子から聞きましたが、アーテルは開戦後かなり早い段階で、魔哮砲は兵器化した魔法生物だと発表したんですよね? これも、何年も前から情報が漏れていたのでしょうか?」
「そうだろうよ。まだ、全部は調べ切れてねぇが」
葬儀屋のおっさんが言うと、新入りのおっさん二人……パドールリクとアビエースは、目を見開いた。
「少しはわかったんですか?」
「まぁ、目星を付けたのが何人か居るだけで、絞り込めてねぇし、わかったところで大物過ぎて、俺らにはどうにもできねぇ」
「えぇっ……調べてどうするんです?」
困惑した老漁師アビエースが、助けを求めるような目で薬師のねーちゃんを見る。ねーちゃんは、老けた兄貴に小声で説明した。
「私たちには何もできなくても、同じ活動してる他の人たちに知らせて、どうするか考えてもらうの」
「じゃあ、街の人に自治区を叩くように煽ってるアレも、その人たちに伝えれば、何とかしてもらえるんだな」
アビエースがホッとした顔で言った。
翌朝からいつも通り、三日掛けて情報収集、告知ポスターと歌詞の貼り出しをする。みんなはすっかり慣れたもので、作業自体は問題なく進んだ。
少年兵モーフは、住民やボランティアの世間話に注意深く耳を傾ける。これまで通ったどの町よりも、隠れキルクルス教徒が多いような気がした。
「声がおっきい奴が幅利かせてるだけで、案外、人数は少ねぇかもしんねぇぞ」
「何でだよ?」
野営地で昼食を食べながら報告すると、メドヴェージに訳のわからない気休めを言われた。運転手のおっさんは、DJレーフに顎をしゃくって言う。
「兄ちゃんたちが、ネミュス解放軍から、ここじゃ自爆テロは起きてねぇって聞いて来たろ」
「それで?」
「人数少ねぇのに自爆テロなんざやったんじゃ、その内、居なくなっちまわぁ」
「あッ! いや……でも、あいつら別にそんなの気にしねぇんじゃねぇか?」
少年兵モーフは納得いかなかった。
首を傾げると、メドヴェージが何か言う前にラジオのおっちゃんが、わかりやすく解説してくれた。
「人数が少ないからこそ、仲間を増やす為、布教に力を入れるんだと思うよ」
「それで何で……?」
「大勢の人に話し掛けて広めるから、実際より人数が多く見えるのかもしれない。星の標の拠点を突きとめれば、本当の人数がわかるけど……危ないからダメだよ」
「お、おう。……じゃあ、湖の民を煽ってる奴らは? 自治区を潰したがってるゼルノー市の生き残りか何かか? でも……」
……でも、ピナたちは、そんなの望んでねぇ。
暗い想像が頭に浮かび、何故か怖くなってピナの顔を見られなかった。マグカップの底にくっついた具の欠片をスプーンでつつく。
焚火越しにラジオのおっちゃんの声が届いた。
「その人たちの目的は、まだわからないよ。何者なのかも……情報が全く足りない。『力なき民だから、キルクルス教徒だ』って思われるのがイヤで、全力で否定している可能性もある」
……聖者様を信心すんのって、そんな悪いコトなのかよ?
正面からキルクルス教の信仰を否定され、心がささくれる。
少年兵モーフはこれまで、自分をあまり信心深い方ではないと思っていた。心臓をタワシで撫でられるような痛みと不快感に戸惑い、言い返そうにも言葉が喉に引っ掛かって出てこない。
「戦う力も身を守る力もない人の中には、キルクルス教を悪く言うことで、身の安全を図る人が居ても不思議はありませんね」
クルィーロたちの父までそんなことを言い、レノ店長が悲しそうに頷く。
「俺たちは【護りのリボン】とか魔法の品を持ってるし、アウェッラーナさんたち……湖の民が一緒に居てくれるから、大丈夫だけど、焼け出されて何も持ってない人たちは、そうじゃないんだ」
「だからって、ネミュス解放軍をけしかけるのは……」
ピナが言葉を濁す。
少年兵モーフは救われたような気がして、胸の痛みが和らいだ。
ピナは、ゼルノー市の運河の畔で怪我人の手当てをしていた時と同じ目で、大人たちを見る。モーフは、ピナの同級生を思い出した。
……あいつらは、今日見た奴らと一緒で、解放軍を煽るんだろうな。
あの少年少女とパン屋のピナは、どこがどう違うのか。
力なき陸の民で、ゼルノー市の中学校に通っていたフラクシヌス教徒。兄と妹が居て、実家はスカラー区でパン屋を営んでいた。
……ピナの家と店、アーテルの空襲じゃなくて、俺らが焼いたんだよな。
パン屋のおかみさんが生きているとわかった時、少年兵モーフは、ピックアップトラックの荷台から機関銃で撃った中にピナの母ちゃんが居なくてよかった、と心の底から安堵した。
ピナは、街と家を焼いた仇のモーフたちにも、分け隔てなくやさしくしてくれる。
あの時、星の道義勇軍を追い出そうとした中学生たちと、ピナの違いは、一年経った今も、全くわからなかった。
……みんなが、ピナみたいだったらよかったのにな。
少年兵モーフには、その思いを口にする勇気はなかった。
☆星の道義勇軍と星の標の偉い奴が、機械を密輸してアーテルやラニスタの協力者と連絡……「276.区画整理事業」「340.魔哮砲の確認」参照
☆それで武器を調達できた……「026.三十年の不満」「042.今後の作戦に」「043.ただ夢もなく」「281.行く先は不明」参照
☆クブルム山脈の近くはギリギリ、ラクリマリスの電波を拾える……「188.真実を伝える」参照
☆ゼルノー市の運河の畔で怪我人の手当てをしていた時/ピナの同級生……「061.仲間内の縛鎖」~「071.夜に属すモノ」参照
☆ピナの家と店、アーテルの空襲じゃなくて、俺らが焼いた……「021.パン屋の息子」~「023.蜂起初日の夜」参照




