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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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854/3506

834.敵意を煽る者

 焚火の外は闇だ。

 防壁に囲まれた灯の群がペルシーク市の範囲を示し、そのずっと北に漁村や農村の小さな光の塊が点在する。

 小さな魔物の群が、魔法使い六人掛かりで作った【簡易結界】の外を横切る。雪の上に足跡は残らなかった。


 ……ぷらいばしーって何なんだよ。クソッ!


 何だかわからないもののせいで、少年兵モーフは一人だけ、ロークが何者なのか教えてもらえなかった。


 ……ローク兄ちゃんが、隠れキルクルス教徒だったなんて!


 魔法の護符を持っていて、ドーシチ市の薬師(くすし)見習いから魔法の手袋を受け取り、道中のトラックやランテルナ島の拠点では、魔法の訓練までしていた。

 高校式の鍛錬を教えてくれたあのやさしさは、嘘だったのか。


 ……湖の神殿なんか行ってた癖に!


 みんなにロークが何者か教えられて以来、モーフはずっと、仲間に隠しごとをされた苛立ちと疎外感に囚われていた。だが、それも、ついさっき聞いたDJレーフとクルィーロの報告で吹っ飛んだ。


 「ネミュス解放軍の支部だって? 星の(しるべ)じゃなくって?」

 驚きと疑問が口を突いて出る。

 支部で珈琲を飲んだと言う二人は、同時に頷いた。


 DJレーフがソルニャーク隊長を見て報告を続ける。

 「ペルシークにも星の(しるべ)の支部があることまでは、伝えてません。彼らがどう出るかわからなかったんで」

 「下手を打てば、市街戦になるな。賢明な判断だ」

 「明日の朝イチにここを()ちましょう」

 怯えた声を出したのは、この間加わったばかりの老漁師だ。この臆病な老人は、薬師(くすし)のねーちゃんの兄貴だと言う。


 ……このじーさん、やっぱあの街に置いて来た方がよかったんじゃねぇか?


 焼魚につられて反対しなかったのをうっすら後悔する。


 DJレーフが首を横に振った。

 「ネミュス解放軍の支部で、臨時放送するって言っちゃいましたし、いつも通りやった方がいいんですよ。住民の為にも」

 「ここの支部は魔物や魔獣の駆除が主な任務で、地元の警察と協定を結んで防犯パトロールもしてるって言ってましたよ」

 クルィーロが、老人を(なだ)めようと、自分の妹に言い聞かせるのと同じやさしい声音で言う。漁師の顔から、不安の色は消えなかった。


 薬師(くすし)のねーちゃんが、一緒に行ったモーフを見詰めて報告する。

 「私たちは今日、南地区の公民館と商店街に行って来たんですけど、そこでも気になる話を聞いて……今のを聞いて、解放軍の人たちに教えた方がいいかどうか、迷ってます。もう知ってるかも知れませんけど」

 「どんな話ですか?」

 ラジオのおっちゃんが身を乗り出す。

 「モーフ君が気付いたことなんですけど……」

 「やけに自治区に詳しい奴が、湖の民を煽ってたんスよ」

 「自治区に詳しい? 何者だ?」

 ソルニャーク隊長がマグカップを持ち直して聞く。


 ピナが、不安がる妹を抱き寄せた。


 「一人じゃなくて、何人も居たッス。商店街のあちこちで、立ち話してる地元の奴に一人ずつ混じって、『自治区の奴らはバルバツムの寄付でぬくぬくと暮らしてて、ゼルノー市を差し置いてどんどん復興してる』って」

 「人種は?」

 「陸の民ッス。魔法使いかどうかわかんねぇッスけど」

 「服に呪文が入ってなかったので、多分、力なき民だと思います」


 薬師(くすし)のねーちゃんは、あいつらの服までじっくり見ていたらしい。何となく負けた気がして悔しかったが、今はそれどころではない。


 「自治区の奴はアーテルと手を組んで、空襲の前からゼルノー市を焼き打ちしたとか、アーテルは宣戦布告で自治区民の救済をするって言ってたから、自治区を叩き潰してキルクルス教徒を追い出さなきゃ、戦争が終わんねぇとか何とか」

 「他にも色々……自治区の様子を詳しく話してて、地元の人にどうしてそんなに詳しいのか聞かれたら、クーデター前に帰国したけど、それまではラクリマリスに居て、あっちのニュースで知ったって言ってたんですけど……」

 「ファーキル兄ちゃんがアレで見せてくれたニュースより、ずっと詳しかったんス」


 クルィーロが、父に「あれって何だ?」と聞かれ、小声でタブレット端末とインターネットの説明をする。


 「そいつら、戦闘服着た奴らにもそれ言ってて……あの軍人っぽいのがネミュス解放軍なんスか?」

 「戦闘服の人たち、白い腕章巻いてた?」

 父への説明を終えたクルィーロが、マントの左肩を指差して聞く。


 そこまでは見ていない。


 薬師(くすし)のねーちゃんを見ると、はっきり頷いた。

 「えぇ。ひとつの花の御紋の下に水滴が描いてある腕章ですよね?」

 「それが、ネミュス解放軍の旗印です」

 みんなに動揺が広がり、ピナが妹をぎゅっと抱きしめた。


 クルィーロが、父にしがみつく妹から目を逸らして焚火を睨む。

 「解放軍の人たちは、今年に入ってからペルシーク支部を作って、今月、警察と協定を結んだって言ってました」

 「あっちで聞いた限り、星の(しるべ)の支部の方が先だな」

 葬儀屋アゴーニが言うと、つい先日までヴィナグラートで働いていた老漁師が青くなった。

 「じゃあ、ヴィナグラートの爆弾テロもキルクルス教徒が?」


 少年兵モーフが知る限り、あいつらが流した話は全部、本当のことだ。

 星の道義勇軍の一員として、ゼルノー市で戦ったのを今更後悔する気はないが、こんな遠くで、全然知らない奴らからネタにされるのは(シャク)(さわ)った。


 ソルニャーク隊長が、穏やかな声で老漁師に聞く。

 「その爆弾テロは、星の(しるべ)が犯行声明を出したのですか?」

 「い、いえ……私が知らないだけかもしれませんが……ただ、まぁ、爆弾積んだ車で市場や神殿に突っ込むのは、彼らの常套手段ですから」

 隊長は、自信なさそうな答えに力強く頷いてみせた。

 「これまでの様子から、恐らく、犯行声明は星の(しるべ)のラニスタ本部が、インターネット上で……」

 「ラニスタ? ヴィナグラートから、キルクルス教徒がどうやって知らせるんです?」

 老漁師が、隊長の話の腰を折った。

 (とが)める者は居ない。


 時が止まったように静まり返った野営地に、遠くから何かの吼え声が届いた。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

☆少年兵モーフは一人だけ、ロークが何者なのか教えてもらえなかった……「808.散らばる拠点」参照

☆魔法の護符を持っていて……「070.宵闇に一悶着」参照

☆ドーシチ市の薬師(くすし)見習いから魔法の手袋を受け取り……「283.トラック出発」「288.どの道を選ぶ」参照

☆道中のトラックやランテルナ島の拠点では、魔法の訓練までしていた……「293.テロの実行者」「321.初夏から夏へ」「354.盾の実践訓練」参照

☆高校式の鍛錬を教えてくれた……「329.高校式筋トレ」参照

☆湖の神殿なんか行ってた……「541.女神への祈り」「542.ふたつの宗教」参照

☆ペルシークにも星の(しるべ)の支部がある/あっちで聞いた限り、星の(しるべ)の支部の方が先……「808.散らばる拠点」参照

☆この間加わったばかりの老漁師……「824.魚製品の工場」~「829.二人の行く道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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