830.小村での放送
ヴィナグラート市での放送は、再放送も含めて計三回行った。
この地で数カ月過ごした老漁師アビエースと同僚の協力で、これまでで一番、上手く行ったとの手応えを得られた。
雪が止むのを待つ間に、二月も半ばを過ぎてしまった。
この地を離れる今日は丁度、休日だったこともあり、アビエースの同僚が東門まで見送りに来てくれた。
「短い間でしたが、お世話になりまして、ありがとうございました」
「兄が大変お世話になって、ありがとうございました」
「なぁに、いいってコトよ」
「あんたが来てくれて、色々助かったし」
「落ち着いたら、寄ってってくれよ」
「みなさん、情報提供にご協力いただき、ありがとうございました」
国営放送アナウンサーのジョールチが礼を言うと、水産加工場の工員たちは、照れ笑いを浮かべた。
「俺らのハナシがラジオで流れるなんて、想像もしませんでしたよ」
「しかも、国営放送のアナウンサーさんに読んでもらえるなんてな」
「一生モンの自慢のタネだ」
そんなことを言って笑い合う。
クルィーロは、ジョールトイ機械工業ゼルノー工場の同僚たちを思い出し、胸が詰まった。星の道義勇軍のテロから逃げる途中ではぐれて、それっきりだ。
レノからアビエースの話を聞いて、生存の望みは薄そうな気がした。
同僚はみんな力なき民だ。
……塾をサボったりしないで【跳躍】が使えたら……俺の魔力がもっと強かったら、みんなを助けられたのにな。
国営放送のイベントトラックとFMクレーヴェルのワゴン車に分乗する。
「ありがとうございました」
「達者でなー」
漁師の兄妹と工員たちが手を振るのを合図に、メドヴェージが扉を閉めた。クルィーロが点した【灯】が荷台の中を仄白く照らす。
……後で魚獲りの術、教えてもらえないか頼もう。
気持ちを切り替え、ゼルノー市の図書館で書き写した呪文のメモを読んで過ごした。
湾を走る国道沿いにも、小さな漁村や農村が点在していた。
一行は、ヴィナグラート市からペルシーク市への道中でも臨時放送をする。一度の放送で村の全世帯に届くが、外国の情報には反応が薄かった。
この辺りから、アミトスチグマに逃れた者は居ないのだろう。
「それより、リャビーナがどうなってるか、教えてくれんかね?」
「さっきの歌の歌詞、分けて欲しいんだけど」
丘の途中から下の集落にアンテナを向けて放送するが、村の防壁は低く、受信場所との距離が近い為、ほぼ公開放送だ。
しかも、今は農閑期。
物見高い農家の人々が移動放送車を囲み、直接、移動販売店プラエテルミッサの歌声に耳を傾ける。
クルィーロたちは、時ならぬコンサートに困惑したが、リスナーの反応がわかって遣り甲斐も感じた。
係員室で原稿を読むジョールチの声は、流石に外まで聞こえない。ロークがくれたラジオで受信して届けた。
……こんな至近距離で、なんかヘンなの。
この農村は、湖の民ばかりだ。星の標やキルクルス教の教えが入り込む余地がない。戦争の影響が少ないからか、戦争やテロ関連のニュースには、あまり関心が集まらなかった。
最もウケがよかったのは、里謡「女神の涙」で、歌詞を求められたのもこの一曲だけだ。
「へぇー、東の山奥にこんな歌が伝わってるなんてな」
珍しがる村人に二枚だけ渡し、後は自分たちで書き写してもらう。
「葡萄畑が無事で輸出が滞らなきゃ、何ひとつ困るコトなんざないからな」
「こんな田舎にわざわざ星の標がやって来て、爆弾テロするとは思えんよ」
「来たら目立ってしょうがないし」
「あたしらがギャフンと言わせてやるさ」
緑髪のおばさんが豪快に言い放ち、集まった人々がどっと沸く。
クルィーロは、テロの被害者として複雑な気持ちになったが、何も言わずにアマナを抱き寄せた。
あれから一年が過ぎ、背は少し伸びたが、一日も学校に通わせてあげられなかったのが悔しい。
ゼルノー市立図書館で学校では習わない魔法の勉強をし、レノとピナティフィダから食べられる野草や料理、薬師アウェッラーナに薬草の見分け方や魔法薬作りの手順、呪医セプテントリオーに呪歌をひとつ、針子のアミエーラに服の作り方、ソルニャーク隊長に畑の耕し方と野菜の育て方を教わったが、それだけで、この先やっていけるとは思えなかった。
足下には雪が膝まで積もっているが、寒さに震える村人は一人も居ない。
アマナも、髪に結んだ【耐寒】のリボンのお陰で寒がっていないが、これも【魔力の水晶】を握っている間だけだ。時々、クルィーロがアマナの掌に手を重ね、二人で【水晶】を握らなければ、リボンの効果を維持できない。
……アマナが大人になって、就職する時、力なき民の扱いってどうなってるんだろう?
この先、どんな世の中になるのか、先の見通しが全く立たなかった。
放送終了後、農家の人々が食材を持ち寄り、お祭用の大鍋で炊き出しをしてくれた。
あたたかい具だくさんのスープに笑顔が広がる。
ジョールチにサインをねだる者や聞いたばかりの歌を歌う者、ニュースの感想を言う者。村人たちと共に味わう食事会は、ちょっとしたお祭騒ぎになった。
「ウヌク・エルハイア将軍も、とっとと今の政権を倒してくれりゃいいのに」
「クレーヴェルを占領しただけじゃ、肝心のクリペウス首相が権力の座に居座ったまんまじゃないのさ」
「目と鼻の先なのに何でレーチカを攻めないんだろうな?」
「その、えー、何だ? いんたー何とかって奴で、両輪の軸の党首が、クリペウス政権が魔哮砲をゴリ押しして、反対した議員をどうにかしちまったから、こんなことになったって言ってんだよな?」
「クリペウス首相をどうにかして、湖水の光のファルトール党首を首相にすれば丸く収まるんじゃないか?」
「あの人は湖の民だから、きっとウヌク・エルハイア将軍とも上手くやって行けるだろ」
村人たちの言い分に、クルィーロは背筋が凍る思いがした。レノも引き攣った顔で成り行きを見守る。
秦皮の枝党を政権から追い出せば、今度はフラクシヌス教徒の主神派が、政権奪取の為に蜂起するかもしれない。秦皮の枝党に入り込んだ隠れキルクルス教徒が、権力を失わない為に何かとんでもない工作をするのではないかと暗い想像まで働いた。
そうなれば、また、半世紀の内乱と同じ泥沼の戦いが幕を開けるだろう。
……でも、ここで反対したら、俺たちが袋叩きにされそうだよな。
どうやって、村人たちの意見を物騒な方向から軌道修正すればいいのか。
ジョールチとレーフ、ソルニャーク隊長までもが困惑する。
身内の言葉と重なったのか、アビエースは涙を堪えて俯いていた。
「だから、お歌を広めてるの」
アマナの声に大人たちの目が集まった。
小学生の妹は、クルィーロの手を握り直し、物怖じすることなく続ける。
「えっと『女神の涙』だけじゃなくって、他の二曲も。ひとつは歌詞が途中だけど、『女神の涙』と同じ曲で、欠けてるとこは、みんなに考えてもらいたいから、足りないまま歌ってるの」
ピナティフィダとエランティスが荷台に上がる。
「この国のみんなが考えるから、意味があるの。自分は関係ないって思ったら、戦争したい人たちの思い通りにされちゃうの」
農家の人々が小さく息を呑み、金髪の少女を見詰めた。
荷台から降りた二人の手には「すべて ひとしい ひとつの花」と「みんなで歌おう」の歌詞と楽譜がある。
力なき民の少女が歌を差し出す。
湖の民の村長は、力強く頷いて受取った。
☆星の道義勇軍のテロから逃げる途中ではぐれて、それっきり……「069.心掛けの護り」参照
☆ゼルノー市の図書館で書き写した呪文のメモ……「145.官庁街の道路」「147.霊性の鳩の本」「167.拓けた道の先」~「171.発電機の点検」参照
☆「すべて ひとしい ひとつの花」と「みんなで歌おう」の歌詞……「275.みつかった歌」「774.詩人が加わる」参照




