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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0085.女を巡る争い

 アウェッラーナには何が起こったかわからず、暴漢たちを呆然と見た。怒りに燃える目が、南に向けられる。

 パン屋の青年と年配のテロリストだ。

 手頃な瓦礫を拾っては、暴漢たちに投げつける。暴漢は罵声を浴びせながら、二人に向かって行った。


 押さえる男が一人になった。

 アウェッラーナは身を(ねじ)り、足の甲を力いっぱい踏みつけた。

 「じっとしてろよ、お嬢ちゃん。そんな慌てなくっても、後でちゃんと可愛がってやるから」

 鼻で笑いながら言う男の生臭い吐息が、アウェッラーナの耳と首筋に掛かった。湖の民の白いうなじに、鳥肌が立つ。

 力の差があり過ぎた。

 四人の暴漢は、片手で頭を(かば)いながら、二人に駆け寄る。

 多勢に無勢。

 二人は距離を取りながら、瓦礫を投げ続ける。暴漢たちも、立ち止まって瓦礫を投げて応戦し始めた。



 パン屋の青年と年配のテロリストは、瓦礫を避けながら車道へ出た。

 テロリストが前に出て、手にした看板の残骸で青年を庇う。青年は、エプロンのポケットに入れた石や瓦礫を次々に投げた。瓦礫が当たる度に、看板の残骸がイヤな音を立てる。

 アウェッラーナには二人の勝利を祈りながら、見守ることしかできない。


 彼我の距離がじわじわ縮まる。

 ポケットの石が尽きた瞬間、青年が弾かれたように駆け出した。テロリストも看板を放り出し、少し遅れてこちらへ走る。

 暴漢たちも慌てて投石を止め、アウェッラーナに駆け寄る。

 「離せッ! このッ!」

 パン屋の青年が、アウェッラーナを捕える暴漢の腕を(つか)んだ。体重を掛けて、その腕を押し下げる。アウェッラーナも身を(よじ)り、逃れようともがいた。

 暴漢は、獲物を奪われまいと更に強く締め付け、青年を蹴りつけて引き離そうとする。


 テロリストが追い付き、勢いのままアウェッラーナ諸共(もろとも)体当たりを喰らわせた。

 二人の身体が吹き飛び、アスファルトに叩きつけられる。暴漢が下敷きになり、アウェッラーナは幸い、負傷せずに済んだ。


 「大丈夫ですかッ?」

 パン屋の青年が、アウェッラーナを助け起こした。駆け寄った暴漢がその頭に蹴りを入れ、強引に引き剥がす。他の暴漢たちが、更に青年を蹴り、踏みつけた。


 倒れた暴漢が跳ね起き、テロリストに襲いかかる。

 テロリストは寸前で拳を(かわ)し、暴漢の足を払う。

 勢いよく転倒した暴漢に構わず、青年を襲う暴漢の一人を体当たりで排除し、もう一人の暴漢に上段蹴りを喰らわせた。

 青年が、三人目の足にしがみついて引き倒す。


 アウェッラーナを巡って乱闘が繰り広げられた。

 別の暴漢が、アウェッラーナの緑の髪を引き掴んで無理矢理立ち上がらせ、じりじりと乱闘から距離を取る。

 先に倒れた少年は、意識を失ったのか全く動かなかった。


 テロリストは、男たちの攻撃をあっさり(かわ)し、的確に蹴りを当てる。元々腕っ節が強いのか、相当な訓練を積んだのか。

 それでも、多勢に無勢であることに変わりはない。

 パン屋の青年を(かば)う余裕はなく、アウェッラーナの救出にも手が回らない。

 青年は何とか自力で起き上ったが、顔面を蹴られ、血飛沫(ちしぶき)を上げながら倒れた。暴漢の一人が馬乗りになり、顔に追い打ちをかける。



 アウェッラーナは、暴漢を振り(ほど)こうともがいた。

 「モテるオンナはツラいねぇ。私の為に争わないでぇ~ってか?」

 暴漢はせせら笑うだけで、離さない。


 テロリストが青年に駆け寄り、馬乗りになった暴漢の茶髪を掴んだ。引き上げた顔面に膝蹴りを見舞う。(ひる)んだ暴漢を強引に立たせ、青年を解放した。

 「……野郎ッ!」

 暴漢たちがテロリストを囲み、一斉に襲いかかる。テロリストは倒れた青年を(かば)い、攻撃を避けずに受け止めた。

 流石(さすが)に無傷では済まない。

 唇が切れ、夕空に血飛沫が舞った。



 二人が野営地を出たのは、四時過ぎだ。

 (かまど)の周囲を片付ける時に、ここにも風除(かぜよ)けが欲しいと言う話が出た。

 テロリストの隊長と少年兵、パン屋の青年と年配のテロリストが、二手に分かれて風除けになりそうな物を探しに行き、アウェッラーナと陸の民の少年は、水と食糧の調達に行くことになった。


 冬の日暮れは早い。

 すぐ戻るつもりで来た。

 もう日が沈む。

 人家と街灯を失った街は、いつもの夕方より暗かった。


 ニェフリート運河からは、早くも雑妖が這い上がる。明らかに、この争いに魅かれたのだ。夜になる前に、いや、魔物が現れる前にこの場を離れなければ、全滅してしまう。


 ……この人たち、どこでどうやって夜を過ごしたの? まさか、運河の魔物を知らないの?


 アウェッラーナの身体は恐怖に強張(こわば)るが、頭は妙に冷静で、そんなことを考えた。

 暴漢を振り解くどころか、悲鳴を上げることもできない。腕を後ろ手に()じられ、猿轡(さるぐつわ)を外せなかった。



 東の空が濃紺に染まる。

 日の輝きが薄らぐに従い、運河から這い上がる雑妖が増える。不定形の穢れた存在は、じわじわと存在の密度を上げた。

(かまど)の周囲を片付ける時に、ここにも風除(かぜよ)けが欲しいと言う話……「0077.寒さをしのぐ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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