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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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829.二人の行く道

 ジョールチが口調を改めて聞く。

 「アビエースさんは、武力に依らず平和を目指す活動をご存知ですか?」

 「武力に依らず……? いえ、初めて聞きましたよ。何です? それは」


 それには、薬師(くすし)アウェッラーナが答える。

 「人種、国籍、仕事や立場、魔力の有無や信仰まで違う人たちが、それぞれできることで、戦争を終わらせる為に協力しあってるの」

 「ネモラリスの国内は勿論(もちろん)、お隣のラクリマリス王国や、難民支援をするアミトスチグマ王国に多いのですが、湖南地方の他の国々……アーテルにも協力者が居ます」

 「なんだってッ?」

 二人の説明で、老漁師の驚きが香草茶の効果を振り切った。


 「ランテルナ島は魔法使いの自治区よ。それに、本土の力なき民の中にも、キルクルス教の矛盾に気付いて亡命して、この活動に参加した人が居るの。ずっと遠くの国の人たちも、寄付とか情報の拡散で協力してくれてるわ」

 「……途方もない話だな」

 老いた漁師は太い息と共にようやく一言口にした。


 DJレーフが指折り数えながら言う。

 「有名な参加者は、歌手のニプトラ・ネウマエさん、アサコール党首たち両輪の軸党の国会議員や、自治区のラクエウス議員、秦皮(トネリコ)の枝党の若手クラピーフニク議員……」

 「政治家たちは、魔哮砲に反対して軟禁されてたんだが、その活動の仲間の手引きで脱出して、ラクリマリスやアミトスチグマに亡命してんだ」

 葬儀屋アゴーニが付け加えると、アビエースは呆然と二人を見た。


 レーフが続ける。

 「他にも大勢、生き延びた国会議員が参加していますし、フラクシヌス教の聖職者やネモラリス建設業協会、医療関係者や職人さん、音楽家……個人だけでなく、企業や団体も協力しています」

 「そんな大物が……じゃあ、当主のシェラタン様は? ウヌク・エルハイア将軍に逆らって殺されたとか、物騒な噂を小耳に挟んだんですが……」

 「今は、政府軍にも解放軍にも(くみ)していません」

 「生きちゃいるが、どこに居るかは内緒なんだとよ」

 ジョールチの説明に湖の民アゴーニが付け足した。


 ……シェラタン様じゃ、ウヌク・エルハイア将軍を止められないんだろうな。将軍も、あれを見た限り、自主的に解放軍を作ったんじゃなさそうだし。


 もう少し情勢が安定しなければ、ネーニア島への船は運行を再開できないような気がする。レノは気が重くなった。


 「私も、活動に参加してるの。少しでも多くの人にホントのコトを伝えて、戦争をやめようって気持ちになってもらう為に」

 「ラーナ……」

 老いた兄と長命人種の妹の視線が絡む。

 「だから、私は立ち止まれないの。兄さんは無理に叔父さんたちを説得しないで。ここで待っててちょうだい」

 「ラーナ……」

 「私、必ず、ここに戻るから」

 レノだけでなく、ピナとティス……いや、他のみんなもアウェッラーナの言葉は意外だったらしい。固唾を呑んで湖の民の兄妹の遣り取りを見守る。


 アビエースが唇を震わせた。

 「俺が老いぼれだから、足手纏いになると思ってんのか?」

 「だって……」

 「俺たち【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】は、水さえありゃ、魔物とも渡りあえるんだ。まだまだ現役の俺を置き去りにするなんて言うなよ」


 ……あれっ? 【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派って、戦いの術もあるんだ?


 よく考えて見れば、彼らは小さな漁船で広大なラキュス湖に漕ぎ出して、漁をしているのだ。網に魚以外のモノが掛かることもあるだろう。

 気付くと同時に、レノは恐ろしくなった。

 漁師たちは食糧の供給以外でも、ネミュス解放軍に協力できるのだ。ギアツィント漁港の漁師たちは、復讐を止めようとしたアビエースを臆病者だと(あざわら)い、解放軍に加わった親戚たちを激励したと言う。


 ……首都からこんなに遠いのに、ラジオのプロパガンダだけで……ッ?


 老いた兄を案じるアウェッラーナは、彼を思い留まらせる言葉が思い浮かばないのか、泣きそうな顔で赤銅色に日焼けした手を握っている。

 アビエースは、妹の心配を他所(よそ)にみんなを見回して言った。

 「船がなくても、網か袋があれば、岸からでも魚を獲れます。みなさんには、決してひもじい思いをさせません。どうか、この老いぼれも仲間に入れてくれませんか?」

 「袋はいっぱいあるぞ!」

 少年兵モーフが即答し、メドヴェージとアゴーニが苦笑した。


 ピナがそっとアウェッラーナを窺い、遠慮がちな声で言う。

 「私たちは助かりますけど、いいんですか? おじいさん、折角、お仕事と住むとこ決まったのに……」

 「あぁ。お嬢ちゃん、俺はな、(おか)でひとつ所にじっとして鬱々とお迎えを待つより、思い切って何かした方が悔いが残らなくていいんだよ」

 中学生のピナは困った顔でレノを見た。

 レノも、そう言われてしまえば、彼の同行を断る言葉がみつからなかった。

 みんなの視線がレノに集まる。


 「店長さん、決してご迷惑はお掛けしません。どうせ老い先短い常命人種、残り時間を悔いなく過ごしたいんです。お願いします。この願いが叶うんなら、もう死んだって構いません」

 「おいおい、いきなり仕事させる気か?」

 葬儀屋アゴーニが【導く白蝶】の徽章(きしょう)(てのひら)で弄ぶ。

 アビエースは、耳まで赤くなって頭を掻いた。

 「あ、いえ、これは、言葉の綾と申しましょうか……葬儀屋さんのお手を(わずら)わせたり致しませんので……」


 レノが、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の店長として決心し、宣言する。

 「わかりました。ヴィナグラートでの放送が終わってから、合流しましょう」

 誰からも、異論は出なかった。

☆武力に依らず平和を目指す活動……「347.武力に依らず」「513.見知らぬ老人」「515.アイドルたち」「558.自治区での朝」参照

☆本土の力なき民の中にも、キルクルス教の矛盾に気付いて亡命して、この活動に参加した人が居る……「452.歌う少女たち」「515.アイドルたち」「567.体操着の調達」参照

☆キルクルス教の矛盾……「430.大混乱の動画」~「435.排除すべき敵」参照


☆ずっと遠くの国の人たちも、寄付とか情報の拡散で協力……「219.動画を載せる」「278.支援者の家へ」「280.目印となる歌」「290.平和を謳う声」「291.歌を広める者」「306.止まらぬ情報」「324.助けを求める」「325.情報を集める」「350.平和への活動」「378.この歌を作る」「402.情報インフラ」参照


☆フラクシヌス教の聖職者……「593.収録の打合せ」「594.希望を示す者」「751.亡命した学者」~「753.生贄か英雄か」参照

☆ネモラリス建設業協会……「401.復興途上の姿」「415.非公式の視察」「514.動画への反応」「567.体操着の調達」「647.初めての本屋」「692.手に渡る情報」参照

☆職人さん……「403.いつ明かすか」「805.巡回する薬師」参照


☆政治家たちは、魔哮砲に反対……「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」参照

☆軟禁されてた……「253.中庭の独奏会」参照

☆その活動の仲間の手引きで脱出……「260.雨の日の手紙」「268.歌を探す鷦鷯」「272.宿舎での活動」「273.調理に紛れて」「277.深夜の脱出行」「278.支援者の家へ」参照


☆どこに居るかは内緒……「683.王都の大神殿」~「685.分家の端くれ」参照


☆あれを見た限り……「623.水鏡への問い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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