829.二人の行く道
ジョールチが口調を改めて聞く。
「アビエースさんは、武力に依らず平和を目指す活動をご存知ですか?」
「武力に依らず……? いえ、初めて聞きましたよ。何です? それは」
それには、薬師アウェッラーナが答える。
「人種、国籍、仕事や立場、魔力の有無や信仰まで違う人たちが、それぞれできることで、戦争を終わらせる為に協力しあってるの」
「ネモラリスの国内は勿論、お隣のラクリマリス王国や、難民支援をするアミトスチグマ王国に多いのですが、湖南地方の他の国々……アーテルにも協力者が居ます」
「なんだってッ?」
二人の説明で、老漁師の驚きが香草茶の効果を振り切った。
「ランテルナ島は魔法使いの自治区よ。それに、本土の力なき民の中にも、キルクルス教の矛盾に気付いて亡命して、この活動に参加した人が居るの。ずっと遠くの国の人たちも、寄付とか情報の拡散で協力してくれてるわ」
「……途方もない話だな」
老いた漁師は太い息と共にようやく一言口にした。
DJレーフが指折り数えながら言う。
「有名な参加者は、歌手のニプトラ・ネウマエさん、アサコール党首たち両輪の軸党の国会議員や、自治区のラクエウス議員、秦皮の枝党の若手クラピーフニク議員……」
「政治家たちは、魔哮砲に反対して軟禁されてたんだが、その活動の仲間の手引きで脱出して、ラクリマリスやアミトスチグマに亡命してんだ」
葬儀屋アゴーニが付け加えると、アビエースは呆然と二人を見た。
レーフが続ける。
「他にも大勢、生き延びた国会議員が参加していますし、フラクシヌス教の聖職者やネモラリス建設業協会、医療関係者や職人さん、音楽家……個人だけでなく、企業や団体も協力しています」
「そんな大物が……じゃあ、当主のシェラタン様は? ウヌク・エルハイア将軍に逆らって殺されたとか、物騒な噂を小耳に挟んだんですが……」
「今は、政府軍にも解放軍にも与していません」
「生きちゃいるが、どこに居るかは内緒なんだとよ」
ジョールチの説明に湖の民アゴーニが付け足した。
……シェラタン様じゃ、ウヌク・エルハイア将軍を止められないんだろうな。将軍も、あれを見た限り、自主的に解放軍を作ったんじゃなさそうだし。
もう少し情勢が安定しなければ、ネーニア島への船は運行を再開できないような気がする。レノは気が重くなった。
「私も、活動に参加してるの。少しでも多くの人にホントのコトを伝えて、戦争をやめようって気持ちになってもらう為に」
「ラーナ……」
老いた兄と長命人種の妹の視線が絡む。
「だから、私は立ち止まれないの。兄さんは無理に叔父さんたちを説得しないで。ここで待っててちょうだい」
「ラーナ……」
「私、必ず、ここに戻るから」
レノだけでなく、ピナとティス……いや、他のみんなもアウェッラーナの言葉は意外だったらしい。固唾を呑んで湖の民の兄妹の遣り取りを見守る。
アビエースが唇を震わせた。
「俺が老いぼれだから、足手纏いになると思ってんのか?」
「だって……」
「俺たち【漁る伽藍鳥】は、水さえありゃ、魔物とも渡りあえるんだ。まだまだ現役の俺を置き去りにするなんて言うなよ」
……あれっ? 【漁る伽藍鳥】学派って、戦いの術もあるんだ?
よく考えて見れば、彼らは小さな漁船で広大なラキュス湖に漕ぎ出して、漁をしているのだ。網に魚以外のモノが掛かることもあるだろう。
気付くと同時に、レノは恐ろしくなった。
漁師たちは食糧の供給以外でも、ネミュス解放軍に協力できるのだ。ギアツィント漁港の漁師たちは、復讐を止めようとしたアビエースを臆病者だと嘲い、解放軍に加わった親戚たちを激励したと言う。
……首都からこんなに遠いのに、ラジオのプロパガンダだけで……ッ?
老いた兄を案じるアウェッラーナは、彼を思い留まらせる言葉が思い浮かばないのか、泣きそうな顔で赤銅色に日焼けした手を握っている。
アビエースは、妹の心配を他所にみんなを見回して言った。
「船がなくても、網か袋があれば、岸からでも魚を獲れます。みなさんには、決してひもじい思いをさせません。どうか、この老いぼれも仲間に入れてくれませんか?」
「袋はいっぱいあるぞ!」
少年兵モーフが即答し、メドヴェージとアゴーニが苦笑した。
ピナがそっとアウェッラーナを窺い、遠慮がちな声で言う。
「私たちは助かりますけど、いいんですか? おじいさん、折角、お仕事と住むとこ決まったのに……」
「あぁ。お嬢ちゃん、俺はな、陸でひとつ所にじっとして鬱々とお迎えを待つより、思い切って何かした方が悔いが残らなくていいんだよ」
中学生のピナは困った顔でレノを見た。
レノも、そう言われてしまえば、彼の同行を断る言葉がみつからなかった。
みんなの視線がレノに集まる。
「店長さん、決してご迷惑はお掛けしません。どうせ老い先短い常命人種、残り時間を悔いなく過ごしたいんです。お願いします。この願いが叶うんなら、もう死んだって構いません」
「おいおい、いきなり仕事させる気か?」
葬儀屋アゴーニが【導く白蝶】の徽章を掌で弄ぶ。
アビエースは、耳まで赤くなって頭を掻いた。
「あ、いえ、これは、言葉の綾と申しましょうか……葬儀屋さんのお手を煩わせたり致しませんので……」
レノが、移動販売店見落とされた者の店長として決心し、宣言する。
「わかりました。ヴィナグラートでの放送が終わってから、合流しましょう」
誰からも、異論は出なかった。
☆武力に依らず平和を目指す活動……「347.武力に依らず」「513.見知らぬ老人」「515.アイドルたち」「558.自治区での朝」参照
☆本土の力なき民の中にも、キルクルス教の矛盾に気付いて亡命して、この活動に参加した人が居る……「452.歌う少女たち」「515.アイドルたち」「567.体操着の調達」参照
☆キルクルス教の矛盾……「430.大混乱の動画」~「435.排除すべき敵」参照
☆ずっと遠くの国の人たちも、寄付とか情報の拡散で協力……「219.動画を載せる」「278.支援者の家へ」「280.目印となる歌」「290.平和を謳う声」「291.歌を広める者」「306.止まらぬ情報」「324.助けを求める」「325.情報を集める」「350.平和への活動」「378.この歌を作る」「402.情報インフラ」参照
☆フラクシヌス教の聖職者……「593.収録の打合せ」「594.希望を示す者」「751.亡命した学者」~「753.生贄か英雄か」参照
☆ネモラリス建設業協会……「401.復興途上の姿」「415.非公式の視察」「514.動画への反応」「567.体操着の調達」「647.初めての本屋」「692.手に渡る情報」参照
☆職人さん……「403.いつ明かすか」「805.巡回する薬師」参照
☆政治家たちは、魔哮砲に反対……「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」参照
☆軟禁されてた……「253.中庭の独奏会」参照
☆その活動の仲間の手引きで脱出……「260.雨の日の手紙」「268.歌を探す鷦鷯」「272.宿舎での活動」「273.調理に紛れて」「277.深夜の脱出行」「278.支援者の家へ」参照
☆どこに居るかは内緒……「683.王都の大神殿」~「685.分家の端くれ」参照
☆あれを見た限り……「623.水鏡への問い」参照




