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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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848/3507

828.みんなの紹介

 「今は、社宅に住まわせてもらってるんだ。ラーナ、これからどうする?」


 薬師(くすし)アウェッラーナの兄アビエースは、ベテランアナウンサーのジョールチより年上だ。

 湖上でよく日に焼けた肌には深い皺が刻まれ、緑色の髪は半分くらいが白くなっていた。疲れと絶望が彼を年齢以上に老けて見せる。隣に座る歳の近い妹は長命人種で、何も知らなければ祖父と孫だと思っただろう。


 レノは老いた漁師に深く感謝した。

 「アビエースさん、母を助けて下さってありがとうございました。どうやってご恩をお返しすればいいのか……」

 「困った時はお互い様ですよ。こちらこそ、みなさんに妹を助けていただきましたから、おあいこということで、貸し借りなしでお願いします」

 アビエースは目尻の皺を一層深くした。


 ソルニャーク隊長が、簡単に移動販売店の説明をする。

 「我々は、成り行きで行動を共にし、ネーニア島内ではパンや蔓草細工、妹さんの薬などを売って糊口を凌いでいました。

 そちらの彼が、この移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の店長です」

 「今は、パンの材料が手に入らないんで、営業できないんですけどね」

 レノが声を落とすと、アビエースは小さく頷いてアウェッラーナを見た。兄と同じ緑の瞳がみんなを見回す。


 メドヴェージがおどけた調子で言った。

 「これまでも、生き別れンなった身内に会えて抜けた奴が居るんだ。俺らに遠慮は要らねぇ。なっ、坊主?」

 「何で俺に言うんだよ?」

 少年兵モーフがイヤそうに言い返す。

 「ん? 随分、懐いてっからよぉ」

 「バ……べっ別に懐いてなんかねぇッ! また悪者に襲われたらヤベーから、護衛でついてっただけだ」

 ソルニャーク隊長とアウェッラーナの目が合い、同時に苦笑する。


 アビエースはモーフの話に顔を曇らせたが、みんなの様子に頬を緩めた。

 「坊や、妹を守ってくれて、ありがとう」

 「気にすんなって。ねーちゃんに旨い焼魚食わしてもらったお礼だ」


 ……モーフ君、よっぽど焼魚が気に入ったんだな。


 レノは表情を改め、移動販売店プラエテルミッサの店長として、現状を説明した。

 「薬の素材は何種類か手に入りましたけど、今は魔法薬の販売はしていません」

 「何故です? こんなご時世だ。高く売れるでしょうに」

 アビエースが首を傾げて妹を見た。

 「こんな状況だからです。強盗とか心配ですし、アウェッラーナさんが政府軍や解放軍に捕まって、無理矢理働かされるかもしれないんで……」

 「それで、【思考する(フクロウ)】の徽章(きしょう)を外してるのよ。会社でも、私が薬師(くすし)だってコト、内緒にしてね」

 「あ、あぁ、わかった」

 アビエースは、ぎこちなく頷いて話題を変えた。


 「みなさん、ここで野宿なんですか?」

 「あぁ。宿はどこも避難民でいっぱいだし、駐車場代も馬鹿ンなんねぇ。おまけに街ん中じゃ、こうやって火ぃ焚けねぇからよ」

 「昨日、見に行ったけど、タダの駐車場は全部埋まってたし」

 運転手のメドヴェージと少年兵モーフが答えると、アビエースは難しい顔で黙った。


 ……会社の人に頼んで、アウェッラーナさんも社宅に住まわせてもらえたら、それが一番いいよな。


 ネミュス解放軍の後方支援をしに首都へ行った他の親戚は、戦争が終わってから会いに行った方がいいだろう。

 当のアウェッラーナは、焚火の炎をじっと見詰めていた。

 レノには、何を迷うことがあるのかわからない。


 ……アウェッラーナさんが抜けた後、俺たちがどうなるか考えて心配してくれてるのかな?


 こうして防壁の外で野宿するのは、確かに寒い。だが、星の(しるべ)のテロに遭うことはないだろう。アーテル軍は一度も、ウーガリ山脈以北には空襲していない。


 以前よりずっと安全な筈だ。

 魔物と魔獣の心配なら、それはもう諦めるしかない。



 日が傾き、風が急に冷たくなった。

 (かす)かなエンジン音と砂利を踏む音にみんなが同じ方を見る。


 「FMクレーヴェル? ラジオ局がなんでこんなとこに……?」

 アビエースが(いぶ)る。

 薬師(くすし)アウェッラーナが背筋を伸ばして答えた。

 「移動放送車で臨時放送するの。今、街の取材から帰って来たとこ」

 「それが、何でこんなとこに?」

 「首都の放送局が、FMクレーヴェルを除いて全て、ネミュス解放軍に占拠されたからです」

 ジョールチが言うと、アビエースは目を見開いた。

 「さっきから、どっかで聞いたような声だと思ったら、ニュースの! 国営放送の……」

 「はい。国営放送アナウンサーのジョールチと申します。本局がネミュス解放軍の襲撃を受け、身ひとつで逃れて来ました。現在は、移動販売店プラエテルミッサのみなさんにご協力いただいて、FMクレーヴェルのDJレーフと共に臨時放送をしております」


 ワゴンが停まり、レーフとクルィーロが降りてきた。

 見知らぬ湖の民に一瞬、戸惑いを見せたが、薬師アウェッラーナの様子に笑みをこぼす。

 「アウェッラーナさん、親戚の人、みつかったんですね!」

 「お陰さまで……兄のアビエースです」

 「初めまして。俺、クルィーロです。アウェッラーナさんに父と妹の怪我、治してもらってホントに助かりました。どうやってお礼すればいいかわかんないくらいで……」

 「こちらこそ、妹を守って下さってありがとうございます」

 型通りの挨拶を交わし、クルィーロがアマナの隣に腰を降ろす。DJレーフはジョールチに手帳を渡して座った。



 葬儀屋アゴーニが二人にも香草茶を渡し、アビエースにお代わりを淹れる。

 「放送する場所のニュースや物価などの生活情報、アミトスチグマの難民キャンプの様子、外国の動きも、政府やネミュス解放軍とは別ルートから入手して、放送しています」

 「国営放送の人なのに、政府とは別なんですか?」

 アビエースが、ジョールチの説明に首を傾げた。


 ……そう言われてみれば、確かにヘンな感じだよな。民放と合同だし。


 「はい。政府もまた、不都合な情報を伏せています。臨時政府を置くレーチカ支局から、国営ラジオの全国放送を再開しましたが、国民の知る権利は、相変わらず抑えられています」

 「首都の本局は、解放軍のプロパガンダと解放軍に都合のいいニュースしか流さないから、ウチの身内みたいにコロッと騙される奴が……」

 アビエースが歯を食いしばった。

☆生き別れンなってた身内に会えて、抜けた奴が居る……アミエーラとファーキル「548.薄く遠い血縁」「563.それぞれの道」「568.別れの前夜に」、ローク「654.父からの情報」~「659.広場での昼食」参照

☆また悪者に襲われたらヤベー……「083.敵となるもの」~「086.名前も知らぬ」参照

☆ねーちゃんに旨い焼魚食わしてもらった……「045.美味しい焼魚」「046.人心が荒れる」参照

☆首都の放送局がFMクレーヴェルを除いて全て、ネミュス解放軍に占拠された/解放軍のプロパガンダ……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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