828.みんなの紹介
「今は、社宅に住まわせてもらってるんだ。ラーナ、これからどうする?」
薬師アウェッラーナの兄アビエースは、ベテランアナウンサーのジョールチより年上だ。
湖上でよく日に焼けた肌には深い皺が刻まれ、緑色の髪は半分くらいが白くなっていた。疲れと絶望が彼を年齢以上に老けて見せる。隣に座る歳の近い妹は長命人種で、何も知らなければ祖父と孫だと思っただろう。
レノは老いた漁師に深く感謝した。
「アビエースさん、母を助けて下さってありがとうございました。どうやってご恩をお返しすればいいのか……」
「困った時はお互い様ですよ。こちらこそ、みなさんに妹を助けていただきましたから、おあいこということで、貸し借りなしでお願いします」
アビエースは目尻の皺を一層深くした。
ソルニャーク隊長が、簡単に移動販売店の説明をする。
「我々は、成り行きで行動を共にし、ネーニア島内ではパンや蔓草細工、妹さんの薬などを売って糊口を凌いでいました。
そちらの彼が、この移動販売店見落とされた者の店長です」
「今は、パンの材料が手に入らないんで、営業できないんですけどね」
レノが声を落とすと、アビエースは小さく頷いてアウェッラーナを見た。兄と同じ緑の瞳がみんなを見回す。
メドヴェージがおどけた調子で言った。
「これまでも、生き別れンなった身内に会えて抜けた奴が居るんだ。俺らに遠慮は要らねぇ。なっ、坊主?」
「何で俺に言うんだよ?」
少年兵モーフがイヤそうに言い返す。
「ん? 随分、懐いてっからよぉ」
「バ……べっ別に懐いてなんかねぇッ! また悪者に襲われたらヤベーから、護衛でついてっただけだ」
ソルニャーク隊長とアウェッラーナの目が合い、同時に苦笑する。
アビエースはモーフの話に顔を曇らせたが、みんなの様子に頬を緩めた。
「坊や、妹を守ってくれて、ありがとう」
「気にすんなって。ねーちゃんに旨い焼魚食わしてもらったお礼だ」
……モーフ君、よっぽど焼魚が気に入ったんだな。
レノは表情を改め、移動販売店プラエテルミッサの店長として、現状を説明した。
「薬の素材は何種類か手に入りましたけど、今は魔法薬の販売はしていません」
「何故です? こんなご時世だ。高く売れるでしょうに」
アビエースが首を傾げて妹を見た。
「こんな状況だからです。強盗とか心配ですし、アウェッラーナさんが政府軍や解放軍に捕まって、無理矢理働かされるかもしれないんで……」
「それで、【思考する梟】の徽章を外してるのよ。会社でも、私が薬師だってコト、内緒にしてね」
「あ、あぁ、わかった」
アビエースは、ぎこちなく頷いて話題を変えた。
「みなさん、ここで野宿なんですか?」
「あぁ。宿はどこも避難民でいっぱいだし、駐車場代も馬鹿ンなんねぇ。おまけに街ん中じゃ、こうやって火ぃ焚けねぇからよ」
「昨日、見に行ったけど、タダの駐車場は全部埋まってたし」
運転手のメドヴェージと少年兵モーフが答えると、アビエースは難しい顔で黙った。
……会社の人に頼んで、アウェッラーナさんも社宅に住まわせてもらえたら、それが一番いいよな。
ネミュス解放軍の後方支援をしに首都へ行った他の親戚は、戦争が終わってから会いに行った方がいいだろう。
当のアウェッラーナは、焚火の炎をじっと見詰めていた。
レノには、何を迷うことがあるのかわからない。
……アウェッラーナさんが抜けた後、俺たちがどうなるか考えて心配してくれてるのかな?
こうして防壁の外で野宿するのは、確かに寒い。だが、星の標のテロに遭うことはないだろう。アーテル軍は一度も、ウーガリ山脈以北には空襲していない。
以前よりずっと安全な筈だ。
魔物と魔獣の心配なら、それはもう諦めるしかない。
日が傾き、風が急に冷たくなった。
微かなエンジン音と砂利を踏む音にみんなが同じ方を見る。
「FMクレーヴェル? ラジオ局がなんでこんなとこに……?」
アビエースが訝る。
薬師アウェッラーナが背筋を伸ばして答えた。
「移動放送車で臨時放送するの。今、街の取材から帰って来たとこ」
「それが、何でこんなとこに?」
「首都の放送局が、FMクレーヴェルを除いて全て、ネミュス解放軍に占拠されたからです」
ジョールチが言うと、アビエースは目を見開いた。
「さっきから、どっかで聞いたような声だと思ったら、ニュースの! 国営放送の……」
「はい。国営放送アナウンサーのジョールチと申します。本局がネミュス解放軍の襲撃を受け、身ひとつで逃れて来ました。現在は、移動販売店プラエテルミッサのみなさんにご協力いただいて、FMクレーヴェルのDJレーフと共に臨時放送をしております」
ワゴンが停まり、レーフとクルィーロが降りてきた。
見知らぬ湖の民に一瞬、戸惑いを見せたが、薬師アウェッラーナの様子に笑みをこぼす。
「アウェッラーナさん、親戚の人、みつかったんですね!」
「お陰さまで……兄のアビエースです」
「初めまして。俺、クルィーロです。アウェッラーナさんに父と妹の怪我、治してもらってホントに助かりました。どうやってお礼すればいいかわかんないくらいで……」
「こちらこそ、妹を守って下さってありがとうございます」
型通りの挨拶を交わし、クルィーロがアマナの隣に腰を降ろす。DJレーフはジョールチに手帳を渡して座った。
葬儀屋アゴーニが二人にも香草茶を渡し、アビエースにお代わりを淹れる。
「放送する場所のニュースや物価などの生活情報、アミトスチグマの難民キャンプの様子、外国の動きも、政府やネミュス解放軍とは別ルートから入手して、放送しています」
「国営放送の人なのに、政府とは別なんですか?」
アビエースが、ジョールチの説明に首を傾げた。
……そう言われてみれば、確かにヘンな感じだよな。民放と合同だし。
「はい。政府もまた、不都合な情報を伏せています。臨時政府を置くレーチカ支局から、国営ラジオの全国放送を再開しましたが、国民の知る権利は、相変わらず抑えられています」
「首都の本局は、解放軍のプロパガンダと解放軍に都合のいいニュースしか流さないから、ウチの身内みたいにコロッと騙される奴が……」
アビエースが歯を食いしばった。
☆生き別れンなってた身内に会えて、抜けた奴が居る……アミエーラとファーキル「548.薄く遠い血縁」「563.それぞれの道」「568.別れの前夜に」、ローク「654.父からの情報」~「659.広場での昼食」参照
☆また悪者に襲われたらヤベー……「083.敵となるもの」~「086.名前も知らぬ」参照
☆ねーちゃんに旨い焼魚食わしてもらった……「045.美味しい焼魚」「046.人心が荒れる」参照
☆首都の放送局がFMクレーヴェルを除いて全て、ネミュス解放軍に占拠された/解放軍のプロパガンダ……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」参照




