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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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827.分かたれた道

 光福三号はどうしたのか。

 他の身内はどうしたのか。

 何故、船長である兄のアビエース一人が、ヴィナグラート市の水産加工場で雇われたのか。


 ギアツィント市で何があったのか。


 わからないことだらけだ。


 兄は腕時計に目をやって話を続けた。

 「空襲は、シェラタン様たちが何とかして下さったけど、みんなで話し合ってギアツィントに渡ったんです」



 船と無線の免許以外、何もかも家にある。

 ゼルノー市は立入制限で、取りに帰れなくなっていた。


 ギアツィント市で、市民証や通帳の再発行の手続きをした際、【()かし水鏡(みかがみ)】でアウェッラーナの生存、父とイレックスの死亡を知った。

 避難民があまりにも多く、手続きの順番待ちだけで一カ月余りの時を要し、身分証や通帳が手に入るのは数カ月先になる。


 アビエース一家、ヘロディウス一家はそれぞれ別の漁師の家で居候させてもらい、その家の仕事を手伝ったり、光福三号で一族揃って漁に出て過ごした。

 「同族の(よしみ)だ。これも水の(えにし)。自分ちだと思ってゆっくりしてってくれ」

 アビエースたちを泊めてくれた家の主人は、同情することなく歓迎してくれた。


 開戦から時間が経つにつれ、状況が悪化しているように思える。

 少しでもアウェッラーナの手掛かりを得ようと、ピオンの福葉二号に(なら)って中古のラジオを手に入れ、光福三号に積んだ。


 クーデターの発生は、世話になっている家のラジオで知った。

 「ウヌク・エルハイア将軍なら、きっとアーテルをやっつけて下さるさ」

 アビエースは、その家の主人が喜び、みんながそれに賛同するのが怖かったが、世話になっている身で水を差すのは(はばか)られ、何も言わないでおいた。


 妻のプルーヴィアは、「義姉(ねえ)さんの仇を討ってもらえるのね」と喜び、息子のアルンドーも「何か将軍様のお手伝いできないかな?」などと言う。

 二人とも分別ある大人だ。その場は、地元の漁師に世話になっているから気を遣って、話を合わせたのだろうと思った。


 「俺たちが行ったって、【急降下する(ワシ)】や【飛翔する(タカ)】の術が使えるワケじゃなし、足手纏いになるだけだぞ」

 アルンドーを(たしな)めて、その話はそれで終わったつもりでいた。



 「でも、明くる朝、港に出たらその話でもちきりで……」

 兄は額に(てのひら)を当てて(うつむ)いた。

 アウェッラーナは、他の身内がここに居ない理由に思い至ったが、口を挟まず耳を傾ける。

 葬儀屋アゴーニが確認した。

 「兄ちゃん、その、世話んなった家ってのは、湖の民か?」

 「はい。ネモラリス島は湖の民が多いですからね」

 「そうだな」

 同族のアゴーニは納得顔で促した。



 港に行くと、従兄一家が先に来ていた。漁へ出るにしては、荷物が多い。

 従兄の息子ナウタが、聞くより先に言った。

 「将軍様を手伝いに行くんだ」

 「何言ってんだ。俺たち、【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】だぞ?」

 アビエースは一笑に付したが、従兄夫婦と叔父の険しい視線に気付き、空笑いが引っ込んだ。


 叔父のファウトールが、湖上で鍛えられたよく通る声で言った。

 「だからこそ、首都へ行くんだ。腹が減っては(いくさ)はできぬ。ウヌク・エルハイア将軍の兵隊さんに食糧を届けるぞ!」


 昨夜のクーデターの話をしながら出漁の準備をする人々が、手を止めて耳をそばだてる。

 アルンドーが光福三号に飛び乗った。船の動揺をものともせずに振り返り、甲板から父のアビエースを見下ろす。

 「父さんは、祖父ちゃんと伯母さんの仇を討つ気がないのかよ」

 「あなた……私たちにだって、できることはいっぱいあるのよ」

 妻のプルーヴィアも船に乗り込む。


 「内乱中、伯父さんたちは【操水】で戦ってたろ。その気になれば、俺たちだって戦えるんだよ」

 従兄のヘロディウスが言うと、彼の父と妻子だけでなく、地元の漁師たちも頷いた。アビエースは驚いて、ヘロディウスの袖を掴んだ。

 「父さんは、それを後悔してたじゃないか!」

 「伯父さんとイレックスが殺されたってのに、悔しくないのかよッ! この腰抜けッ!」

 力いっぱい突き飛ばされたが、どうにか倒れず踏み留まる。


 アビエースは、復讐に駆られる身内を何とか思い留まらせようと、言葉を尽くした。

 「今はアーテルと戦争してるんだぞ? クーデターなんて、余計な(いさか)いを増やしてるだけじゃないか。それに、ウヌク・エルハイア将軍はラジオで一言も喋ってない。将軍の名を騙る反政府組織かも知れないんだぞ! そんな奴らを手伝っても、父さんと姉さんは帰って来ない! それよりラーナを捜そう。あいつはまだ生きてるんだ!」


 「アウェッラーナが小娘なのは、見た目だけだ。歳はお前と変わらんだろう」

 叔父が呆れた声で言い、ナウタの手を借りて船に乗る。

 従兄の妻イリスは、忌々しげに吐き捨てた。

 「それにあのコ、薬師(くすし)じゃない。今頃は政府軍に徴用(ちょうよう)されて、魔哮砲とか言う魔法生物を使う兵隊の為に、薬を作ってるかもしれないのに」

 「そんな、決めつけんなよ。どっかの避難所で人助けしてるかもしれないだろ」

 「何よ! アビエースだって、ネミュス解放軍を将軍様の名を騙る悪者呼ばわりしたじゃない!」

 「シスコンは黙ってろよ」

 ナウタが母イリスに加勢すると、いつの間にかできた緑の人垣がどっと沸いた。


 従兄のヘロディウスが(もや)(づな)を解く。

 「そんなにイヤなら来なくていい。腰抜けは足手纏いだからな」

 「なッ……! 言わせておけば……!」

 プルーヴィアの声が【操水】を唱えた。

 アビエースはずぶ濡れにされ、呆然と自分の船を見上げる。


 妻は甲板からアビエースを見下ろし、湖水よりも冷たい声で言い放った。

 「あなたが親きょうだいの仇を討たない薄情者だったなんて、見損なったわ。離婚よ。もう好きにするといいわ、意気地無しさん」

 人垣から「姐さんよく言った」などと無責任な声と拍手が飛ぶ。


 最後に従兄が乗り込み、ギアツィント漁協の漁師たちに宣言した。

 「今から、このヘロディウスが光福三号の船長です。みなさんにご恩返しできなくてすみませんが、クレーヴェルでウヌク・エルハイア将軍の為に働きます!」

 熱狂した湖の民の激励に送られ、光福三号はアビエースを置き去りにして出港した。


 言葉も涙も出ない。


 肩を叩かれて振り向くと、世話になっている家の主人が居た。

 「あんた、妹さんを捜しに行くんなら、急いだ方がいい。クーデターでどうなるか、わかったもんじゃないからな」

 アビエースは、再発行されたばかりの通帳と身分証、新たに得た僅かな荷物だけを持って、ギアツィント市から追い出された。



 「ゼルノー市に跳べる状況じゃないし、クレーヴェルの方へ行くのは危ない。それで【跳躍】を繰り返して北へ向かったんだが、(おか)は避難民がいっぱいで、人手が余ってる。どんどん北へ追いやられて貯金が底をついて、ラーナを捜すどころじゃなくなって……やっとここで雇ってもらえたんだ」

 アウェッラーナは言葉もなく、一人で苦労した兄の皺深い手を握った。

☆空襲は、シェラタン様たちが何とかして下さった……「309.生贄と無人機」参照

☆ゼルノー市は立入制限……「168.図書館で勉強」参照

☆クーデターの発生……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」参照

☆内乱中、伯父さんたちは【操水】で戦ってた……「001.半世紀の内乱」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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