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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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826.あれからの道

 香草茶の香気を胸いっぱい吸い込んで、どうにか気持ちを落ち着ける。


 ジョールチが、星の道義勇軍の三人と葬儀屋アゴーニと共に雑木林から戻ってきた。四人は、我がことのように兄妹の再会を喜んでくれた。

 「ねーちゃん、よかったな」

 「ありがとう」

 アウェッラーナは、少年兵モーフが湖の民にこんな屈託のない笑顔を向けるのを意外に思ったが、嬉しかった。


 みんなにお茶が行き渡ったところで、兄が居住いを正して自己紹介する。

 「時間がないので手短に。俺は、ゼルノー漁協所属、光福三号の船長だったアビエースです。妹が大変お世話になりまして、ありがとうございました」


 ……船長「だった」? どう言うこと? 船は?


 アウェッラーナは引っ掛かったが、話の腰を折る時間はないので黙っていた。

 「俺の方こそ、折れた腕、治してもらって助かったんで、お互い様だ」

 「私の足も一生懸命治してくれたよ」

 「みんな、アウェッラーナさんが居なかったら、ホントにどうなってたか……」

 メドヴェージとエランティスに続いて、ピナティフィダにも改めて礼を言われ、薬師(くすし)アウェッラーナはハンカチで顔を覆った。


 「船は……みんなは……」

 「父さんと兄さんは……」

 「知ってる」

 「そうか。他のみんなは、話せば長くなるんだが……」

 兄が頭を掻くと、ソルニャーク隊長が促した。

 「ゼルノー市がどうなったか、どうしてここまで来られたのか、差し障りなければ、お聞かせ願えませんか?」

 「あんまり(おか)に上がらなかったんで、大した話はできませんけど……」

 兄はそう前置きして、この一年のことを話し始めた。


 挿絵(By みてみん)


 光福三号は、あの日もいつも通り、昼網に出ていた。

 沖に出たのは、船長のアビエースと息子のアルンドー、従兄のヘロディウスとその息子ナウタ、叔父のファウトールの五人だ。姉のイレックスは父の看病で市民病院、妻プルーヴィアと従兄の妻イリスは水産加工場で仕事をしていた。


 「何だありゃ?」

 従兄のヘロディウスが指差す方を見ると、(おか)から猛然と黒煙が上がっていた。

 「工場が火事んなったのか?」

 言った途端、漁協から無線が入った。

 「グリャージ区で火災発生。スカラー区にも延焼中。現在、両地区の消防団が消火作業に当たっています。操業を中止し、スカラー区の湖岸で、避難した住民を救助して下さい」

 「了解」


 商店街の近くに接岸した時には、火の手がすぐそこまで迫っていた。

 「消防団の連中、何やってんだよ!」

 「それより今は救助だ」

 この辺りの湖岸は、店の倉庫や住居兼店舗の裏手にあたる。小さな建物の隙間からは、国道を北へ逃げる人の群が見えた。

 湖岸に出てくる者は居ない。

 ずっと南のグリャージ区方面で、消防団が湖水を起ち上げる。


 「何で、みんなあっち……」

 連続する軽い破裂音で、ナウタの表情が凍った。

 半世紀の内乱中、イヤと言う程、耳にした音だ。

 「機関銃? 何で……」


 無線に僚船の叫びが入る。

 「どうなってんだ、これ? 船が動かねぇッ!」

 「何なんだよ、この火事ッ!」

 「先程、警察から連絡がありました。所属不明の武装集団による攻撃だそうです。国道を北上しています。無理に上陸せず、速やかに湖上へ避難して下さい」

 僚船の悲鳴に構わず、漁協の女性は落ち着いた声で一方的に状況を並べた。


 「水雲丸、助けに行くか?」

 「いや、水産加工場へ急ごう。今ならまだ間に合う」

 船長のアビエースは叔父の発言を一蹴し、僚船を見捨てて妻たちの救助へ向かった。途中、路地から出てきた住民を五人拾った。

 その後は岸を離れ、母港があるジェレーゾ区の水産加工場へ急いだ。



 「その……五人の中にパン屋は居ませんでしたか? 椿屋のファリナって言うんですけど……」

 レノ店長が、居ても立っても居られない様子で口を挟んだ。彼の妹たちも息を詰めて、アウェッラーナの兄に視線を注ぐ。

 「パン屋のおかみさん、居ましたよ。後、時計屋さんと乾物屋さんも……」

 「あ、あのっそれッ! 母なんですッ!」

 「今、どこに居るんですかッ?」

 パン屋の兄妹がマグカップを放り出し、老いた漁師に縋りつく。


 「トポリで分かれて、今はどうしてるか……ごめんな」

 「トポリ? トポリに居るんですね?」

 「まぁ、落ちつけよ」

 葬儀屋アゴーニが水を起ち上げ、香草の束を挿し込んだ。香気が広がり、レノ店長が「すみません」と呟いて老漁師の肩から手を離す。ジョールチが【操水】でマグカップを洗い、アゴーニが香草茶を淹れて三人に手渡した。


 パン屋の兄姉妹(きょうだい)は、項垂(うなだ)れたまま小声で礼を言い、元の場所に座り直した。

 元テロリストのメドヴェージが明るく言う。

 「すっ飛ばすとわかんなくなっから、順番に、なっ」

 アウェッラーナは、他の身内がどうなったか早く知りたくて仕方ないが、黙って兄の話に耳を傾けた。



 入院中の父は動かせない。

 水産加工場に着いた時には、漁協からの無線は沈黙し、隣の倉庫まで火が回っていた。人々は【操水】で消そうとしていたが、何故か、起ち上げた水が力を失い、火元へ届く前に落ちてしまう。真っ黒な煙が空を塞ぎ、人々は咳込みながら呪文を唱え続けた。

 岸に近づけば、煙に巻かれて危険だ。

 「プルーヴィアーッ!」

 「母さーんッ!」

 「イリス! イリース! どこだッ! イリスッ!」

 「母さん、こっちー!」

 二人が気付き、岸壁に駆け寄った。

 何か呪文を唱えたようだが、何も起こらない。妻たちの表情が凍った。


 爆発音と機関銃の発砲音が迫る。


 「いいから飛び込め! 【操水】で拾ってやる!」

 叔父が叫び、二人は迷わず、真冬の塩湖に身を躍らせた。

 服に【魔除け】と【耐寒】がなければ、躊躇しただろう。

 風向きが変わり、消火班が煙に巻かれて見えなくなった。


 アビエースたちは一斉に【操水】を唱えた。

 「何だこれ?」

 「水が重い?」

 異様な手応えに驚いたが、五人掛かりでどうにか二人を甲板に掬い上げられた。全力でジェレーゾ港を脱出する。


 父を諦め、イレックスとアウェッラーナを見捨てた罪悪感に(さいな)まれながら、北隣のマスリーナ港へ逃れた。

 港は既にいっぱいで、船を(もや)える場所がない。

 湾内に犇めく漁船と衝突せぬよう、距離をとるのに神経を擦り減らした。


 岸に近付くこともできず、獲った魚を分け合って数日を過ごした。

 マスリーナ漁協の者が、堅パンと情報を差し入れてくれた。

 「(おか)の避難所はもういっぱいだから、キパリース……いや、思い切ってトポリにでも行った方がいいぞ」

 「ありがとうございます」

 混雑する湾内から出た時、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲が始まり、沖へ出てやり過ごした。


 湖上で僚船と出会い、情報交換した。

 ピオンの福葉(ふくよう)二号は、ラジオを積んでいた。

 ニュースで、リストヴァー自治区の「星の道義勇軍」を名乗る集団が武装蜂起したこと、湖岸のグリャージ区、スカラー区、ジェレーゾ区が壊滅したこと、アーテル共和国が自治区民の救済を掲げて宣戦布告し、ネーニア島の都市を空襲したことを知った。


 数日後、ネモラリス軍が新兵器【魔哮砲】を投入して、アーテル軍の爆撃機を迎撃し始めた。

 空襲が鳴りを潜めてから、力なき陸の民の五人をトポリ港に降ろした。



 「市街地は、港と空港を中心に随分やられてたけど、防壁に近い辺りはそうでもなかったんです。俺らは船に住んで、魚獲って、自分らで食べて、余りは避難所に配って……」

 「あの……母は……」

 レノ店長が遠慮がちに聞く。

 ソルニャーク隊長はいつもの静かな目で見守り、メドヴェージは何度も頷きながら聞き入り、少年兵モーフはアウェッラーナの兄とピナティフィダの間で目を泳がせた。


 「パン屋さんは、おカネ持ってて、お礼にってドライフルーツ買ってきてくれましたよ。いいですよって断ったんですけど、仕事が決まったからって……」

 「えっ? 仕事?」

 「市街地はやられたけど、郊外の基地は無傷で、トポリ市民が大勢、避難してたそうなんです」

 「あぁ、トポリ基地は、旧王国時代の砦を改装したものだそうですね」

 ジョールチが言うと、アウェッラーナの兄は頷いて続けた。

 「空襲が止んで、みんなが街に戻ってから、食堂の求人が出たそうで……」

 「じゃあ、母さんは基地に居るの?」

 エランティスに期待の籠もった眼差しを向けられ、アウェッラーナの兄は(うつむ)いた。

 「多分……ピオンさんたちは、マスリーナ沖から親戚が居るレーチカに渡って、俺たちは、また空襲が始まったから、ギアツィントに移動したんで……」

 「でも、基地は頑丈だから、大丈夫ですよね?」

 ピナティフィダが祈るような声で聞いた。


 帰還難民センターで安否を確認してから、数カ月が過ぎている。


 ガルデーニヤ市など、ネーニア島西部が酷い空襲を受けたニュースを見たが、トポリなど東部の都市がどうなったのか、(ほとん)ど情報がない。


 「ごめんな。俺たち、ずっと船で過ごしてたから、トポリの(おか)のこと、よく覚えてなくて、【跳躍】できないんだ」

 「い、いえ、とんでもない! 教えて下さってありがとうございます!」

 「居場所がわかってホントに……」

 レノ店長が慌てて礼を言い、姉妹は嬉し泣きで顔をくしゃくしゃにした。


 ……でも、ネーニア島に渡る手段がないのよね。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、パン屋の兄姉妹を気の毒に思ったが、それより自分の身内がどうなったのか、気が気でなかった。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

☆俺の方こそ、折れた腕、治してもらって助かった……「087.今夜の見張り」参照

☆私の足も一生懸命治してくれた……「712.半狂乱の薬師」「716.保存と保護は」参照

☆姉のイレックスは父の看病で市民病院……「002.老父を見舞う」「008.いつもの病室」参照

☆船が動かねぇ……「025.軍の初動対応」「043.ただ夢もなく」参照

☆リストヴァー自治区の「星の道義勇軍」を名乗る集団が武装蜂起した……第一章 二月一日~第二章 二月二日参照

☆市街地はやられたけど、郊外の基地は無傷/トポリ基地は、旧王国時代の砦を改装したもの……「750.魔装兵の休日」「756.軍内の不協和」参照

☆ピオンさんたちはマスリーナ沖から、親戚が居るレーチカに渡って……「698.手掛かりの人」参照

☆また空襲が始まった……「307.聖なる星の旗」「309.生贄と無人機」参照

☆帰還難民センターで安否を確認……「596.安否を確める」参照

☆ガルデーニヤ市など、ネーニア島西部が酷い空襲を受けたニュース……「759.外からの報道」参照

☆トポリなど東部の都市がどうなったのか、殆ど情報がない……「634.銀行の手続き」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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