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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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845/3506

825.たった一人で

 ネーニア島のトポリ市とネモラリス島北西部のヴィナグラート市は、地図上の直線距離は短い。だが、トポリ市の対岸に位置するギアツィント市と、ヴィナグラート市の間には、広大な森が横たわる。

 かつては、術で守られた古い道が、ウーガリ山脈の麓を走っていた。ウーガリ古道は、半世紀の内乱で寸断され、山脈北部の大部分が通行不能だ。森には魔物や魔獣が多く、最短距離を横切る道路は建設できなかった。

 陸路では、湖岸沿いの入り組んだ道を行かねばならず、かなり遠回りになる。


挿絵(By みてみん)


 光福三号は小型の漁船で、いつもゼルノー市沖の(おか)が見える所で操業していた。

 魔道機船は、燃料ではなく乗組員の魔力で動かす。どこかの港で休ませてもらえれば、湖上封鎖の影響で燃料が手に入り難くなっても、遠くまで行ける。


 ……理論上は、ね。でも、知らない水域まで行くかな? ピオンさんたちだって、レーチカで留まってたのに。


 南のラクリマリス領へ逃れた僚船も、多くはネーニア島南東部に留まっている。繋留場所が足りないから、仕方なく南へ南へ追いやられたのだ。



 「北部は湖上封鎖の影響を受けずに出漁できるので、魚の価格が安定しているのでしょう」

 「え、じゃあどうしてパンも安……いや、まぁ、値上げはしてますけど……」

 国営放送アナウンサーのジョールチは、話の腰を折ったレノ店長にイヤな顔ひとつせず、説明した。

 「西グラナート市で、大型船が島を周っていると言っていましたよね。リャビーナ港から輸入した物が、比較的手に入り易いからだと思いますよ」

 「どうして買いやすいの?」

 「大きい街は、パン屋さん閉まってたのに」

 アマナとエランティスが首を傾げる。ジョールチは東に目を向けた。


 アウェッラーナは、ヴィナグラート市の東には葡萄(ぶどう)畑が広がり、大粒の干し葡萄やジュースに加工して輸出しているのを思い出した。


 「ここからじゃ、遠くて見えないけど、街の東に葡萄畑があってね。それが、外貨……えーっと、外国のお金持ちに人気で、高く売れるから、そのおカネで色々買えるんだよ」

 「へぇー、スゴイねー」

 エランティスが無邪気に感心する。

 ヴィナグラート産の干し葡萄は、庶民の口には入らない高級品だ。


 ……ドーシチ市のお屋敷で出されたかもしれないけど、知らないんじゃわかんないわね。


 「それで、街の名前が葡萄(ヴィナグラート)なんですね」

 クルィーロが東に目を凝らして成程(なるほど)、と頷いた。



 昼食後、アウェッラーナはレノ店長と共に水産加工場へと急いだ。

 港の近くに【跳躍】許可地点がないので、門からは走るしかない。

 二人は、奇異な目で見られながら、昼網の準備が進む港を駆ける。


 レノ店長とどんどん距離が開く。

 アウェッラーナは腕時計を見た。午後の始業まで、時間がない。遠ざかるレノ店長の背中を懸命に追い掛けた。



 工場のシャッターを背に、男性が二人立っていた。

 陸の民と湖の民だ。

 まだ遠くて、顔はわからない。背格好は似ているような気がした。気が()くばかりで息が切れ、これ以上速くは走れない。冷たい風が喉に入り、何度もむせたが立ち止まらず、ひたすら足を前に出した。


 湖の民が気付いて走り出す。

 足を緩めたレノ店長の脇を駆け抜け、アウェッラーナに向かって来る。

 レノ店長が引き返し、シャッター前の陸の民が頭を掻いて歩きだした。


 アウェッラーナは、激しく咳込んで足が停まった。

 こんなに走ったのは何十年振りだろう。

 声を出そうとしたが、冷たい風を吸い込んで更に激しく咳込んだ。


 「ラーナ、大丈夫か?」


 懐かしい声に愛称を呼ばれ、返事の代わりに涙がこぼれる。

 アウェッラーナは、何も言えなくなってその胸にしがみついた。兄は声もなく、日に焼けた太い腕でアウェッラーナを抱き締めた。


 「アビエースさん、そのコ、妹さんで間違いないか?」

 「はい、ありがとうございます。歳は近いんですけど、妹は長命人種で……」

 インターホンの声の主に応える声が涙で揺れる。

 「あー……まぁ、つもる話もあるだろうから、あんた、午後から休みでいいや。夕方、事務所に顔出して、これからどうするか教えてくれ」

 「はい、ありがとうございます」

 アウェッラーナも礼を言おうとしたが、嗚咽で言葉にならない。レノ店長が手の甲で涙を拭い、職員の後ろ姿に深々と頭を下げた。



 「俺、アウェッラーナさんと一緒に避難してる椿屋のレノです。仲間のところでゆっくりしませんか?」

 「妹がお世話になったみたいで、ありがとうございます」

 「とんでもない! 俺たちの方こそ、アウェッラーナさんが居なかったら、何回死んでたか……」

 「そんな大変だったのか?」

 兄に両肩を掴まれ、アウェッラーナは涙を拭いながら頷いた。

 レノ店長がやきもきする。

 「日が暮れる前に戻って、会社の人に説明しなきゃいけないんですよね? 時間ないんで……」

 「他の人はどこに?」

 「外……トラック」

 アウェッラーナがしゃくりあげながら辛うじて言うと、兄はレノ店長に続いて歩きだした。


 漁港を抜け、下街を通り、防壁の外へ出る。

 「外って、街の外なのか」

 「街の中じゃ、焚火できるとこがないから」

 「トラックで避難してるんです」

 躊躇う兄の手を引いて言うと、レノ店長が補足してくれた。


 国道を少し歩き、遠くに畑が見えたところで南へ逸れる。

 先日の雪が少し残って歩き難い。枯れ草に覆われた緩やかな斜面を登ると、小さな雑木林が見えてきた。雑木林の西には、国道に繋がる砂利道がある。農村の住民にキノコ狩りで使う道だと教えてもらった。


 焦って【魔力の水晶】を持って出るのを忘れたせいで、随分、時間を無駄にしてしまった。

 漁で鍛えられた筈だが、兄は息切れしている。老いを思い知らされ、アウェッラーナは兄から目を逸らして言った。

 「あ、でも、買出しと薪拾いで、お留守が多いんだったわ」

 トラックはあるが、FMクレーヴェルのワゴンは街へ降りていた。

 留守番は、女の子たちとパドールリク、国営放送のジョールチだ。

 「あ、お兄ちゃん、早かったのね」

 「その人、だあれ?」

 ピナティフィダとエランティスが、書き物の手を止めて立ち上がる。大人二人とアマナも顔を上げた。


 「兄です……」


 他の身内がどうなったのか、怖くて聞けない。

 再び涙が滲み、アウェッラーナはそれ以上言えなくなった。


 レノ店長が代わりに説明する。

 「夕方には一回、工場に戻んなきゃいけないんで、今は事情の説明と、これからどうすんのか、パパッと……」

 「薪拾いのみなさんを呼んできます」

 ジョールチがペンとバインダーを置いて雑木林へ走る。

 「あ、そうだ。お茶! お茶淹れますね」

 ピナティフィダとエランティスが荷台に飛び込んだ。

☆陸路では、湖岸沿いの入り組んだ道を行かねばならず、随分、遠回り……「721.リャビーナ市」参照

☆ピオンさんたちだって、レーチカで留まってた……「698.手掛かりの人」参照

☆僚船も、多くはネーニア島南東部に留まっている……「748.異国での捜索」「749.身の置き場は」参照、「633.生き残りたち」の件は「699.交換する情報」で教えてもらった。

☆大型船が島を周っている……「819.地方ニュース」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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