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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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844/3504

824.魚製品の工場

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行が、湾の最奥に位置するヴィナグラート市に到着したのは、一月の末だった。


 薬師(くすし)アウェッラーナが天を仰ぐ。

 鈍く曇った空は、今にも雪が降りだしそうだ。


 ……あれからもうすぐ、一年になるのね。


 視線が足下に落ちる。

 重い泥の中を歩くような日々だったが、過ぎてしまえばあっと言う間だった。振り返ろうにも、毎日を生き延びるのに必死で、どうやって過ごしたのか記憶があやふやな日々の方が多い。

 光福三号で出漁した身内とは、丸一年会えなかった。帰還難民センターの【明かし水鏡(みかがみ)】で、生きているのがわかっただけでも有難いが、どこでどうしているか、全く手掛かりがない。


 ……このまま、一生会えないなんてこと、ないよね?


 一族の中でアウェッラーナだけが長命人種だ。

 叔父のファウトールはとっくに老人で、兄夫婦と従兄夫婦も、あと数年で年金を受け取る年齢になる。甥と従兄の息子は働き盛りで、アウェッラーナよりもずっと年下だが、外見は倍くらい年上に見える。


 戦争から生き延びても、百年足らずの時間が彼らの命を奪ってしまうのだ。


 のんびりしていられないが、雪が降れば、捜しに行こうにも移動が難しくなる。そう思うと居ても立っても居られなくなるが、焦燥に駆られるばかりで、どうすれば行方を掴めるのか、名案は浮かばなかった。


 ……こうやって、地道に尋ねて歩くしかないのね。


 いつもと同じ結論に到り、薬師(くすし)アウェッラーナは顔を上げて港への道を急いだ。隣を歩くレノ店長も、マフラーの上に出た目が暗く沈んでいる。



 湾の奥は、湖水を渡る北からの風が岬や小さな半島で遮られ、穏やかに凪いでいた。

 漁は未明から夜明けに掛けて行われる。

 昼食にはまだ遠いが、水揚げから数時間経つ今は、漁港に喧騒はなく、人々は静かに働いていた。


 緑色の髪をきっちりまとめたおかみさんが、開いた魚を手際よく干し網に並べる。

 「こんにちは」

 「こんにちは。干物欲しいのかい? あっちの工場に売店があるよ」

 アウェッラーナが声を掛けると、おかみさんは手を休めずに顎をしゃくった。

 「ありがとうございます。それと、人も捜してるんですけど、ネーニア島のゼルノー漁協の光福三号って言う船、みかけませんでしたか?」

 「ゼルノー市から避難した身内を捜してるんです」


 おかみさんは、湖の民の少女と陸の民の青年の組合せを不思議そうに見た。


 「私たち、家が近くて、ウチの船で一緒に避難したかもって……」

 「あぁ、ご近所さんかい。そこの工場、逃げてきた人も何人か働いてるけど、どっから来たかなんて知らないよ」

 「ありがとうございます。そこの工場ですね」

 レノ店長が軽く頭を下げて駆けだす。アウェッラーナは、早口に礼を言って追い掛けた。



 案内の看板に従って、工場の裏手に回る。

 売店には、干物や燻製、缶詰、小魚や魚卵の瓶詰、塩辛など、たくさんの加工品が所狭しと並び、湾内だけでなく、かなり北まで船を出すのか、アウェッラーナがみたことのない魚もあった。


 「魚は割と普通の値段なんだな」

 レノ店長が呟く。

 値札には、現金価格と交換品の例が併記してあるが、どちらも戦争前のゼルノー市と大差なかった。

 工場の裏にある売店は大通りに面し、そこそこの客で賑うが、みんなのんびり品定めしている。ギアツィント市までの道中で見たような殺気立った客は、一人もいなかった。


 二人は、なるべく安い缶詰と瓶詰を十三個ずつ買物籠に入れた。流石に買い占めるのはどうかと思い、取敢えず、一人一個ずつだ。


 「あら、いっぱい買ってくれるのね。ありがとう」

 レノ店長が品出しの係に笑顔を返す。

 「頼まれ物なんです。……それと、ここの工場に避難してきた人が働いてるって聞いたんですけど、出身地とかご存知ありませんか?」

 「空襲で生き別れになった身内を捜してるんです」

 「あらあら……あたしじゃわかんないから、お買物の後で事務所の方へ行ってご覧」

 品出しの係は心底、同情した顔で言い、仕事に戻った。



 買物を終え、漁港側の事務所に回る。

 工場の入口は大型のシャッターで、水揚げした魚を搬入する時以外は下ろしてあった。その横の通用口は狭い扉で、こちらも閉まっている。

 アウェッラーナは、レノ店長と顔を見合わせて頷くと、呼び鈴を押した。ずっと遠くでブザーの音が微かに聞こえる。


 ややあって、男性の声が応えた。

 「恐れ入りますが、干物をお求めでしたら、売店へ回って下さい」

 「あ、いえ、お忙しいのにすみません。人を捜してるんです。こちらで、ネーニア島から避難してきた人が働いてるってお伺いして……」

 アウェッラーナは、インターホンを切られない内にと早口で捲し立てた。

 「お嬢ちゃんの名前は? 誰を捜してるんだ?」

 客ではないとわかった途端、横柄な物言いに変わったが、それでも一応、従業員に聞いてくれるつもりらしい。


 アウェッラーナは勢い込んで答えた。

 「ゼルノー漁協所属の光福三号、船長アビエースの妹アウェッラーナです。兄のアビエースと兄嫁のプルーヴィア、甥のアルンドー、従兄のヘロディウスと妻のイリス、その息子のナウタ、それと叔父のファウトール、全部で七人、みんな湖の民で【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派です」

 「俺は、ゼルノー市スカラー区の椿屋って言うパン屋の長男、レノです。ひょっとしたら母のファリナも一緒に避難してるかもしれません。母は、力なき陸の民です」

 「ウチで雇った避難民は、男ばっかり三人だけで、みんな湖の民だ」

 「ゼルノー市の人が居たら、身内の手掛かりを知ってるかもしれないんで、聞くだけ聞いていただけませんか?」

 「お願いします!」

 二人の必死の頼みに返された声は、明らかに面倒くさそうだった。


 「今、仕事中なんでな。昼休みにちょっと聞いてみるから、えーっと船長の妹の……?」

 「アウェッラーナです」

 「それと、椿屋のレノです」

 「アウェッラーナとレノ、な。知り合いかどうか聞いてやっから、一時ちょっと前に出直してくれ」

 「ありがとうございます。お忙しいところ、お邪魔してしまってすみませんでした」

 「よろしくお願いします」

 手っ取り早く追い返す為の断り文句かもしれないが、二人は一縷の望みを託して水産加工場を離れた。



 大通りに出て案内板の前で足を止めると、愚痴めいた言葉が転がり出た。

 「何だか……疲れちゃいましたね」

 「俺もです。今、十一時前……何だかビミョーですね。そこのパン屋さんだけ覗いて、戻りませんか?」

 「そうですね。缶詰、重いでしょうし」

 レシートの裏に買わなかった品の値段をメモして、通りの向かいにあるパン屋に行った。


 小麦価格の高騰で値上がりしているが、材料を仕入れて営業できるだけ、まだいい方だ。値上げ幅も、レーチカやギアツィントのように数十倍と言うことはなく、十倍足らずで済んでいた。

 「いや、それでも冷静に考えたら、とんでもない値段だよな」

 「何だか感覚がおかしくなりそうですよね」

 すごすご店を出た二人と入れ違いに、身形のいい客が入った。


挿絵(By みてみん)

☆あれからもうすぐ、一年になる……第一章 二月一日

☆一族の中でアウェッラーナだけが長命人種……「002.老父を見舞う」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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