823.明かさない国
ラクエウス議員は椅子に背を預け、老眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「ネモラリスの政府軍が攻撃を行ったなら、大使が何か耳にしておるやもしれん。……我々に明かしてくれるかどうかわからんが、一応、聞いてみよう」
「お願いします。僕はランテルナ島に潜伏中の同志に聞いてみます」
「俺は、ラゾールニクさんの返事を待つ間、基地周辺住民の情報を探ります」
ファーキル少年が何でもないことのように言う。
「アミトスチグマから、そんなコトができるのかね?」
「簡単ですよ。住所を特定したアカウントがたくさんあるんで、その発言を一週間分、遡るだけです。アーテル軍はSNSを監視して消してると思いますけど、削除漏れはありますからね。爆撃機が移動した方向くらいはわかるかもしれません」
「では、任せるよ。君は儂よりずっとしっかりしておる」
老議員が褒めると、ファーキル少年は照れ隠しのように敬礼した。
流石にこの件では、アミトスチグマ人のジュバーメン議員を同行する訳にはゆかない。アサコール党首が戻るのを待って、駐アミトスチグマ王国ネモラリス大使館を訪ねた。
以前、提供した情報でラクエウス議員らを利用できるとみたのか、突然の訪問にも関わらず、二人は大使と面談できた。
アサコール党首が、「まずはこれを」とタブレット端末にネモラリス軍が魔哮砲を回収したとのニュースを表示させる。
大使と駐在武官は、露骨にイヤな顔をした。
「昨年の魔哮砲実戦投入についても、我々には、何ひとつ連絡がなかったのですよ。この度の回収も、マスコミの問合せで初めて知った次第で……」
大使に疲れた声で言われたが、両者には、それだけで事実だと信じられる程の信頼関係はなかった。
駐在武官は、突然の訪問者を視線で探りながら言った。
「ラクリマリス政府が【鵠しき燭台】を使ったなら、我が軍があれを回収したことに相違なかろう。シクールス陸軍将補は、現在の王国軍にも元部下や友人知人が多いのだ。【鵠しき燭台】の映像を別人と見間違えるとは思えん」
「我々も、ラクリマリスの会見後、マスコミから質問責めにされて胃が痛いのですよ」
言われてみれば確かに、大使の顔色は良くなかった。
「では、大使閣下らも、魔哮砲の行方はご存知ない……と?」
「私が教えていただきたいくらいですよ。あなた方の活動で、何か掴んでいらっしゃいませんか?」
大使が、縋るような目でアサコール党首に問うた。
まだ、アーテルのイグニカーンス空軍基地の件は調査中だ。事故なのか、ネモラリス政府軍、ネミュス解放軍、ネモラリス憂撃隊のいずれかの仕業なのか、それとも別の勢力によるものなのか、確かなことは何ひとつとして掴めていなかった。
「ネミュス解放軍と国内に入り込んだ星の標は、あれを敵視しています。回収後、どこかで作戦行動中にせよ、メンテナンスを行っているにせよ、所在が知られれば、妨害や破壊に動くでしょう」
駐アミトスチグマ大使も、流石にそこまでは把握していた。
駐在武官が不快げに聞く。
「貴殿らは、武力行使以外の方法で平和を目指すと言っておったな。何故、あれの所在を気にしておるのですかな?」
「交渉の材料になるからですよ」
「交渉の材料?」
アサコール党首の答えに大使と武官の問いがひとつになった。
「そうです。アーテルの表向きの開戦理由は、我らが自治区の救済ですが、真の目的は、魔哮砲を実戦投入させ、国際社会の目に晒した上で、“悪しき業”を用いたネモラリス共和国を叩くことにあるのでしょう」
「ですから、こちらから、国連の査察団……蒼い薔薇の森だけでなく、今度は霊性の翼団を加えた査察団の立会の下で、魔哮砲を破棄すれば、アーテルが戦争を継続する理由はなくなります」
大使は、ラクエウス議員とアサコール党首の説明に首を振った。
「そう都合よくはゆかないでしょう」
「何故です?」
「ラクリマリス政府が、あれは分裂して増殖すると公表しましたからね。一頭始末したところで、まだ他にも残っているだろう、とアーテル……いえ、世界の疑いは晴れませんよ」
「現に今朝、公開された映像でも、四眼狼に食い千切らせておったろう」
駐在武官がこめかみを抑えて俯く。
ラクエウス議員は、思わずアサコール党首と顔を見合わせた。
大使が冷めきった香草茶を啜って続ける。
「魔法生物なので物理攻撃は効かず、魔法で攻撃されれば魔力を吸収して成長します。異界とこの世の両方に属する魔獣の牙でなければ、傷付けられません。それも、食い千切られた断片の大半は死んだようですが、一部は生き残っていました。そんなどうしようもないモノが複数存在しているのですよ? アーテルでなくとも、脅威だと認識しますよ」
「そんなモノが何頭居るかもわからず、断片はその辺の隙間に隠れられる大きさ。しかも、あの威力……倒し方がわからぬ限り、おちおち眠れぬだろう」
駐在武官が頭を抱えて発した声が、肩に重くのしかかった。
☆以前、提供した情報……「626.保険を掛ける」~「628.獅子身中の虫」参照
☆昨年の魔哮砲実戦投入についても、我々には何ひとつ連絡がなかった……「241.未明の議場で」「627.大使との面談」参照
☆ネミュス解放軍(と国内に入り込んだ星の標)は、あれを敵視……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆アーテルの表向きの開戦理由は、我らが自治区の救済……「078.ラジオの報道」「144.非番の一兵卒」「340.魔哮砲の確認」参照
☆国連の査察団……「269.失われた拠点」「284.現況確認の日」参照
☆ラクリマリス政府が、あれは分裂して増殖すると公表……分裂して増殖する「726.増殖したモノ」、公表「759.外からの報道」参照
☆魔法生物なので物理攻撃は効かず、魔法で攻撃されれば魔力を吸収して成長……「581.清めの闇の姿」参照
☆脅威だと認識……=三界の魔物と魔法生物全般への共通認識「239.間接的な報道」「403.いつ明かすか」参照




