822.未確認の情報
「本日、ラクエウス先生にご相談に上がったのは、こちらが本題なんです。……このニュース、ご覧になりましたか?」
若手のクラピーフニク議員が、老議員にタブレット端末を向ける。ラクエウス議員は老眼鏡を掛け直して、ポータルサイトに目を走らせた。
今朝、配信されたばかりの記事だ。
ラクリマリス王国軍による発表モノで、ネモラリス政府軍がツマーンの森から魔哮砲を回収した、との内容だ。報道官が、記者団を前にツマーンの森から回収した遺留品を【鵠しき燭台】に掛ける動画もあった。
「使い魔にした四眼狼をけしかけて、魔哮砲を殺処分するのかと思ったんですけど、単に手頃な大きさに削っただけでした」
クラピーフニク議員が、動画の要約記事に肩を落とした。
「ネモラリス軍の魔装兵が、小さくした魔哮砲と【使い魔の契約】を結びました。【従魔の檻】を使って回収して、どこかへ【跳躍】……今はどこに居るかわからなくなっています」
「この動画では軍服を着ておらんが、この魔法の道具は、映った者の所属もわかるのかね?」
「あれっ? ラクエウス先生は、シクールス陸軍将補とご面識は……」
クラピーフニク議員が目を丸くする。
「ないな。生憎、軍の上層部とは接点がないものでな」
半世紀の内乱中は、敵として戦った。
軍幹部には長命人種が多く、ラクエウス議員とは互いに距離を置いている。
ファーキル少年の端末が、机上でガタガタ音を立てて震えた。
「あ、ラゾールニクさんです」
端末を手早く操作し、机上に置く。
画面には、崩壊した建物の写真が表示されていた。コンクリート造りの建物は、一階と二階は無傷だが、その上は完全に吹き飛び、元が何階建てであったのかさえわからない。
ファーキル少年の指が画面を撫で、下から別の写真が現れる。
全焼した建屋の残骸だ。基礎付近で折れた鉄骨と地面の焦げ跡で、辛うじて焼け跡だとわかった。
「アーテル本土のイグニカーンス空軍基地だそうです」
「えッ?」
「何ッ?」
議員二人が端末から顔を上げる。諜報員ラゾールニクから連絡を受けた少年は、大人二人を相手に物怖じすることなく説明した。
「ラゾールニクさんも記者会見の場に居て、【鵠しき燭台】の映像を録画しました。それで、端末持ってるアサコール先生とクラピーフニク先生にデータを見てもらって、ラクエウス先生の歌の練習が終わるのを待ってたんです」
「アサコール先生は、王都のメンバーと連絡を取っています」
クラピーフニク議員は、ラクエウス議員と対策を協議する為にマリャーナ宅を訪れたと言う。
ファーキル少年が、ラゾールニクの活動を語る。
「アーテル人向けのSNSで気になる書き込みをみつけて、さっき見に行ってもらったんです」
「気になる書き込み?」
「書き込みの日付は先週でした。夜中にイグニカーンス基地の方で爆発音と火柱が上がったって言うもので、住人が撮った火柱の写真もありました。でも、ニュースにはそれらしい記事がありません」
ラクエウス議員は、ファーキル少年の手許に目を遣った。
「それが、この惨状なのかね?」
「はい。ラゾールニクさんの調べでは、衝撃波で窓ガラスが割れた家もあったそうです。住民の話では、弾薬庫の爆発事故だけど、万が一、敵国に知られるとよくないから、ニュースにしないって、軍がガラス代を弁償したそうです。俺がみつけた書き込みは、削除漏れでしょう」
「焼け跡はそうかもしれんが、もうひとつの……上が壊れた建物は、一体どうしたんだね?」
ラクエウス議員の質問にクラピーフニク議員も首を傾げる。
「それは、今、調べてるそうです。それと、戦闘機や爆撃機が一機も残ってないけど、カルダフストヴォー市に居る見張りからは、そんな大編隊が飛んだって言う報告がないから、事故のせいで危なくなって、陸路で他所の基地に移したんじゃないかって話です」
老議員は少年の説明を頭の中で反芻した。
「ふむ……しかし、事故にせよ、ネモラリス憂撃隊の仕業にせよ、基地ひとつ使い物にならんようになったのだ。これでまた、少しは空襲が減るだろう」
「爆撃機がどこ行ったか調べてる最中ですけど、無事だったら、他の基地から出撃するから一緒じゃないかなって……」
ファーキル少年の言うことは尤もだ。
ラクエウス議員が頷くと、クラピーフニク議員が聞いた。
「ネモラリス憂撃隊ってそんな強い魔法戦士が居るの?」
「さぁ……? 俺が知ってるのは、製薬会社の警備員さんくらいで……【飛翔する鷹】学派の武器職人さんとか居たから、何かスゴイ武器を作ったのかも知れませんけど、今のメンバーがわからないんで……」
少年は、若手議員の質問に首を捻りながら答えた。本人も自分の答えに納得がゆかないらしい。
「魔法では、こう言うことができんのかね?」
「できなくはないと思いますけど、一般人とは桁違いの魔力が必要ですよ」
ラクエウス議員は、若手の答えに驚いた。
「できるのかね」
「うーん……えっと、魔装兵の【光の槍】は一発で、術の防禦がない普通の民家を一軒か二軒、吹き飛ばせますよ。【魔力の水晶】や【魔道士の涙】で強化すれば、もうちょっと……」
ファーキル少年が再び、二階までが残る建物を表示させた。窓の数からざっくり測り、民家数十軒分はあろうと概算する。
クラピーフニク議員が机上で手を動かして推測を語る。
「どここかで横一列に並んで、一斉に【光の槍】を撃ち込めば、こうなるかもしれません……けど、それでも一人一人に相当な魔力と射撃精度がないと無理ですよ」
「そんな人が、ゲリラになるかな?」
「政府軍か、ネミュス解放軍の仕業かも知れんのかね?」
三人は何とも言えない気持ちで、破壊された建物の写真を見詰めた。
☆ネモラリス軍の魔装兵が、小さくした魔哮砲と【使い魔の契約】……「776.使い魔の契約」参照
☆夜中にイグニカーンス基地の方で爆発音と火柱が上がった……「816.魔哮砲の威力」参照
☆製薬会社の警備員さん……オリョールのこと。「004.登場人物紹介」参照
☆【光の槍】は一発で、術の防禦がない普通の民家を一軒か二軒、吹き飛ばせます……「614.市街戦の開始」「638.再発行を待つ」「652.動画に接する」「662.首都の被害は」参照




