820.連続窃盗事件
FMクレーヴェルの車が戻ってきたのは、ジョールチが共和制移行百周年記念の歌「すべて ひとしい ひとつの花」の解説をする最中だった。
ワゴン車が、国営放送のイベントトラックから離れたところで停まる。
葬儀屋アゴーニだけが車の傍に残り、星の道義勇軍の三人は足音を殺してトラックに近付いた。まるで最初からずっと居たように横並びの列に加わり、共に歌う。
歌詞は増えたが、まだ虫食い状態だ。
ない部分はハミングで誤魔化して歌い切った。
「それでは、本日の臨時放送は以上で終了します。次は三日後、南西部の地区で再放送を予定しています。お聞き逃しの方に、お伝えいただけましたら幸いです。以上、FMクレーヴェル臨時放送、国営放送アナウンサーのジョールチがお届けしました」
これまで、政府軍やネミュス解放軍からは何の反応もなかったが、用心の為、この場から逃げる。
DJレーフが機器を停止し、発電機を止めた。クルィーロは、運転席の上に手を伸ばしてアンテナを受け取り、父がトラックの屋根から降りるのを手伝う。
その間にDJレーフが、ワゴン車に駆け込む。メドヴェージが、側面を開いたトラックの荷台を閉じ、みんなは急いで乗り込んだ。
二台の放送車が枯れ草を蹴立てて国道に入り、西グラナート市の南へ向かった。
街と村から距離がある丘で車を停め、周囲に人がいないのを確認して、野営の準備に取り掛かる。
夕日に染まったヴィナグラート湾の対岸で、東グラナート市が輝くのがくっきり見える。街の中では焚火ができず、今夜も野宿だ。
レノたちが【炉】で夕飯の準備をする間、クルィーロたち魔法使い五人は、力を合わせて【簡易結界】を張った。
日没に間に合い、ホッと吐いた息が白く流れる。
星が出た途端、この寒さだ。クルィーロは、アマナを魔法のマントの中へ入れ、枯れ草に腰を降ろした。
父とソルニャーク隊長が荷台から薪を降ろす。魔法使い以外が焚火の傍に寄って、かじかんだ手をこすり合わせた。
夕飯は、ドングリパンの残りとあたたかいスープだ。
パンとクッキーの中間くらいのもそもそした食感だが、香ばしく、それなりにおいしい。
みんなで拾って殻を剥き、茹でて干したドングリは、まだまだたくさんあった。クルィーロは、ドングリをおいしく食べられるようにしてくれたレノを改めて尊敬した。
葬儀屋アゴーニが先程の首尾を語る。
「里謡が終わってすぐ、歌詞くれって奴が集まって来て、あっという間に捌けちまったんだ。なくなってからは、貼り出してるとこ教えて、人が減んのを見計らって戻ってきた」
「帰り路、お巡りが溝に降りて何かしてたから、ちょっと聞いてみたら、呪符の燃えカスみっけたっつっててな」
メドヴェージが何かをつまむフリをした。
アゴーニが笑う。
「多分、盗まれた呪符じゃないかって話だ。ちっとでも燃え残りがありゃ、【鵠しき燭台】で犯人なんざ一発でわかるからな。後ぁもう時間の問題ってモンよ」
「それはよかっ……ん? 犯人は、わざわざ盗んだ物を燃やしたんですね? 転売や自分で使うのではなく……?」
父が首を傾げた。
「イヤがらせ?」
「使おうとしたけど、盗んだのがバレそうになって証拠隠滅?」
レノが顔を顰め、ピナティフィダは推理を口にした。
仮設の住人が盗まれたのは、住宅用の【耐寒符】だ。大抵が寄付品で、役所やボランティア団体が、乳幼児や高齢者がいる世帯を中心に無料配布した。
被害者たちの懐は痛まないが、心と体はより一層、寒さが堪えるだろう。
「そんなモンばっか盗んで、どんだけ寒がりだか知らねぇが、警察が調べりゃ、すぐわかんだろ」
「落ちてたのは、ほんのちょびっとで、灰はなかった。大方、どっか他所で焼いてたのが、風で飛んだんだろうよ」
メドヴェージは推理を放棄し、アゴーニは見てきたことで可能性を語った。
「焼けちゃったんじゃ、犯人が捕まっても、呪符は戻って来ないのよね」
ピナティフィダが溜め息を吐くと、少年兵モーフが力強く頷いた。
薬師アウェッラーナが、ドングリパンをスープで流し込んで、アナウンサーのジョールチに聞く。
「再放送で、事件の続報を流すんですか?」
「いえ、今回は見送ろうと思います。単独犯か組織的な犯行か、犯人の目的もわかりません。下手に情報を流せば、捜査の足を引っ張ってしまいます。注意喚起の呼掛けを続けますよ」
「あぁ、そう言うものなんですね……って言うか、私たちも気を付けないといけませんね」
「そうですね。それと、船便と物価の情報は足が速いので、明日、番宣ポスターを回収するついでに、更新をお願いします」
「ピナたちの歌、みんな喜んでたぞ! 他のも歌詞くれって言われた」
少年兵モーフが、我がことのように瞳を輝かせて話題を変えた。
翌朝、クルィーロたちはFMクレーヴェルの車でポスターを回収しに行った。
「歌詞は置いて行きますんで、お店で書き写して配って下さって結構です」
「そうかい。ありがとね。いい客寄せになったわ」
鞄屋のおばさんが、ラジオ広告のお礼に売り物の手提げ袋をひとつくれた。何の術も掛かっていない安物の布袋だが、その気持ちが嬉しい。
歌の感想は、聞く勇気が出なかった。
「こちらこそ、助かりました。ご協力、ありがとうございます」
「そうそう。昨日、お客さんから聞いたんだけど、ラジオで言ってたとこだけじゃなくって、ヴィナグラートでも爆弾テロがあったって……」
クルィーロは、首都クレーヴェルで巻き込まれたテロを思い出し、息が詰まりそうになったが、何とか平静を装って会話を続けた。
「えっと……南の大きな街でも、ですか?」
「兄さん、顔色悪いけど、大丈夫かい?」
「ちょっと、首都のテロを思い出して……」
「まぁあ、大変だったのねぇ」
鞄屋のおばさんは、ひとしきり同情して、声を潜めた。
「それでね、そのお客さんが、ニュースで言ってた呪符泥棒って、星の標の仕業なんじゃないかって……」
「えぇッ?」
突拍子もない推理にクルィーロの声が裏返る。
「爆弾を使ったら自分も死んじゃうから、仮設の人たちを凍え死にさせようとしてるんだろうって」
「それって、警察には……」
「さぁねぇ。でも、早いとこ捕まえて欲しいもんだわ」
「そうですねぇ」
推理を披露した客がどうしたかまでは知らず、鞄屋が自ら警察に言う気はないらしい。世間話の延長でしかないのだろう。
他にも数軒、店を回ってワゴンに戻ると、ソルニャーク隊長が先に戻っていた。
「公園の仮設住宅では、放送前に歌詞が剥がされていたそうだ。番宣ポスターは残っていたがな」
「うーん……自己中な人が自分用に持って帰ったのか……」
道端では、誰が聞いているかわからない。別の可能性は口にできなかった。
午後からは、紙を貼って放送日を書き換えたポスターと「女神の涙」「みんなで歌おう」の歌詞を再放送の対象地域へ貼りに行く。
西グラナート市の南西部でも、仮設住宅を中心に呪符の盗難が発生していた。
「盗られてんのって、力なき民の人たちなんだよな」
「自力で使えないから呪符が要るのに……酷い……」
湖の民のボランティアたちが憤る。
「自警団作って巡回はしてるんだけど、怪しい奴って特にみつかんないし」
「転売されてる様子もないし、どっか遠くで売り捌いてんのかな?」
「戦争のせいで呪符全般、値上がりしてるもんね」
「放送局の人も、単独犯か窃盗団か、目的も全然わかんないって言ってました」
クルィーロが言うと、地元の湖の民たちは溜め息を吐いた。
「警察は何やってんだ?」
「軍隊が人手不足で、魔物退治に手を取られてるのよ」
「戦争さえなきゃなぁ……」
「政府軍も、とっととアーテル本土を叩いて、カタぁ付けてくれりゃいいのに」
「いっそのこと、ウヌク将軍が政権取ってくんないかな?」
雲行きが怪しくなってきた。
クルィーロは、ポスターと歌詞を貼らせてくれた礼を言い、逃げるように次の場所へ走った。
数軒の店に「貼れる場所がないから」と断られたが、大抵は店の宣伝をすると言えば、快く引き受けてくれた。
翌日の再放送も無事に終えられた。
小さな港町で、フェリーは運休が増えたとは言え、人と物の行き来はまだ途絶えていない。
少しでも多くの人に歌が広まるように祈って、移動販売店プラエテルミッサの一行は、西グラナート市を後にした。
☆歌詞は増えた……「774.詩人が加わる」参照
☆首都クレーヴェルで巻き込まれたテロ……「710.西地区の轟音」~「720.一段落の安堵」参照




