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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
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0084.生き残った者

 アウェッラーナは、まだ震えが止まらなかった。

 彼らが来てくれなければ、どうなったか、考えたくもない。



 先程まで、アウェッラーナと少年は、ニェフリート運河沿いの遊歩道で、夕飯用の水と食料を調達していた。

 水筒に水を汲み、術で魚を獲る。水筒は、この少年と女の子たち、アウェッラーナの分で合計五つ。力なき民の少年は、荷物持ちとしてついて来てくれた。



 帰ろうとしたところ、運河沿いの道を西から来る徒歩の姿が見えた。

 二人は他にも生存者が居たことに安堵し、彼らの接近を待った。

 「まだ、生きてる奴が居たのか」

 「お前さんたち、二人だけか?」

 「何してたんだ?」

 男たちは、そんな事を言いながら近付く。


 「魚を獲ってたんです」

 獲れたての魚が、手提げ袋からはみ出した。

 彼らは逆光を負うが、こちらの様子は夕日が当たってよく見える。否定しても仕方がないので、アウェッラーナは正直に答えた。


 逆光を背負った男たちは、ゆっくり歩きながら羨ましそうな声を返す。

 「湖の民……いや、魔法使いってのは、便利なんだなぁ」

 「俺たちにも分けてくれないか?」

 「袋があれば、それ一杯分、獲れますよ。何かお持ちじゃありませんか?」

 アウェッラーナは純粋に親切心から言った。

 逆光の中でも、表情がわかる距離に入った。


 男たちは笑っている。

 それは、同朋に会えた喜びではなく、獲物を見つけた喜びだった。

 アウェッラーナは恐怖で足が(すく)み、動けなくなった。病院でテロリストに襲われた時とは、別種の恐怖だ。

 陸の民の少年が、男たちとアウェッラーナの間に入った。

 「おっ、何だ? 坊主」

 「おっかない顔して」

 男たちが一斉に下卑(げび)た声で笑う。


 ……逃げる? どこへ?


 野営地へ戻れば、小さな女の子たちに危険が及ぶ。

 普段、走ることがないので、長時間逃げ続けるのは無理だ。隠れる場所も(ほとん)どなかった。


 ……戦う?


 病院に避難した住民たちが、テロリストと戦う姿を思い出した。【操水】で肺に水を流し込む。

 アウェッラーナはこれまで一度も、術で人を傷付けたことがない。半世紀の内乱中ですら、敵兵を手に掛けたことはなかった。

 ずっと【跳躍】などで逃げて生き延びた。家族と落ち合う場所は決めてあるが、街が一変した今、そのどれも使えない。


 ……それに、この子を置いて逃げる訳にはいかない。


 アウェッラーナの魔力では、自分一人が逃げるだけで精一杯だ。

 野営地へ戻り、加勢……特にあの工員を連れて来れば、勝ち目があるかもしれない。だが、それまでこの子が生き延びられる可能性はあるだろうか。

 大人しそうな少年の背は、如何(いか)にも頼りない。


 みんなの居場所から、この場所に来るまで、片道十分程掛かった。

 アウェッラーナと少年は、男たちから目を離さず、じりじりと後退した。

 五人の男は、余裕の表情で二人を囲む。


 アウェッラーナは、口の中で力ある言葉を呟いた。

 「優しき水よ、我が声に我が意に……」

 その瞬間、男の一人が飛び掛かった。アウェッラーナの右手を(つか)み、背側に()じり上げる。

 思わず悲鳴を上げたが、解放されることはなかった。振り(ほど)くことも出来ない。


 少年は、四人掛かりで殴られた。

 「やめて! その子を離してッ!」

 アウェッラーナの悲痛な叫びに頓着せず、男たちは少年の髪を掴み、顔面に拳を見舞う。唇が切れ、鼻血が流れ、頬が腫れ上がる。


 力ある言葉を唱え、魔力を収斂(しゅうれん)するどころではない。アウェッラーナには、悲鳴を上げ続けることしかできなかった。

 大人しげで、喧嘩の経験すらなさそうな少年だ。

 屈強な大人四人に襲われ、勝てる筈などなかった。腹に膝蹴りを入れられ、声もなく倒れた。


 「さぁ~て、邪魔者は居なくなった」

 「おっかない魔法は、なしで頼むぞ」

 男たちは少年を蹴り転がし、アウェッラーナににじり寄る。

 「あ……あの、私、癒し手です」

 震える声で何とか、それだけ言えた。


 男たちは相変わらず、下卑(げび)た笑いを浮かべたままだ。

 一人が、首に巻いたタオルを外す。アウェッラーナは、二人掛かりで押さえつけられ、汗臭いタオルを口に押し込まれた。後頭部で結ばれ、猿轡(さるぐつわ)をされる。


 アウェッラーナは、彼らが癒し手によからぬことをしようとすることに戦慄した。

 空襲で全てを失い、自暴自棄になったのか。

 アウェッラーナの話を頭から信じないのか。

 首から()げた徽章(きしょう)が、薬師(くすし)(あかし)【思考する(フクロウ)】では、説得力がなかったのか。


 ……でも、そんな……もしかして……【白鳥の乙女】を知らない……?


 そんな馬鹿なと言う思いと、現在の危機が競合し、思考が乱れる。


 「痛ッ!」

 男の一人が、顔を押さえて(うずくま)る。続けて、二人、三人と頭を抱えた。

☆術で魚を獲る……「0045.美味しい焼魚」参照

☆病院でテロリストに襲われた時/病院に避難した住民たちが、テロリストと戦う姿……「0010.病室の負傷者」~「0012.真名での遺言」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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