819.地方ニュース
野営の後始末をして、国営放送のイベントトラックとFMクレーヴェルの移動放送車が、西グラナート市の北西へ向かう。
国道を逸れて草地に入り、門から充分離れた場所で停めた。
この辺りは、湖に向かって土地が下がっている。ここからなら、アンテナを最大限伸ばせば、防壁を越えてそれなりの範囲に届くだろう。
メドヴェージがトラックの荷台側面を開け、クルィーロは発電機を動かした。アナウンサーのジョールチが【静音】の術で発電機を黙らせ、係員室のマイクの前に座る。DJレーフは、その隣で機器の操作だ。
「じゃ、歌詞配りに行ってくっから、後よろしく」
メドヴェージが、FMクレーヴェルのロゴ入りワゴンの運転席から手を振った。助手席には葬儀屋アゴーニ、後ろにソルニャーク隊長と少年兵モーフが乗り込む。ワゴンは、枯れ草の野原から車が疎らな国道へ走った。
ギアツィントからここまでの街でも放送したが、アナウンサーとDJ、そして車輌が本物だからか、軍や警察に咎められたことは一度もなかった。
今のところ、放送内容が彼らにとって不都合なものではないからと言うのもあるだろう。
事前に数日掛けて取材し、ニュースの合間に、放送する街の生活情報も流すので、リスナーの評判は概ねよかった。苦情は主に「よく聞こえない」「放送があるのを後から知った」「自分の家の近所でもやって欲しい」「病院の情報が欲しい」「曲のリクエストを受け付けて欲しい」と言うものだ。
場所を変えて何度か再放送して次の街へ移動し、今は西グラナート市だ。
行く先々、通りすがりの農村や漁村でも、レノたちの母と薬師アウェッラーナの家族の消息を尋ねて回るが、今のところ、何の手掛かりも得られなかった。
DJレーフが機器を調整し、アナウンサーのジョールチは原稿の最終チェックに余念がない。
今日はソルニャーク隊長たちが居ないので、父がトラックに上ってアンテナを支えることになった。
残念そうにするアマナに、父が運転席の屋根で笑う。
「今はまだ下手だしな。再放送では一緒に歌えるように、練習頑張るよ」
今回歌うのは、レノ、ピナティフィダ、エランティス、アウェッラーナ、アマナ、それにクルィーロの六人だ。
元の半分で何とも心細いが、今はこのメンバーで頑張るしかない。
北から吹きつける風が、湖に三角の波を立て、足下の枯れ草が同じ方向にお辞儀した。
風が止むのを待って、DJレーフが合図を送る。開け放たれた係員室の扉から、DJの動きを読み取り、六人はレコードにぴったり合わせて歌い始めた。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える……」
葬儀屋アゴーニが、追加の歌詞をもらってきてくれたが、番組のオープニングはいつものところまでで終了だ。
「こちらは、FMクレーヴェル臨時放送です。わたくし、国営放送アナウンサー、ジョールチがお昼のニュースと生活情報をお届けします」
ボリュームを絞ったレコードをBGMに、まずはクルィーロが船着き場でメモしてきたフェリーの情報を読み上げる。陸路で行くより、湾内をフェリーで行く方が早く、最奥のヴィナグラート方面や東のペルシーク方面への便も多い。
「ネモラリス島を一周するリャースカ号は、通常通り運行しています。但し、旅客は首都のクレーヴェル港には入れません。手前の漁港で下船になりますので、ご乗船の際はご注意下さい」
BGMが終わり、レーフとアゴーニが西グラナート市の消防署で聞き込んだ火事のニュースを読み上げた。およその場所と発生日時、出火原因、犠牲者数を戦争前と変わらぬ調子で告げ、リスナーに注意を促す。
「毎日、寒い日が続いています。空気が乾燥しておりますので、火の取り扱いにはくれぐれもご注意下さい。また、家屋や店舗の【耐火】や【防火】の陣に傷や汚れがないか、魔力切れを起こした箇所がないか、今一度、お確かめ下さい。それでは、次のニュースです――」
ソルニャーク隊長が、警察署で聞いた仮設住宅での連続窃盗事件は、部屋に貼る【耐寒符】だけが盗まれたと言うものだ。
効果は数日しか続かないが、発動の呪文を間違いなく唱えられさえすれば、力なき民でも使える。
応急仮設住宅はプレハブで、建てる時に術を組込み難い。だが、暖房器具は入手困難だ。人材の死亡や国外流出、原材料の不足で、操業停止に追い込まれた工場が多く、輸入も滞っている。仮設住宅の住人には、灯油を買えない者も多かった。
この呪符がなければ、凍えてしまうだろう。
……何で、何もかもなくした人から盗るんだろう?
クルィーロには、犯人の見当はつかないが、度し難い人でなしだと思った。
ジョールチは戸締りを呼び掛けたが、力ある民が【舞い降りる白鳥】学派の【解錠】を使えば、術者の魔力によっては【鍵】だけでなく、物体の鍵も一緒にこじ開けられてしまう。
クルィーロの魔力では、【解錠】の呪文を教わったところで、他人が掛けた【鍵】の術を解くのも無理だ。一度に大勢を【跳躍】で運んだフィアールカや、強力な癒しの術を使える呪医セプテントリオーなら、ある程度どうにかできるだろうが、彼らでも物体に命令するのは無理だろう。
……まぁ、力ある言葉で、物体に直接命令して言うコト聞かせられる人って、どっかの王族とか将軍レベルの人たちくらいなモンだし。
そんな大物が、わざわざ仮設住宅でちんけな盗みを働くとは思えなかった。力なき民の泥棒にありがちな、物理的なピッキングだろう。彼らは、魔法の【鍵】が掛かっていれば諦めるが、仮設の住人は、大半が空襲で焼け出された力なき民だ。
クルィーロがそんなことを考える間にも、ジョールチは、これまでの街で読んだのと同じ首都クレーヴェルの戦況と星の標のテロ事件に加え、西グラナート市のニュースを読み上げた。
「次は、歌のコーナーです。曲はアサエート村の里謡『女神の涙』。昨年、AMカッカブ・ビルの歌番組“故郷の調べ”で放送されましたが、クーデターで中断されたことをご記憶のリスナーさんも、いらっしゃるかと思います。それでは、改めてお聞き下さい。アサエート村の里謡『女神の涙』です」
一呼吸置いて、DJレーフが係員室から合図を送る。
クルィーロたち六人は、生放送の緊張感に背筋を伸ばし、声をひとつに合わせて歌った。
番組冒頭の「すべて ひとしい ひとつの花」と同じ曲に別の歌詞。西グラナート市のリスナーは、どう受け止めるだろう。
ソルニャーク隊長たちが、フラクシヌス教の神殿の傍で歌詞を配っている頃だ。受取ってもらえるか心配だが、今は精いっぱい歌うことしかできない。
ジョールチが、歌詞を貼り出した場所を読み上げる。
神殿と仮設住宅だけでなく、スーパーマーケットと個人商店も、場所と業種を付けて流した。番宣ポスターと歌詞を貼る代わりに宣伝してくれ、と言う店が多かったからだ。
歌詞を見に来た人が、ついでに買物をするかもしれない。
物資の不足で価格は高騰しているが、ネーニア島から離れている為、避難者の受け容れがギアツィント市やレーチカ市よりずっと少なく、営業できる店が多いのだ。
それに続いて、物価の情報とインフルエンザ予防の対策を読む。ワクチンが不足している為、手洗いと嗽、拭き掃除を小マメに行うよう促す。
「寒い時期は運動も不足しがちです。意識して体を動かし、体力の維持を心掛けましょう。国民健康体操をお届けします。三十代後半以上のリスナーさんは、ご記憶かと思いますが、知らない方は年配の方に教えてもらって、どうぞご一緒に体を動かして下さい。それでは、国民健康体操です」
ジョールチの宣言で、DJレーフが国民健康体操の号令付きの曲を流す。
クルィーロたちは静かに耳を傾けた。アマナはコートとマフラーを着ているが、北からの風で頬が赤くなっている。
「続きまして、アミトスチグマの難民キャンプの様子をお届けします。十二月下旬時点で、森林を開拓して丸木小屋を設置した居住区は、十八区画に上りました。アミトスチグマ政府や地元ボランティアだけでなく、ネモラリス建設業協会と難民自身の手で建設されました」
……えっ? もうそんなに広がってんのか。
「一区画の住宅は約二百棟から三百棟程度で、各区画には、集会所、診療所を備えています」
マイクが紙を捲る音を拾った。
「アミトスチグマの難民キャンプ内では、呪符や家具の製造、古着の加工や編み物などの雇用も創出しています。キャンプ内の需要を満たすだけでなく、一部を売って食糧などの購入に充てています。科学と魔法の医療者が、シフトを組んで各診療所を巡回し、傷病者の治療や保健指導などに当たっています。また、音楽家が呪歌【癒しの風】や【道守り】などの訓練を行い、難民自身の手で、ある程度、治療や防禦を行えるようになりました」
葬儀屋アゴーニが見てきたことの内、当たり障りのない……希望の見える部分だけを選んで原稿にまとめたらしい。
「ガルデーニヤ市の空襲後は、国連がパテンス市と難民キャンプの間の平野部に、テント村を開設しました。こちらも、パテンス市医師会が中心となって、健診車や移動診療所を出すなどの支援を行っています。アミトスチグマに亡命中の両輪の軸党アサコール党首らが、アミトスチグマ政府やフラクシヌス教団への働き掛けを行い、更なる支援を呼び掛けています」
キルクルス教徒のラクエウス議員の名を出さなかったのは、星の標や隠れキルクルス教徒を勢いづかせないようにとの配慮だろう。
「一日も早く平和が訪れるようにとの願いを籠めて、難民の少女が国民健康体操の曲に詩を付けました。我が国には設備がありませんが、インターネット上で多くの国のたくさんの人々から共感を集め、義捐金の寄付などネモラリス難民への支援に繋がりました。それでは、平和の実現を祈ってお聞き下さい。国民健康体操の替え歌『みんなで歌おう』です」
前奏に続いて、アマナとエランティスが一番を歌う。二番からは小学生の二人に、薬師アウェッラーナと中学生のピナティフィダが加わり、レノとクルィーロの男声は三番から歌った。
DJレーフが考えた演出だ。
目の前に聴衆が居ないので、これにどんな反応があるか全くわからない。今、クルィーロたちにできることは、平和への願いを籠めて歌うことだけだった。




