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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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817.浮かばない案

 西グラナート市は、ネモラリス島北西部ヴィナグラート湾の北端に位置する。

 小さな港町にも、キルクルス教の教義は無味無臭の毒薬のように漂っていた。


 何気ない励ましや、平和を願い希望を語る言葉に織り込まれ、かなり意識して聞かなければそれとわからない。

 ソルニャーク隊長たちから祈りの(ことば)を教えられたが、クルィーロは、もう何を聞いても怪しいような気がして、余計にわからなくなってしまった。


 「雲の切れ間からさぁっと光が射すみたいに、何か名案を思い付ければいいんだけどねぇ」

 「あぁ、丁度あんな感じ?」

 「ホントにねぇ」

 陸の民のおばさんたちが立ち話をする。

 クルィーロは一人が指差した方を見た。


 北の空全体が薄く曇り、幾つか分厚い雪雲も漂う。ほんの僅かな隙間から、水平線の辺りに光が落ちていた。


 ……“一条の光 闇を(ひら)き”か。


 クルィーロは「すべて ひとしい ひとつの花」の一節を思い出し、心の中で歌いながら船着場へ向かう。

 街のどこを見ても、例年のような新年の晴れやかさはなかった。



 東西のグラナート市が、ヴィナグラート湾の北端で湖水を挟んで向かい合う。

 チケット売り場には、船会社別で運休のお知らせが貼られ、掲示板が埋め尽くされていた。ダイヤ変更のお知らせが、売り場の壁で風に翻る。


 人とバイク、自転車を運ぶ小型フェリーは通常通り運行してるが、トラックが乗れる大型フェリーは、十日で一便に減っていた。

 時刻表を見ると、以前は毎日複数の船が出入りしていたが、今は船名の横に「運休」の文字が貼られ、運行している大型船は一隻だけだ。


 クルィーロは手帳に書き写し、チケット係に声を掛けた。

 「次、車が乗れる船っていつ来ますか?」

 「今朝出たとこだからな。天気がよけりゃ、島一周して十日で戻って来るよ」

 チケット係は、面倒臭そうに答えた。

 「クレーヴェルにも行くんですか?」

 「あぁ、荷物のコンテナも運ぶからな。人はその手前の漁港で降ろされるぞ」

 「そうなんですか。ありがとうございます」



 クルィーロは、観光客向けの案内板を見て、神殿に向かった。

 湖の女神パニセア・ユニ・フローラを祀る神殿は、前庭の半分が仮設住宅のプレハブで埋まっている。参拝客は湖の民が多いが、仮設住宅を出入りするのは陸の民が多いようだ。


 神殿に入ろうとする神官を捕まえ、手短に用件を告げた。

 「すみません。臨時放送の告知を貼らせていただきたいんですけど、どなたに許可をいただけばいいんでしょう?」

 「臨時放送……ですか?」

 「FMクレーヴェルです。明後日なんですけど……」

 クルィーロは大判封筒から、ピナティフィダたちが手書きしたポスターを出した。


 参拝客が集まって来る。

 「FMクレーヴェル?」

 「首都からこんなとこまで、電波届くのか?」

 「いえ、移動放送車なんです」

 白髪混じりのおじさんが、緑の眉を下げて質問を重ねる。

 「でも、FMじゃあ、難民キャンプのニュースはやらんよな?」

 「俺、告知の手伝い頼まれただけなんで、詳しいコトはわかんないんですけど、難民キャンプのハナシも少しあるっぽいコト言ってましたよ」


 「ホント? ウチの親戚がどうしてるかわかるかしら?」

 「えっ? 俺、わかんないです。ポスター貼るの頼まれただけなんで……」

 いつの間にか人垣ができ、クルィーロは湖の民から質問攻めにされた。答えられないことの方が多く、困り果てて神官を見る。

 巻き込まれた神官は一瞬、迷惑そうに眉を(しか)めたが、助け船を出してくれた。

 「内容は、聞けばわかるでしょう。明後日の午後三時から……市内なら、どこでも聞こえるのですか?」

 「いえ、移動放送車は出力が小さいそうなんで、街の北西だけってコトでした。この神殿だったら、窓開けてればちゃんと聞こえると思います」


 「それ、ここに貼ってくれんのか?」

 人垣から声が掛かり、湖の民の神官はすっかり諦めた顔でポスターを一枚引き取った。

 「神殿の掲示板は役所のお知らせでいっぱいなので、仮設住宅の方になると思いますが、上と相談してみます」

 「ありがとうございます。よろしくお願いします」



 公園の仮設住宅では、集会所にしかラジオがないから、と集会所の掲示板に貼らせてくれた。

 「回覧板も回して、みんなが聞けるようにします」

 「朝に到る希望の星みたいで、ありがたいです」

 「そうそう。希望の星を見失わなければ、必ず朝の光を迎えられますもんね」

 「いえ、そんな、こちらこそ助かります。……希望の星を見失わなければ、必ず朝の光を迎えられるって、イイ言葉ですね」

 クルィーロが持ち上げると、ボランティアの青年は、照れ臭そうに麦藁色の頭を掻いて笑った。

 「僕が考えたワケじゃないんですけどね」

 「えっ、じゃあ、誰が考えたんですか?」


 ……そいつが、隠れキルクルス教徒か、接点ある奴ってコトだよな?


 「さぁ? 誰が考えたかまでは知らないんですけど、ボランティアのみんなが言ってるから、僕も何となく……」

 「誰が考えたかなんて、どうでもいいじゃない。もうちょっと頑張ろうって思えるもん」

 青年とよく似た少女が明るく笑い、クルィーロもつられて頬を緩めた。

 とぼけているのか、本当に知らないのか。

 知ったところで、クルィーロにはどうにもできない。ただ、この西グラナート市にも、秘かにキルクルス教が蔓延しているのは、確認できた。


 彼らは、悪いことを言っているワケではない。


 ……これ、否定したら、こっちが悪モンになりそうだよな。


 クルィーロは、悶々とした気持ちを隠して礼を言い、仮設住宅を出た。



 案内板で次の行き先を小学校に決めたが、足が重くなったような気がした。

 人々に希望を与えるスローガンを正面から否定せず、キルクルス教の教えに人々の気持ちが傾かないようにするには、どうすればいいのか。


 ……今はまだ、雰囲気だけだけど、その内ちょっとずつ教えを説いて、信者を増やすんだろうからなぁ。


 ソルニャーク隊長たちを見る限り、キルクルス教徒「だから」悪いと言うワケではなさそうだ。ただ、封印の地に近いこの地域で、その教えを厳格に守れば生きてゆけない。()してや、それを他人に押し付けて命を捨てさせるなど、論外だ。

 葬儀屋アゴーニが持ち帰った情報では、既にこの小さな地方都市にも、星の(しるべ)の支部が根を降ろしていると言う。星の標の過激で偏った解釈が広まれば、どうなるのか。


 ……じゃあ、こっちもさりげなくフラクシヌス教の教えを広める? いやいや、みんな元々フラクシヌス教徒だし、堂々と信心すればいいんだ。


 それでは、どうすればいいのか。

 神殿、仮設住宅、学校、個人商店、スーパーマーケットにポスターを貼ってもらえたが、名案は浮かばなかった。


挿絵(By みてみん)

☆キルクルス教の教義……「773.活動の合言葉」参照

☆何気ない励ましや、平和を願い希望を語る言葉に織り込まれ……「783.避難所を巡る」参照

☆葬儀屋アゴーニが持ち帰った情報……「808.散らばる拠点」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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