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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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816.魔哮砲の威力

 毎日、魔哮砲を食休みさせる間、魔装兵ルベルは【索敵】で偵察を重ね、イグニカーンス基地の配置は頭に叩き込んである。攻撃順は、ラズートチク少尉が考えてくれた。


 少尉は【飛翔】の術で地雷原を避け、基地上空から指示を繰り返す。

 「小さくなった魔哮砲にどの程度の威力があるか不明だ。試し撃ちも兼ね、まずは管制塔からだ」

 「了解」

 地雷原と鉄条網を越え、魔哮砲は敷地に侵入していた。

 夜に紛れ、地面と同化するように平たく伸びた身を起こさせる。資材置き場の壁を這わせて屋根に上らせた。


 魔力を放出させるのは初めてだ。


 前任者がどんな言葉で命令していたか、ここ数日、思い出せる限り手帳に書き出し、何度も反芻した。


 口がカラカラに乾く。

 ベッド脇の小机から水差しを取り、マグカップに注いだ。手が震え、少しこぼしてしまったが、構わず飲み干す。

 ひとつ深呼吸して、力ある言葉で命じた。


 「()て。口を大きく開けよ」


 屋根に薄く広がっていた魔哮砲が波打ち、中心に向かってまとまる。作りかけの陶器の如く、くにゃりと広がり、ひっくり返した傘の形になった。

 闇の塊のどこに接触しても、雑妖は溶け崩れて同化する。

 ルベルが見た限り、全身が口のようなものだが、魔哮砲自身が思う「口を開いた形」は、パラボラアンテナのようなものだった。


 イグニカーンス基地は深夜でも照明が点り、敷地内を明るく照らしている。雑妖の発生を抑える対策らしく、建物の影にも魔哮砲の餌は見当たらなかった。

 大型バイク程度の闇の塊が、パラシュートくらいに広がり、動きを停めた。


 魔装兵ルベルは、遠く対岸のランテルナ島から、魔哮砲に【索敵】の視覚情報を送った。地下街チェルノクニージニクの宿に居る(あるじ)と、アーテル本土イグニカーンス基地に居る使い魔は、契約によって霊的に繋がっている。

 ルベルは管制塔の建屋、無人機の制御室を見詰めて命令した。


 「ここを撃て」


 傘型になった闇の塊の中心に魔力が収斂する。細く吐き出された余剰魔力が滑走路上で扇型に広がり、制御室のフロア全体を吹き飛ばした。

 両断された建屋の上階がずれ、(かし)ぎ、斜め後方にゆっくり落下する。管制塔がへし折れ、アンテナやレーダーは瓦礫の下敷きになってひしゃげた。

 恐らく、生存者はないだろう。

 魔哮砲はふにゃふにゃ脱力し、成形に失敗した陶器のように(うずくま)った。


 ……えっ? コイツ、意外と賢い?


 言葉ではなく、ルベルの視線から意図を汲み、魔力の放射を変えた。

 「どうだ? まだ撃てそうか?」

 ルベルは使い魔の魔力の流れを探った。

 「恐らく、もう一回くらいは、何とかなりそうです。ただ、先程よりも威力は落ちると思います」

 言いながら【索敵】の視線を走らせる。夜勤で訓練していたアーテル兵は、制御室ごと吹き飛ばされ、跡形もなかった。



 叩き起こされた兵が、兵舎から吐き出される。

 消防車輌や重機が広大な敷地を飛ばし、生存者の捜索と救助に向かう。

 魔哮砲の聴覚が、長く尾を引くサイレンを捉え、(あるじ)のルベルにも伝わる。


 上空から見下ろすラズートチク少尉が、サイレンに負けぬ声で命令を下した。

 「その場から、有人機の格納庫を撃て。魔哮砲は【従魔の檻】で回収する」

 「了解」

 二人は五本ずつ予備の【従魔の檻】を持たされている。

 破壊対象のアーテル軍基地は、陸空合わせて六ケ所だ。


 魔装兵ルベルは、【索敵】の視線で有人機の格納庫を示した。

 魔哮砲が面倒臭そうにのろのろと向きを変える。ルベルの視線が格納庫内に入り、待機中の爆撃機を捉えた。

 機体には、空軍の紋章が描かれていた。楕円軌道に星が散らばるキルクルス教の聖印の中で鷹が飛ぶ、その右下の給油口に視線を定め、命令する。


 「撃て」


 闇の塊の一部が、押し潰されたボールのように凹み、その中心に魔力が収斂される。放出された魔力の塊は、【光の矢】に似た短い輝きとなって飛んだ。

 圧縮された魔力が、格納庫の扉を穿(うが)つ。

 手前の機を貫き通し、標的に命中した。

 一瞬の間。

 爆炎が視界を埋め、格納庫内を満たす。

 ひしゃげた扉が、滑走路に飛ばされた。


 襟元の【花の耳】に少尉の【跳躍】が届き、魔哮砲の聴覚が【従魔の檻】を発動させる声を拾う。ルベルは少尉の手に握られた茶色の小瓶を視線で示した。

 「その中に入れ」

 魔哮砲は闇の表面に(さざなみ)を立てたが、抵抗らしい抵抗はなく、小さな瓶に吸い込まれた。


 少尉の【跳躍】先、先程まで滞在していた廃ビルに【索敵】を向ける。

 侵入者はおろか、魔哮砲が平らげたお陰で雑妖一匹見当たらなかった。


 念の為、ビルの全室に視線を這わせ、周辺の様子も窺う。

 ビルの谷間もキレイなものだ。


 「潜伏先、異状ありません」

 「ご苦労。防壁の開門後……午前六時には宿へ戻る」

 「了解」


 少尉が無事に【跳躍】したのを確認し、【索敵】の術を解く。

 腕時計に目を遣ると、午前四時を回っていた。冬の夜明けにはまだ遠いが、約束の時間まで仮眠するには短過ぎる。

 部屋の隅の置かれた水瓶から、ほんの少し水を起ち上げ、ハンドタオルを濡らした。ベッドに腰掛け背を丸め、火照った瞼にタオルを押し当てる。冷たさが目の奥へ沁み渡り、思わず息が漏れた。


 ……何やってんだろ、俺。ムラークと約束したのに。


 自己嫌悪で吐息が震える。

 ずっと背中が心細かった。

 あの夜、ルベルの腕の中で息を引き取った相棒の遺言を忘れた訳ではない。



 「ルベル……あの化け物を、止めろ。あれは……ダメだ」



 ムラークは、苦しい息の下で何度もルベルに念を押した。相棒は一度も密議の間に呼ばれず、詳しいことは何も知らされていなかったが、直接見て、直観的に感じ取ったのだろう。



 「魔哮砲……使っちゃ……なんだ」



 ムラークに言われたことを守れず、今はルベル自身が魔哮砲と【使い魔の契約】を結び、操手として使役していた。

 タオルに涙が染み込む。

 力を失った相棒の身体の重みが、まだ腕の中に残っているような気がした。



 「絶対……止めてくれ」



 相棒が、命の残りを振り絞って託したこの願い。

 どうすれば叶えられるのか。



 イグニカーンス空軍基地を攻撃し、無人機は無傷で残ったが、管制塔と制御室、有人機は破壊できた。

 当面はここから出撃できないだろう。


 ……あんな簡単に、大勢を。


 アーテル兵を何人、殺したかわからない。

 実行したのは魔哮砲だが、ルベルの命令がなければ、あんなことはしない。


 だが、魔哮砲がなければ、バルバツム連邦が提供した無人機は、再び、ネモラリス共和国のどこかの街を焼き払ったに違いない。



 ルベルの脳裡に、ガルデーニヤ市を焼き払う炎が、まざまざと甦った。

 防空艦ヒュムノディアが到着したのは、アーテル空軍の編隊が弾薬を投下し終え、身軽になって引き揚げた後だった。【雪読む雷鳥(ライチョウ)】学派の兵による【雷雨】と【豪雨】の術が激しい雨を呼んだが、粘度の高い燃料がこびりついた街は、なかなか火が消えなかった。


 あの時のルベルは、哨戒兵としてネーニア島の反対側、東のトポリ市沖で旗艦オクルスから【索敵】で見た状況を報告することしかできなかった。


 ルベルたち哨戒兵が敵機の位置を知らせたから、現地の【急降下する(ワシ)】学派の魔装兵たちは、何割か撃墜できた。

 少しは被害を減らせたので、全く役に立てなかったワケではないが、魔哮砲ならば、敵機の編隊を一撃で殲滅(せんめつ)して完全に守れた筈だ。



 ラキュス・ネーニア家のシェラタン当主は、気象を操る【雪読む雷鳥】学派の魔装兵に力を与え、数百機もの大編隊を退けたが、現在は行方不明だ。

 湖の民や女神パニセア・ユニ・フローラの信者を置いて、どこへ雲隠れしたのか。様々な憶測が飛び交うが、依然として行方は掴めない。

 クーデターを起こしたウヌク・エルハイア将軍に異を唱えたせいで殺されたとの説まであるが、ネミュス解放軍を率いる将軍は、否定も肯定もしなかった。



 ネモラリス政府軍は、国内で発生した魔物や魔獣の駆除に加え、クーデター対応にも手を取られ、アーテル本土を攻撃するどころか、迎撃に回せる兵員さえ全く足りない。


 ……どうせ分裂で殖やせるんなら、最初から迎撃用と攻撃用に分けてればよかったのに。


 そうすれば、早期に決着が着き、国民にこれ程の犠牲者を出さず、クーデターを起こされずに済んだだろう。半世紀の内乱で研究資料が分散したとは言え、大部分は、研究所があるネーニア島北部とネモラリス島に残っていたのだ。


 ……魔哮砲を使おうって人たちの中で、慎重派の人たちが増殖に反対したのか?


 秦皮(トネリコ)の枝党の古参は、どの程度まで魔哮砲の「性能」を把握していたのだろう。破壊力と増殖能力を持つ魔法生物の存在を知られれば、確実に国際社会から批難されることは、火を見るより明らかだ。


 ……いや、魔哮砲が居るせいで、戦争吹っ掛けられたんじゃないか。



 「絶対……止めてくれ」



 耳に残る相棒の遺言が繰り返された。


 だが、もう後戻りはできない。

 ネモラリス国民を守る為、そして、アーテル共和国を和平交渉の場に引っ張り出す為に、少なくとも、アーテル軍の航空戦力だけでも潰さなければならなかった。

☆契約によって霊的に繋がっている……「776.使い魔の契約」参照

☆ムラークと約束した……「523.夜の森の捕物」「536.無防備な背中」参照

☆ガルデーニヤ市を焼き払う炎……「756.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照

☆気象を操る【雪読む雷鳥】学派の魔装兵に力を与え、数百機もの大編隊を退けた……「309.生贄と無人機」参照

☆ラキュス・ネーニア家のシェラタン当主は(中略)現在は行方不明……「684.ラキュスの核」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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