814.憂撃隊の略奪
打ち捨てられたビルの廃墟を訪れる物好きは居ない。
魔哮砲とラズートチク少尉は、アーテル本土の街イグニカーンス市で、平穏に新年を迎えた。
魔装兵ルベルは一人、ランテルナ島のチェルノクニージニクの宿に居る。
……村のみんな、どうしてるかな?
全力で【索敵】を使えば、少しくらいは故郷の様子が見えるかもしれないが、そんなことで魔力を空費する訳にはゆかない。ルベルは今、敵地に潜入して作戦行動中なのだ。
アーテル領ランテルナ島は魔法使いの自治区だが、ネモラリス軍の正規兵であることが知られれば、タダでは済まないだろう。
行商人向けの質素な宿の一室でベッドに腰掛け、壁の一点を睨む。その目は染みひとつない漆喰ではなく、対岸のイグニカーンス市、その東部に位置する空軍基地を見ていた。
日の出直後の空の下で、コンクリート造りの無骨な建物に術の目を凝らす。【索敵】の目が壁を抜け、内部の様子を詳らかにした。
管制塔の下の階には、なんだかよくわからない機械とモニターがフロアいっぱいに並び、新年だと言うのに三分の一くらいの席が埋まっていた。
画面を見ると、どうやらフライトシミュレータらしい。
ネモラリス軍のものとは随分違い、黒地に緑の線ではなく、実際の滑走路や基地周辺の風景が映し出され、その上に様々な数値や照準の輪、水平、垂直の線などが被さっていた。
魔装兵ルベルは、これひとつで彼我の科学力の差を思い知らされ、不安になった。
アーテル軍の兵士たちは硬い表情で画面を見詰める。
……戦争中だもんな。
つい先日、バルバツム連邦から無人機が納入されたとのニュースを見た。
誰でも見られるインターネットでそんな情報を公開したことに驚いた。このイグニカーンス基地には五十機が配備されたと言う。タブレット端末に映し出された写真に手を触れると、詳細な仕様まで表示された。
……どうせネモラリスにはインターネットがないと思って。
馬鹿にされたような気がして腹が立ったが、自国民を安心させる為の情報だろうと思った途端、同情に傾いた。ニュースですべてを語ったとも思えない。本当はもっと提供されたと見ていいだろう。
無人機の制御室と訓練室を兼ねたフロアの下は、会議室や作戦司令室で、ここにも兵員が詰めていた。一階は事務室らしく、ここだけが新年の休暇なのか無人だ。
別の建物に目を向ける。戦車の格納庫で、整備員が忙しく働いていた。消防車、軍用車の車庫は別にある。
少し離れた所には兵舎。日勤組が起き出したばかりで、髭面のおっさんが寝惚け眼で身支度を整えている。
不意に兵の動きが止まった。軍服のボタンを留めかけたまま、宙を睨む。
……何だ?
ルベルが使う【索敵】は視覚を拡大するだけで、遠く離れた場所の音までは聞こえない。
兵が固まっていたのは、ほんの数秒だ。完全に目が冴えたらしい。険しい顔で手早く着替えを済ませ、ベッドの下から銃を取ると、猛然と廊下に飛び出した。
その動きを目で追う。
廊下には既に他の兵が出ていた。階級が上の兵が整列させ、兵舎を飛び出す。複数の部隊が装甲車に分乗し、急行した先は弾薬庫だった。
見張りらしき兵が、泣きそうな顔でタブレット端末を握り、物陰にしゃがんでいる。
……何やってんだ、あいつ?
ルベルは、弾薬庫内に【索敵】の視線を飛ばした。
普段着の上からタクティカルベストを身に着けた男たちが、手当たり次第に銃や弾丸のケースを【無尽袋】に詰めていた。
「少尉……」
魔装兵ルベルは、イグニカーンス市内の廃ビルに身を潜めるラズートチク少尉に声を掛けた。【花の耳】が距離を無視して二人の声を繋ぐ。
「何があった?」
「イグニカーンス基地の武器庫に、所属不明の武装集団が入り込んでいます」
「何ッ? 人数は? 力ある民か?」
「えーっと……十一人です。全員、男性。銃を構えて扉を見張る係と、【無尽袋】に武器と弾薬を詰める係に分かれています。一人は【急降下する鷲】で……」
目に入った徽章を告げたところで、アーテル軍の装甲車が、弾薬庫の手前に停車した。
出入口はひとつ。
銃を構えた兵たちが、扉付近とその周辺、建屋の裏手に散らばり、配置に着く。
窓のない庫内の者たちは、気付かないらしく、まだ略奪を続けていた。
「アーテル軍が配置に着きました。……突入!」
武器庫に手榴弾を投げ込んだりはしなかった。
扉を開けた瞬間、フルオートで乱射する。だが、扉のすぐ手前の空間が薄青く色付いただけで、侵入者は倒れなかった。
「これは……【真水の壁】です!」
どうやら、ルベルと同じ【飛翔する蜂角鷹】学派の使い手も居るらしい。
跳弾が扉の外へ飛び出す。
侵入者は数人ずつで手を繋ぎ、誰一人として欠けることなく姿を消した。【跳躍】されたのでは【索敵】でも追跡できない。
「侵入者は無傷で【跳躍】しました」
「そうか。恐らく、ネモラリス憂撃隊だろう。作戦は予定通り、今夜実行する」
「了解」
ネモラリス憂撃隊は武闘派ゲリラだ。復讐に燃える民間人が、積極的に攻めない政府軍に業を煮やし、アーテル領内で武器や燃料、食糧などを略奪し、基地やキルクルス教会、警察署などを襲撃していた。
昨夏、アーテル本土西端のアクイロー基地を壊滅させたのも、彼らの仕業だ。空襲が減ったお陰で、彼らを讃えるネモラリス人は多い。
武器弾薬を補充したと言うことは、近々どこかを襲撃するのだろう。
……今回はいいけど、これ、下手したらこっちの作戦とカチ合ったりしないか?
懸念を伝えると、少尉は【花の耳】越しに苦笑を寄越した。
「だから予定通り、ここは今夜実行するのだ。一日に二度、同じ所は襲うまい」
「そう……ですね」
「連絡手段はある。今後のことはそれからだ。まずは補充された無人機だけでも始末せねばならん」
「了解」
魔哮砲には、廃病院から廃ビルへの移動後、人々が寝静まった深夜に路地裏を這わせ、しっかり雑妖を食べさせた。
日中は廃ビルで食休みさせ、今は充分な魔力を蓄えている。身体が小さくなった分、溜められる魔力は減ったが、それでも数回は放出できるだろう。
満腹以上に食べさせられた魔哮砲は、壊れたビルの奥で苦しげに蹲り、ルベルは何となく可哀想になった。
……今夜、放出させてちょっと楽になったら、移動して、また限界以上に食べさせて……それから別の基地に。
単純な作戦だ。
アーテル共和国の路地裏は雑妖で足の踏み場もなく、餌には不自由しない。魔哮砲を這わせた痕には、しばらく雑妖が発生しない。
……これが、街の住人にいい影響を与えて、戦争をやめようって方向に……そんな都合よくは行かないか。
ルベルは甘い幻想を振り払い、敵軍基地の騒動を見守った。
☆昨夏、アーテル本土西端のアクイロー基地を壊滅させた……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆身体が小さくなった分、溜められる魔力は減った……「776.使い魔の契約」参照




