812.SNSの反響
アンケートの集計作業は、手伝いの人数が増え、ファーキルにも時間の余裕ができた。
今は、入力作業をタイプライターなら使えると言う難民に任せ、集計と入力が終わった地区のデータを使って、表とグラフを描き出し、自由記入欄の内容をテンプレートに落とし込む作業を担当している。
今日の作業は早々に終わり、支援者のマリャーナが用意してくれた個室に引き揚げた。
床も壁も天井も全て染みひとつない純白で、様々な呪文や呪印が刻まれている。暖房器具の類は一切ないが、術で守られた部屋は寒くなかった。
夕飯まで、まだかなり時間がある。
ファーキルは靴を脱いでベッドに寝転がった。
久々に自前のタブレット端末でSNSにログインする。
数ヶ月前に出した記事に、たくさんの反響があった。
コメントした者のプロフィールを見ると、湖東地方のキルクルス教徒よりも、アルトン・ガザ大陸の共通語圏の国々からの書き込みが多かった。
……共通語で書いたからだろうけど、でも、それだけ似たような悩みが多いってコトなのかな?
拡散の回数が二十万を超え、コメントも千件以上あった。
個別の返信は無理だ。
使えそうなコメントの個別アドレスと本文をテキストにコピーして保存する。
まとめた感触では、特にバルバツム連邦からのコメントが多かった。“真実を探す旅人”へのコメントの為だけに取得したらしく、他には何もないアカウントが大部分を占める。
悪戯や嫌がらせにしては、真剣な内容が多い。
……それだけ、個人が特定されるのを警戒してるってコトか。
アーテル共和国では、魔力を持つと知られたら、星の標に捕まり、穢れた者として火炙りにされてしまう。
バルバツム連邦は、星の標を国際テロ組織に指定しているが、類似の過激な組織でもあるのだろうか。それとも、社会的に殺されてしまうのだろうか。
――多国籍企業に在勤。両輪の国出身の同僚が居ます。
彼の落とし物を拾ったら、家庭が崩壊しました。
魔法の品で、俺の魔力が発覚。自分でも知りませんでした。
妻が子供たちを殺して逃亡中。
俺の両親は離婚して母が自殺。
妻の親兄弟に毎日、電話で怒鳴られてます。
俺はクビにならなかったけど、同僚が責任感じて辞めて帰国。
お守りでも何でも、魔法の品は持込禁止にして欲しいです。
……えっ? これ、ネタじゃなくって、ホントだったら気の毒のレベルかっ飛ばし過ぎって言うか、奥さんんん……ッ!
コメントの真偽を確認できないのがもどかしい。
社員に魔力があるのと発覚しても、解雇されないのは意外だった。
両輪の国の民を採用しているのも初めて知った。この同僚の魔力の有無は不明だが、社内……いや、バルバツム連邦内に魔法の品を持ち込めるのも意外だった。
バルバツム連邦に本社を置く有名な多国籍企業のサイトを開き、採用情報を見る。何社も見たが、判で押したように似たような文言が並んでいた。
弊社では、世界にはばたくグローバルな人材を求めています。
応募者の人種、年齢、性別、出身地、信仰などに関わりなく、個性豊かな才能を持つ真の国際人を幅広く採用しております。
その下には、現在募集中の職種や必要な免許、資格、言語、外国への出張があること、給与、休日、福利厚生など、事務的な募集要項が並ぶ。
魔力の有無については、全く触れていなかった。
……まぁ、そりゃそうか。両輪の国って多いもん。魔法使いを差別したら商売あがったりだし。魔法使い相手に商売するなら、会社に魔法使いやあっちの国の常識に詳しい人が居た方がいいだろうしなぁ。
人知れず、信仰と自身の存在の矛盾に悩む者のコメントもたくさんあった。よくあることなのか、以前、掲示板で見たものと似たり寄ったりだ。
……もう、俺の個人的な経験や目撃談なんていらないかな。
サイト「旅の記録」に一部のコメントを引用表示する。
自身の魔力に悩み自殺を考える者、身内の魔力に気付いてどうすればいいのかと困惑する者、そのせいで自分まで差別されたと怨む者。離婚や育児放棄ならまだいい方で、殺人事件や行方不明の話も多数寄せられた。
匿名で真偽不明。
伝聞も多いが、キルクルス教社会の闇が凝縮されていた。
――たくさんのコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
一部を引用してまとめました。支障のある方はお知らせ下さい。
まとめページのアドレスを貼って投稿すると、瞬く間に拡散された。
ノックの音で身を起こす。
「ファーキルさん……居ますか?」
「はい! ちょっと待って下さい」
慌てて靴を履いて戸を開ける。湖民の呪医が遠慮がちに言った。
「少し教えていただきたいことがあるのですが……」
「いいですよ。俺にわかることなら」
呪医セプテントリオーを招じ入れ、ベッドに腰掛けるよう促す。
今日は珍しく怪我人が少なかったらしい。夕飯まで、まだ一時間近くあった。いつもは早くても夕飯ギリギリ、遅い時には食後の片付けを終えた頃に難民キャンプの診療所から戻る。
「呪医、今日は早かったんですね」
「オラトリックスさんたちが癒しの呪歌を広めて下さったお陰で、軽傷の患者さんが減りましたからね」
「そうなんですか。よかった。……それで、教えて欲しいコトって何ですか?」
呪医は少し困ったような顔で笑った。
「その呪歌の練習で集会所の端末を使うので、最近はニュースを見られなくなっているのですよ」
「あっ……!」
難民キャンプに身を寄せるのは、インターネットの設備自体がないネモラリス共和国からの難民だ。
タブレット端末と太陽光発電の充電器は寄付で、充分な台数には程遠い。キャンプ内に点在する集会所に一台か二台ずつあると聞いたが、首都のクーデターとガルデーニヤ市の空襲で難民が急増し、森の外にテント村を作って急場を凌いでいる。
情報機器の不足は明らかだが、高価な上、契約の都合もあり、そう簡単には増やせなかった。
「以前から、湖南経済新聞が紙の新聞を各集会所に十部ずつ配布してくれていますが、国際関係の大きな話やアミトスチグマ国内のボランティア志願者向けの情報ばかりで、難民の方々が求める情報はなかなか……」
「あー……」
……そりゃそうだよな。おカネ払って「新聞を買って読む」人向けのコトしか載せないよな。商売だもん。
「勿論、難民向けの就職情報などで助かっていますし、古新聞も防寒着や敷物の代わりにしたり、焚きつけにしたり、大変役に立っていますから、文句を言うと罰が当たりますが……」
「わかりました。ネモラリスの様子と、難民キャンプの生活情報とかが要るんですよね?」
ラクエウス議員たちは、難民キャンプを巡回する医療者をリストアップし、巡回予定表を各診療所に配布していた。
呪符や家具の製作、寄付品を素材にした裁縫など、キャンプ内で創出した仕事についても、作業場所や材料の配布、初心者や未経験者への講習会の情報を各集会所に貼り出している。
だが、それだけでは全く足りないのだ。
祖国と自分たちの置かれている状況を知り、これからどうなるのか予測する為の情報がなかった。
「でも、ネモラリスにはインターネットがないんで、新聞以外の情報ってラゾールニクさんとアゴーニさんから聞いたことくらいしかないんですけど……」
「えぇ。助かります。アゴーニさんは先日、キャンプに来て色々教えてくれたので、ラゾールニクさんのお話をお願いしていいですか?」
ラゾールニクは、毎日忙しくあちこち移動していて、滅多にアミトスチグマの支援者宅に姿を見せない。
ファーキルたちとは主にメールで情報交換しているが、ファーキルが教えてもらえるのは、SNSやサイト「旅の記録」で公表しても差し障りのないことだけだ。
「あ、そうだ。フィアールカさんから教えてもらったんですけど、移動販売のみんなは今、国営放送とFMクレーヴェルの人と一緒に居て、その人たちが取材した情報をFMラジオで放送してるそうなんです」
「アゴーニさんはウーガリ古道……ギアツィントの辺りに居るようなことを言っていましたが……首都の放送局に居るんですか?」
「あのトラック自体が国営放送の移動放送車で、FMの人も似たような車で避難してて、クレーヴェルの近くで臨時放送したそうですよ。その原稿をコピーさせてもらって、サイトに載せました」
ファーキルは、「FMクレーヴェル臨時放送」と題したページを開いてみせた。
ジョールチと言う国営放送のアナウンサーが書いた原稿のスキャン画像が表示される。その下には、ファーキルが書き起こしたテキストがあった。
ネモラリス共和国の首都クレーヴェルで発生したクーデターの戦況、星の標の爆弾テロ、ファーキルたちが行った難民アンケート、神殿や学校など避難所の様子、首都の食糧事情、物価、都民の声などだ。
少し古い情報だが、呪医セプテントリオーは熱心に読む。
「今は、首都を離れてどの辺に居るか俺は知らないんですけど、ガルデーニヤの空襲まではウーガリ古道に居て、レーチカの様子を調べてたって……フィアールカさんから聞きました」
今度はアナウンサーたちが集めたレーチカの情報を見せる。首都とレーチカ、どちらのページもアクセス数は少なかった。
「呪歌の練習がない時、このページを見てもらうのが一番てっとり早いんですけどね」
「この原稿のコピーを集会所に貼らせていただくのは、難しいですか?」
ファーキルは、呪医セプテントリオーの何気ない質問に頭を殴られたような衝撃を受けた。発信しても、必要とする人に届かないのでは意味がないのだ。
……ネットの情報発信に囚われ過ぎてたな。
「大丈夫です。今日はもう遅いんで、明日印刷して、明後日には、全部の集会所に届けてもらえるように頼んでおきます」
「ありがとうございます」
「いえ、俺も全然気付いてなかったんで、助かります」
明日から、また忙しくなりそうな気がした。
☆数ヶ月前に出した記事……「590.プロパガンダ」「591.生の声を発信」参照
☆信仰と自身の存在の矛盾に悩む者……「434.矛盾と閉塞感」「435.排除すべき敵」参照
☆アゴーニさんはウーガリ古道……ギアツィントの辺りに居るようなこと……「682.知りたいこと」「805.巡回する薬師」「806.惑わせる情報」参照
☆クレーヴェルの近くで臨時放送した……「690.報道人の使命」「708.臨時ニュース」参照
☆ガルデーニヤの空襲まではウーガリ古道に居て、レーチカの様子を調べてたって……フィアールカさんから聞きました……「761.どこへ行けば」参照




