0083.敵となるもの
話がまとまったのか、小声で相談していたテロリストもついて来た。
多少遠回りでも、瓦礫の中を直進するより、道路を通った方が安全で速い。レノたちも同じルートを辿った筈だ。
どんどん空が暗くなる。
ほんの数分で、【灯】の範囲外が闇に包まれた。
微かに人声が聞こえる。内容はわからないが、争う声音だ。
クルィーロは無言で歩調を速めた。アマナは何も言わず、小走りについてくる。
声がはっきり聞こえる場所に出た。
運河脇の車道と遊歩道だ。焼け折れた街路樹とひしゃげた街灯が、ずっと遠くまで並ぶ。
薄暮の中、争う人の集団が見えた。
近付く【灯】に気付き、一斉にこちらを向く。声が止み、双方が動きを止めた。
「クルィーロ!」
レノの叫び。闇に目を凝らした。幼馴染は地面に倒れ、傍にもう一人転がる。
「ピナちゃん、それ貸して。アマナ、ティスちゃん、ここでじっとして」
「モーフ、ここで待機。女の子たちを守れ」
街灯脇の暗がりに四人を残し、【灯】を手に駆け寄る。
彼らを遠巻きにする雑妖が【灯】の圏外へ逃げた。
レノの傍に倒れていたのは、ラジオの持ち主だ。
十歩ばかり離れた場所に五人の成人男性。一人が、猿轡を噛ませた薬師を羽交い絞めで捕える。
年配のテロリストは顔が痣だらけだ。左腕の骨折を押して、薬師を救おうと奮闘してくれたらしい。
男たちも顔が腫れ、切れた唇から荒い息を吐きながら、鋭い目つきでクルィーロたちを値踏みする。
「その湖の民は、癒し手だ。手を出せばどうなるか、知っているだろう?」
テロリストの隊長が、何でもないような調子で声を掛けた。
男たちは動かない。
隊長が【灯】の鉄筋に手を添えた。意図を察し、クルィーロが手を離す。その瞬間、隊長が一跳びで間合いを詰めた。光が尾を引き、手前に居た男が後ろへ飛ばされる。
鉄筋で突きを繰り出したのだと理解する頃には、もう一人の男が薙ぎ倒され、クルィーロがあっと言う間もなく、薬師を捕えた男が右目を押さえて蹲る。
解放された薬師は、自ら猿轡を外し、倒れたレノに駆け寄った。
年配のテロリストも戦意を取り戻し、手近の男の腹に拳を叩きこんだ。身体を二つ折りにした男が、胃液を吐きながら倒れる。片腕の骨折がなければ、彼一人で暴漢を片付けられたかもしれない。
瞬く間に四人が倒され、残る一人だけでなく、クルィーロも呆然と立ち竦んだ。
我に返り、逃げようとする男。隊長が鉄筋でその足を払い、年配のテロリストが倒れた敵の頭に蹴りを浴びせる。
最初に倒れた男が跳ね起き、こちらに向かってきた。
クルィーロは硬直し、全く動けない。男はクルィーロの脇を駆け抜け、背後の闇へ向かう。
数秒後、妹たちの悲鳴と争う物音が聞こえた。
「アマナッ!」
クルィーロが駆け付けた時には、もう片が付いていた。
少年兵が、倒れた男の鳩尾に何度も蹴りを入れる。
「大丈夫かッ?」
「お兄ちゃんッ!」
アマナがしがみつく。安堵のあまり声を上げて泣きだした。
少年兵が、動かなくなった男を担ぎ上げる。星明かりと術の【灯】は遠く、人の輪郭が辛うじてわかる程度だ。
表情のわからない人影が、ひとつ消えた。
一呼吸置いて、水音が響く。
隊長たちの方からも、ふたつ、みっつと水音が続く。
「や……やめろ……やめてくれッ! 女は返したろ……たっ頼むッ」
弱々しい声が懇願する。
年配のテロリストの声が、闇に響いた。
「お前ら、この子らがやめてくれっつった時に、やめたのか?」
直後に野太い悲鳴と、何か大きなものが水に落ちる音が聞こえた。続いて、水面を叩いてもがく音がする。
それはすぐに聞こえなくなり、運河の畔に静寂が戻った。
「戻るぞ」
隊長の声で、クルィーロたちは【灯】に近付いた。
レノは、魚の入った袋を手に立つ。湖の民の薬師が、何か癒しの術を使ってくれたのだろう。もう一人の少年も、年配のテロリストに支えられて立っていた。
先程の男たちの姿は、もうどこにもない。
運河から雑妖が這い上がる。
再度、隊長に促され、十人は一人も欠けることなく、野営地へ戻った。




