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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0083.敵となるもの

 話がまとまったのか、小声で相談していたテロリストもついて来た。

 多少遠回りでも、瓦礫の中を直進するより、道路を通った方が安全で速い。レノたちも同じルートを辿(たど)った筈だ。

 どんどん空が暗くなる。

 ほんの数分で、【灯】の範囲外が闇に包まれた。



 (かす)かに人声が聞こえる。内容はわからないが、争う声音だ。

 クルィーロは無言で歩調を速めた。アマナは何も言わず、小走りについてくる。



 声がはっきり聞こえる場所に出た。

 運河脇の車道と遊歩道だ。焼け折れた街路樹とひしゃげた街灯が、ずっと遠くまで並ぶ。

 薄暮の中、争う人の集団が見えた。

 近付く【灯】に気付き、一斉にこちらを向く。声が止み、双方が動きを止めた。


 「クルィーロ!」

 レノの叫び。闇に目を凝らした。幼馴染は地面に倒れ、傍にもう一人転がる。


 「ピナちゃん、それ貸して。アマナ、ティスちゃん、ここでじっとして」

 「モーフ、ここで待機。女の子たちを守れ」

 街灯脇の暗がりに四人を残し、【灯】を手に駆け寄る。


 彼らを遠巻きにする雑妖が【灯】の圏外へ逃げた。


 レノの傍に倒れていたのは、ラジオの持ち主だ。

 十歩ばかり離れた場所に五人の成人男性。一人が、猿轡(さるぐつわ)を噛ませた薬師(くすし)羽交(はが)()めで捕える。


 年配のテロリストは顔が(あざ)だらけだ。左腕の骨折を押して、薬師を救おうと奮闘してくれたらしい。

 男たちも顔が腫れ、切れた唇から荒い息を吐きながら、鋭い目つきでクルィーロたちを値踏みする。


 「その湖の民は、癒し手だ。手を出せばどうなるか、知っているだろう?」

 テロリストの隊長が、何でもないような調子で声を掛けた。

 男たちは動かない。


 隊長が【灯】の鉄筋に手を添えた。意図を察し、クルィーロが手を離す。その瞬間、隊長が一跳びで間合いを詰めた。光が尾を引き、手前に居た男が後ろへ飛ばされる。

 鉄筋で突きを繰り出したのだと理解する頃には、もう一人の男が()ぎ倒され、クルィーロがあっと言う間もなく、薬師(くすし)を捕えた男が右目を押さえて(うずくま)る。


 解放された薬師は、自ら猿轡(さるぐつわ)を外し、倒れたレノに駆け寄った。

 年配のテロリストも戦意を取り戻し、手近の男の腹に拳を叩きこんだ。身体を二つ折りにした男が、胃液を吐きながら倒れる。片腕の骨折がなければ、彼一人で暴漢を片付けられたかもしれない。


 瞬く間に四人が倒され、残る一人だけでなく、クルィーロも呆然と立ち(すく)んだ。

 我に返り、逃げようとする男。隊長が鉄筋でその足を払い、年配のテロリストが倒れた敵の頭に蹴りを浴びせる。


 最初に倒れた男が跳ね起き、こちらに向かってきた。

 クルィーロは硬直し、全く動けない。男はクルィーロの脇を駆け抜け、背後の闇へ向かう。

 数秒後、妹たちの悲鳴と争う物音が聞こえた。


 「アマナッ!」


 クルィーロが駆け付けた時には、もう片が付いていた。

 少年兵が、倒れた男の鳩尾(みぞおち)に何度も蹴りを入れる。

 「大丈夫かッ?」

 「お兄ちゃんッ!」

 アマナがしがみつく。安堵のあまり声を上げて泣きだした。


 少年兵が、動かなくなった男を(かつ)ぎ上げる。星明かりと術の【灯】は遠く、人の輪郭が(かろ)うじてわかる程度だ。

 表情のわからない人影が、ひとつ消えた。

 一呼吸置いて、水音が響く。

 隊長たちの方からも、ふたつ、みっつと水音が続く。


 「や……やめろ……やめてくれッ! 女は返したろ……たっ頼むッ」

 弱々しい声が懇願(こんがん)する。

 年配のテロリストの声が、闇に響いた。

 「お前ら、この子らがやめてくれっつった時に、やめたのか?」

 直後に野太い悲鳴と、何か大きなものが水に落ちる音が聞こえた。続いて、水面を叩いてもがく音がする。

 それはすぐに聞こえなくなり、運河の(ほとり)に静寂が戻った。



 「戻るぞ」

 隊長の声で、クルィーロたちは【灯】に近付いた。

 レノは、魚の入った袋を手に立つ。湖の民の薬師(くすし)が、何か癒しの術を使ってくれたのだろう。もう一人の少年も、年配のテロリストに支えられて立っていた。


 先程の男たちの姿は、もうどこにもない。

 運河から雑妖が這い上がる。


 再度、隊長に促され、十人は一人も欠けることなく、野営地へ戻った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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